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語り継がれる詩《ウタ》  作者: アルエルア=アルファール
第三章 奏でられる詩
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『生き抜く術』

炎がゆらり、と――。

それはまるで道標の様に小高い丘へと続いていた。

丘を形作るのは夥しい魔の残骸、撫で斬りにされた魔物と魔獣が血の川を作りながら骸を晒す。


その頂きで――。



コォ……ン……コォ……ン……



魔を(いざな)う炎の道標、その終点に横たわる大頭蓋の上で剥き出しの骨に鞘打ちを続ける者がいた。


大頭蓋の主で在った外骨格の巨躯。

それを切り抜けた時の感触を、軽く割れていく爽快感に手首が悦んだ瞬間を名残惜しみながら、

手持ち無沙汰となった故に杖で地を叩くが如く、頭蓋への鞘打ちを続ける。


穏やかな笑みに見てとれるのは満足感。

それでいて止まらぬ鞘打ちは、戦いというものを求めて止まない在り方の発露。

笑みに紛れる眼光には、未だ誰も立ち入った事がない空席だらけの果ての光が宿っている。


西の地平を見据えるその瞳に何かが映った。


瞬間深く構え、

フワリと舞い上がった金髪がその動きを止めた頃――。



骸の丘ごと包囲した魔法陣が、現出と同時に最大威力を発揮していた。



抉れ溶ける大地、発火する大気、表裏の入れ混じる重力崩壊。

一纏めに綴られた死の便箋――。



(ぬる)い……」



魂ごと分解するような壮絶な魔の便りに、たったの一言添えて振るわれた刃は――。

理の外側から、万象を切り(ふく)す。


破綻した理が魔力の残光を明滅させる中、剣神――(ケイ)は刃を収め喉を鳴らす。



「くっくっく、歯がみの音がここまで聞こえてきそうだな」



剥き出しの歯牙の気配を存分に煽り散らかす余裕の笑み。

無限に続くかと思われた至福の終末行脚もこれにて一旦打ち止めらしい。



「……さて。

特大の死地へ何用で参ったのか、聞こうではないか」



後方へと展開していた足音は、百人を超えようかという騎士集団のものだった。


炯の問いかけ、骸の丘から見下ろされるその視線に全員が身震いする、と思いきや……。

僅か二名、鎧すら鳴らさずに佇む者が居た。


――隊を率いる老齢の騎士。



「部下の無様を許されよ、緊張も度が過ぎてしまったようでな……。


我ら北方都市国家ロギアドより馳せ参じた再構築部隊『クァドロ』である。

――貴殿の所属を問おう」



皺と白髪が目立ちながら、鎧に覆われたその筋骨には練達の修練が宿っており、

剣帯に収まる剣からは鋭き剣気が迸っていた。



「ふむ、所属とな……」



考えてみればこの身は何処に帰属しているのか?

暫し考えた末、取り敢えずは事実を告げる。



「吾が身は中央都市アーヴァンにて顕界、召喚者に魔女ルファシアを持つ」



「なんと、では貴殿こそが……」



召喚の儀式に際した波光と西の地にて迸った白紅(しろくれない)の鳴動を知らぬ者は居らず、

眼前の丘に佇む者こそが西方を、延いては人界を救った剣神であることに、部下を諫めた老騎士ですら驚きを隠せなかった。


だが……。



「これは僥倖ッ!

遠方で跳ね上がる尋常ではない剣気にその正体を空想して戦々恐々としておったが、

彼の剣神であったのならばそれにも納得だ」



恐れを語りながら老骨の眼にはますます力が宿り、

引き上がっていく口角が今にも挑戦の言葉を零しそうになる。



「騎士長殿。……立ち話をしている余裕は私たちには無い筈ですよ?」



騎士集団の奥から棘のある声色が響く。



「はッ!失礼しました。急ぎ転移門の準備に取りかかります」



騎士集団が散会しそれぞれが大規模儀式の準備を始め俄に騒がしくなる最前線。


先ほどの棘在る声の主が、長い薄赤(はくせき)の髪を靡かせながら骸の丘、炯の隣へと降り立った。

騎士を始めそれを纏める長であっても畏怖を抱く剣の果てに、一瞥もくれずに並び立ち西の地平を眺める女。


纏う軽鎧は刺々しく、血を吸ったような赤黒い包帯で身体に固定しているような状態。

要所を守りつつも所々から晒されている肌には傷跡が散見され、恐らくは魔女であろうその風体には似つかわしくない生傷は、戦場で生き抜いてきた証であった。


鎧と同じく、血に染まった包帯で隙間無く巻かれた大杖を回しながら、横目でちらと炯を見たその顔には呆れと達観が滲み、それと納得が同時に押し寄せたような気の抜けた顔をしてみせる。



