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語り継がれる詩《ウタ》  作者: アルエルア=アルファール
第三章 奏でられる詩
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赤毛の守護


――()()()()()から繰り出される大斧の一撃。

舞う砂塵を更に磨り潰していく豪快な技は、

振るう者の背丈からは到底考えられない破壊力を宿し、

途切れることのない重撃の嵐となって対峙する者を肉塊へと変える。


その筈が……。


――()()()が繰り出す大剣の返撃。

まったく同じ速度と力で以て拮抗状態を生み出し、

一撃で決めるべく虎視眈々と連撃の隙間を睨め付けながら、

赤紫が霧散しようと戦檄響かせ残骸散る北門を背に重撃の嵐を捌き続ける。


得物に殺気を纏わせ打ち合いを続ける両者の呼吸は示し合わせずとも同調していき、

だからこそ次の一手が手に取るように理解出来ていた。


故に――。


必殺の一撃を繰り出す時機さえ重なり合う。



「殺します」



無理な踏み込みをしたのは大斧使い。

確実に死に至らしめる為に狙ったのは偉丈夫の首、

だがその踏み込みでは迫り来る大剣を躱せず脇腹を抉り取られてしまう事だろう。



「――……」



目論見を理解していた大剣使いはこの機を逃さなかった。

首を狙う都合上相手の防御が全て空く、

そこへ叩き込むのは重撃の嵐を掻い潜りながら見出した一際手厚い守りの要、頭部。

脇腹を抉られることを良しとしたならば、そこから頭部へと引き裂き抜けるのみ。


両者、自身への傷など全く意に介さない戦闘論を展開、即実行。


歪む音は――。

肋骨から斜めに切り上がる大剣が骨を粉砕しきる音。

鈍い音は――。

太い首を一息に刎ね飛ばす大斧の音。



西方都市国家ベルテンカ、北門前――。

散らばる残骸は門外にいくにつれ濃く、内になるにつれ薄く。

幾度の戦檄響いて久しく、今やその音も響き終わって寂しく。


相打つ二名の亡骸が倒れ伏す。



――その筈だった。



砂塵を割って現れたのは、飛ばされた頭を拾い上げる首を亡くした身体。

首に走る絶命の線はただ肉を押し当てただけで痕跡すら消していき、

後ろに垂れた長い赤毛は切られた箇所から元の長さへと戻っていく。


――不死身の偉丈夫、赤毛のキジュトゥ。

構えを新たに見据えたのは、たった今切り裂いた華奢な大斧使いだった。


脇腹から喉を通って切り裂かれ、中身すら見せつけるように開いた頭部。

それでいて崩れる素振りすら見せない出で立ちは、崩壊した頭部には何の意味も無いというように大斧を構え始めていた。

魔力の鼓動が空気を揺らす度に壊滅的な崩壊箇所が端々から修復されていき、

一呼吸の後、両者のぶつかり合いが戦場をまたも震わせる。


意味を失った戦闘、それを門の傍で見届ける者達が居た。


女王リンテンド・ワズガヴァルドが直々に選抜した精鋭部隊、フリベルト騎士団。

総勢二百名。一部隊に五十名を有し、四つの部隊が四つの門に充てられてはいたが、

そのどれもが盾を構えることすら出来ていなかった。


何故なら……。



響く檄音――。

それは偉丈夫が間合いを取る為に放った力任せの一撃だった。



「――……」



あれほど集中していた大斧使いから目を離し、かと思えば都市外周を東門に向かって疾走し始める。



「やれやれ、()()ですか」



呼応するように駆けるは大斧使い。

得物を担ぎ直しキジュトゥとは反対に外周を西門へと向かう。


遠目に見えるは魔物の来襲。

最前線で大多数を抑えようと無数に湧いて出てくるのが魔物の常であった。



「循環魔力量の低下を確認。殲滅と補充を並行処理します。


……主人への許可は求めていません。

ばっちいからダメ、という理由は戦闘中には適応されないものと見做します。


それと、障壁を解除したのであれば増援を。

姉上の兵装であれば滞りなく命令を完了できると思われます」



相手の居ない会話を手早く済ませると、

疾走の速度を落とすことなく魔物の頭蓋を叩き割り、

空気中へと霧散していく魔力を呼吸器から回収、充填。

西門に待機する騎士団へ会釈を返しながら南門へと辿り着くと、

同じように魔物を殲滅してきたであろう返り血を浴びたキジュトゥと会敵、即戦闘。


これこそが騎士団をただ立ち尽くす観客としていた原因である。



「なぁ。なんであの二人って街を守りながらお互いに戦ってるんだ?」



状況に即した至極まっとうな問いに……。



「知らん」


「知らん」



と、重なる騎士団の声。


精鋭部隊である筈の彼らがひとつ気を抜いているのはその殲滅度合いに起因するものだった。


斃れた魔物の生死を確認するまでも無く。

その身体は地面にめり込むまでに圧壊しているか、

六等分以上に細切れにされているかのどちらかだった。


四つの門から回ってくるそれぞれの伝令も内容は全く同じで、

これを機に前戦上がりの者達の中には休息を取る者も出始めていた。


その折、観戦を決め込む団員の中からぽつりと女王を案じる声が出始める。



「あの女傑が簡単にくたばるかよ」


「おい、口が過ぎるぞ。

だがそうだな、あの方が屈して蹲ってるところなんて想像も出来んよ」



治政にも現れる質実剛健は戦場でも遺憾なく発揮され、故にそれを崩す姿など幻視も出来ない。


だが転移魔法を始めとした遠隔魔法の類いは依然として使用できず、

他の都市国家からの連絡も無い中、現状を不安に思う者も出て然るべきだった。


十日前、西門へと迫る魔獣王に全員が死を覚悟しそして生き残った。

天が開き、炎が舞い、神話が紡がれる光景を前にして呆気にとられる間も無く。

無数に湧き出る魔物への対処に、此処が最前線なのだと嫌でも思い知らされて。


気がつけば剣を抜く必要も無い現状に、甘えるでも、退屈するでも無く、

唯々どうしていたら良いのか分からずに居た。



「小柄な子がデケえ武器振り回してるのって……いいよな」


「分かる」


「分かる」



華奢な大斧使い、その戦い様は騎士団の目から見ても異様だった。


強い力とは大きいものである。

それを覆す魔の理を知らぬ訳ではなかったが、戦闘の組み立て方が明らかにおかしい。


傷を負うことを全く恐れていない。


即座に治癒を完了させる高等魔法を使っているのだろうが、それでも痛みはある筈だ。

しかし、腕を飛ばされようが脇腹を抉られようが表情一つ変わらない。



「あの娘って……人じゃないのか……?」



静かな呟きが南門の守護に当たる騎士団にざわめきを広げようかと云うとき、

一人の女性騎士が口を開く。



「なんだ知らないのか。あの娘はゴルムだぞ?」



当然のような口ぶりに、騎士団は門横に佇む開閉係のゴルムと見比べてみる。


岩を組み合わせたかのような無骨さ極まるゴルムと、

戦檄響かせ打ち合う可憐で華奢な大斧使い。


両者の共通点と云えば、人型であるという一点のみであった。



「いやいやぁ~、担ごうたってそうはいかねえぜ?」


「どこが一緒なんだっての」


「目えついてんのかって」



最後の一人に剣でシバきを入れながら……、女性騎士は説得力しかない()()()()を告げた。



「――リドルグ・ラドファルガ、と言えば分かるでしょ?」



「ああ~」


「ああ~」


「……いてぇよ」



魔法局の定めるゴルム規定を真っ向から否定していると思しき華奢な大斧使い。

戦闘力もさることながら、騎士団が彼の御仁の名に納得したのはその()()にあった。


端整な顔立ちで在りながら極めて無表情。

身に纏う装束は一見地味だが、豪奢な晩餐会でも通用するであろう精巧な装飾が至る所に鏤められている。



「言われてみれば確かにそうだな……」


「なるほどゴルムか。ならあの修復速度にも納得だ」


()()()()の使い手じゃないのか」


「あの奇特で陰湿で何考えてるか分からない術者集団が、

こんなところで人のために戦うわけが無いだろ?シバき倒すぞ?」



既に剣腹での殴打を始めながら……、またも観戦に勤しもうとした、その時――。


南門の騎士達が瞬時に臨戦態勢を取った。


肌をすり抜けていくような感触――。

それは過去、女王お付きの見習い魔女から身体で覚えさせられた転移魔法の気配だった。


気配は門の内、騎士団のすぐ背後で仰々しく胸に手を当て深く頭を垂れていた。



「流石、あの女王に鍛えられただけはあるな?フリベルト騎士団の諸君」



「あ、貴方は……!」



先刻、大斧使いをゴルムと見抜いた女性騎士が愕然と口を開く。



「名を呼ばれたから来てみたぜ?……な~んてな」



声色の重低音に滲むは自由を謳歌する悦び、――リドルグ・ドグ・ラドファルガその人であった。



「西方地域を覆っていた障壁の解除にちと手こずってな。

だが魔力の流れは戻した、転移やら念話やら全部元通りに使えるぜ?

もう少しで女王も帰還するだろうが……」



女王帰還の報せを受けて湧き立つ騎士団だったが、続くリドルグの言葉で様子が一変する。



「……女王リンテンド・ワズガヴァルドは、西の最前線で生死の淵を彷徨った」



現実を知る事で走る衝撃と動揺は実際の痛みを伴って騎士団の胸を打つ。

誰かが呟いた不安が、凶兆が、恐ろしい事実となって具現化してしまったのだ。


女王の帰還――、その言葉が別の意味を持ち始める。


滅びの発生点、魔獣王に率いられた何万という魔の濁流。

その源流に居て無事である筈がないと……。



「――腑抜け共ッ!!」



鎧が浮き上がるほどの怒声は魔女見習いカラリの開けた転移門から響いていた。


直後、傷だらけの鎧を傷だらけの身体に纏わせた蒼の騎士が、

凜とした表情を湛え西方都市ベルテンカの土を踏み鳴らす。



「貴様らを、私の死に怯えるような腑抜けに育てた覚えはないッ!