()()で耳に挟んだ程度だけど……ほんとに呆れるわね。

大言壮語を現実に落とし込むなんてやっぱりルファは凄いわ。


北の魔女よ、此処では訳あって名乗れないけど門の構築までよろしくね」



「炯だ。好きに呼んで構わん」



名乗りに驚きを隠せない北の魔女。

霊技に長けずとも炯には大方その予想がついていた。


――名とは、魂を型取る言霊。

魂に直結する鍵のようなもの。


死地に於いて、安易に鍵を零せばどうなるかなど火を見るより明らか。

地平の先で悪を煮詰める者どもにとって、それは無防備を晒すより尚愚かしく、命を差し出した状態に他ならなかった。



「吾が刃の守護に期待するといい。

気にせず術を(うた)え。……尤も――」



眼前の神に降りかかる筈の呪いは、狐火の守護によって歯牙を叩き折られる。



「術如きで、この死地を変えられる訳もなかろうがな……」



期待する故の挑発の笑み。

それを見た北の魔女は悪戯っぽく眉を吊り上げ杖を握りしめる。



「随分と言ってくれるわね。


じゃあ見てなさい。

貴方の様な存在が居ない間、人がどうやって生き延びてきたのか……教えて差し上げるわ」



杖が大頭蓋を打つ。

瞬間、光迸るのは杖に巻かれた帯の一枚。



「晒す骨、嘆きの屍、明日見ること叶わず骸となりし者達よ。

閉じた瞼をこじ開けて、己の背を預けし友を見よ。


重なる盾を思い出せ、

腕組む鎧を思い出せ、

地を刺す剣を思い出せ。


恐怖を受けず、苦痛を知らず、無念に落ちることもない戦士達よ。


——盾を取れ、

——鎧を鳴らせ、

——剣を構えて敵を睨めッ!」



横一直線に広がる魔力が地面から波光を迸らせる。



「——ルゼウト(死者の嘆きよ)セーヴィ(壁となれ)



波光から這い出したのは武装した骸骨——。

その装いは統一されておらず、召喚体などではない本物の骸の様だった。


各々が盾を持ち、鎧を鳴らし、剣を額に押し当て佇み、それ自体が墓標のようにどこまでも続く骸の境界線。



「……魂。人なら誰でも持ってる存在の核。

そこに強弱は多少在れど、触媒とした時の効率は皆等しく……正に破格。


私の術は、死者の魂を糧としてその嘆きが続く限り結界として成立させる呪法。

物理的にも魔導的にもこの結界を通ることは出来ないわ。

相手がどんな存在であってもね。


ご感想は?」



術の規模を考えれば疲労で倒れても不思議ではない。

その筈である北の魔女は、涼しい顔に少しだけ切なさを滲ませて炯の応えを待っていた。



「――見事だ」



忌憚なき応え。

短いながらも、だからこその本心であると理解した魔女は、切なさを隠すようにニヤついてみせる。



その和やかさを狙う者が居た。


地平の先で呪いを囁き、

怒りを糧とし魔力を練り上げ、

これでもまだ笑っていられるのかと兇爪を振り下ろす。



「古より人界を守護してきた術方、守りは堅く破るには厚く……。

ならば()()に吾が刃は要らぬ、か」



先刻、炯が切り伏した物と同質かそれ以上か。

圧倒的な魔力込められし法陣が、骸の境界線に相対するように地平を埋め尽くしていく。


――滅びの再演。死すら超えて消失を与えようとする悪意の究極。


それを前にした炯の呟きに魔女は和やかさを崩さなかった。


骸達が剣を額に盾を構える。

祈るような所作に鎧が一斉に鳴り、それと同時に波光極まりし魔法陣が死を叫ぶ。



閃光に包まれる境界線――。

騎士達が思わず身をかがめるその本能の無意味さを知らしめるように、

瞬く暴虐が破壊の限りを尽くしながら境界線に衝突する。


音の圧縮は、地形の吹き飛び方に比例するように鼓膜を震わせ。

音の解放は、遠景に聳える山々すら吹き飛ばす程。


明と暗――。

生と死――。


明確に区別が付くそれらと同じように、結界の内と外では――世界が違っていた。



煮えたぎる大地に幻視するは誉れ高き霊峰グシオンの火口。

極温が赤熱の光を空に写し結界の縁に佇む炯と魔女を照らす。

狭間の境界線は不動不壊。

嘆く魂を糧とした墓標は一切の損傷も衰えも無く、骸の眼窩は祈りの所作に伏せたまま唯そこに在る。



「もう行くわ。転移門の構築を手伝わないとね。

前線が再興する頃にはこの結界も消えていく、その頃にはまた騒がしくなるわよ。

それまで此処に?」



「嗚呼、居るとも。

見事な術に万が一が在ってはならぬからな?」



分かりやすい挑発に、分かりやすく舌を出しておどけてみせる。

去り際、背を向けたまま顔だけ少し振り向いて忠告の言葉を残す。



「万が一、それは貴方にも云える事よ?


この世に絶対は無い。

貴方の力に疑いの余地は無いけれど、相手は常にそれを崩そうと手招きして、血眼になって、糸を手繰る。


――それを忘れないでね?()()()さん」



霊体のまま寄り添う灰火をも見通し、北の魔女は大杖を担いで去って行く。


魔女からの忠告はこれで二度目、初めはルファシアそして今回。

他とは隔絶した実力を持つであろう彼女たちの言葉に、剣の果ては笑みを零すのみ。

戦いに生きるとは敗北すら甘受するもの。

そこに至る過程にどれ程の手間暇をかけてくれるのか、

戦神の瞳を躱し続け、この命を散らすに足る存在や状況が如何様な物なのか……。


想いを馳せながら零すのは、やはり笑みだった。



道標の役割を終えた炎が集まり、こんっと音を出して姿を現す。

白装束の炯とは対照的に紅の単衣を豪勢に着崩した灰火は、ひとつ伸びをして北の魔女を見送りながら独り言ちた。



「一時代に数人、彼奴のような者がいる。佇まいは正に(ひじり)そのもの。

体内魔力と霊力の差が均一、故に見聞きし、故に可能、故に苦しみ、故に聖なるかな……。

この墓標を敷く度、彼奴の目と耳にはこびり付いている事じゃろう。

死んでいった者達の嘆きの叫びがのぅ……」



相反する性質、決して交わらずに相剋する筈の魔と霊。

それら複合の極致こそがこの墓標の境界線なのだ。


払うべき代償と得るべき対価。

釣り合いが取れているか取れていないのか。

その天秤の傾きは彼女にしか視えておらず、言葉を飾らずとも生傷の絶えないその背中が語っている。



「ただの言葉で褒めては誠意が伝わらんか?」



「充分じゃろう。それも本人が決めることじゃがな。

褒めるだけでは足りないと思うのなら、あの騎士達に稽古でもつけてやったらどうじゃ?」



ふむ、と考え込む炯を見て少し意外に思った灰火。

直ぐさま浮かび上がる炯のしたり顔に筒抜けの本心を読むまでも無く、

戦の気に当てられ過ぎている気配が漂っていた。



「良かろう、あの老騎士も心底戦いたがっていた事だ。

ここは吾が手ずから指南してやろうではないか。


一対一か、それとも全員いっぺんにか、くっくっく……」



「…………殺すでないぞ?」



「嗚呼、分かっているとも。

くっくっ、はっはっはっはっ!」



崩壊した最前線に文字通り命がけで辿り着き復興を急ぐ騎士達。

神たる者から千載一遇の学びを得る機会とは云え、そんな彼らに悪いことをしたかもと袖で口元をささっと覆う灰火であった。


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