私が死ねば次の王は貴様らの中から選ばれる!

それが私の決めた誓約だ!それが散っていった王達の意思だ!


カラリ、騎士団全員を王城に集めろ。

城塞都市の再建は後回しだ、まずはこいつらを鍛え直してやる」



厳しい言葉を吼え立てる女王だったが、

その顔には笑みが浮かび、それを受けて騎士団の沈んだ顔に気力が満ち満ちていく。


騎士団を率いて王城へと赴く去り際、リドルグを一瞥した女王は "門外の事由は任せたぞ" と念押す。



「よくもまあ、あの傷から僅か十日ばかりで回復されたものだ。

強い乙女ってのはこれだから堪らない。今度酒にでも誘ってみるかな……。


さ~てと――」



一際強い檄音に目を向けると、必殺時機の重なり合いが生み出す一時の静寂が訪れたところだった。


胴体中央を真四角に切り抜かれた偉丈夫と、

縦横に九分割された華奢なゴルムが、お互いに再生と修復に入る。



「――シュレイティア」



リドルグが囁くその言葉にどんな意味が在ったのか。

魔法なのかそれとも命令だったのか。


拮抗する再生と修復に著しい差が出始める。


再生される肉が力を生み出す前に、

繋がりを取り戻した筋繊維が剛力を振るう前に、

速度、力、技の三種が偉丈夫の身体機能を無力化していく。


削ぎ落とされる筋、腱、圧壊する関節。

唯一残った右腕に渾身を込め紛れに放った大剣が胴体を捉えるも、

まるですり抜けるように切り裂いた端から修復されていく。



「理解出来た頃合いだろう、キジュトゥ。

ひとつの圧倒、搦手に溺れるような奴に西方の守護は務まらない。


シュレイティア、もういいぞ」



「畏まりました、ご主人様。

ですがこの者、四肢は千切れて動かなくなるのに対し、

首だけは切っても身体が動きます故、十分お気を付け下さい」



リドルグに傅く華奢な大斧使いシュレイティア。

名前を呼ばれた際に無表情だった口元が僅かに緩み、頭を撫でられ更に緩む。



「お前も疲れただろう、先に帰って姉さんを安心させてやれ」



寸前見せた表情は心配に崩れており、主人を残して退却することの心残りを感じさせたが、

パチンと指が鳴ると有無を言わさぬ転移魔法によってシュレイティアの姿が掻き消えた。



「――……」



「何故?……って顔をしているな。

それでもって、好都合……という顔にも見える」



再生中の四肢はまだ身体を起こすまでには至らず、

それでも視線だけは目の前の魔法使いを見据えている。


何処をどう切り飛ばせば死ぬのか――。


キジュトゥの中で組み上がる戦略を見透かし、

リドルグはアルアの言葉が間違っていた事に今になって冷や汗が止まらなくなる。


『ゴルムは一体、それなら迎撃されません!』


……迎撃されまくってたよな……。


キジュトゥの再生が完了し立ち上がるまで幾許かの猶予がある。

そこでリドルグはアルアの真意を探ることにした。



――意図的な嘘。


叡智の結晶であるアルアの口から偽りが出たのならば、疑問視しない方が不自然。

当然その意図を探る為に現地に赴く、ゴルムを従えずに一人で対峙することだろう。


――驕るだけの誇りと力があるから。


賢人に名を連ね、

自由の為に益を齎し、

単独でも一騎当千を成すだけの力があるのだから。



南門での相対、周りに誰もいないこの状況。

アルアはこのために敢えて嘘をついたのだ、とリドルグは直感していた。

その視線は自然とキジュトゥの刺青へと吸い込まれる。


――左頬に刻まれた不死の呪い。


命の尊さ、生きる喜び、死の恐怖、それを真っ向から否定する刻印。

消えぬ命を刻み込み、壊れた端から傷を癒し、循環の理に亀裂を齎すもの。


知りもしない筈の刻印の主が、その声が、リドルグの過去から木霊する。



『やっと見つけたんだ、究極の命をね――』



幾度も夜を共にし、理想を語り合った()が、

アルアの嘘とキジュトゥの戦いの理由に溢れ始める。



「――……」



キジュトゥの瞳に宿るはゴルムに対する怒りの積層、その主人へ対する消えることのない敵愾心。

リドルグと同じようなゴルム使いへと向けられた不死への恨みだった。



「恨んでいたから、守護を同じとしても尚戦い続けたのか……」



赤紫の光が途絶えていたことをキジュトゥは知っていた。

ゴルムが街を守るために来たことを知っていた。

それでも戦わなければならなかった。


己に不死を刻んだ者がゴルム使いだったから。


死を望み、生に絶望し、やがてその葛藤すらも無感となってしまった。

だからこそ、直情的に湧き上がるこの感情に身を任せたくなった。


恨みを糧に戦う事がどれだけ醜く道理から外れていようとも、

生きているという実感を与えてくれたのだから。



圧力となって放たれたキジュトゥの想い。

それら全てを呑み込んでどうしようもなく魔力を揺らすリドルグだったが……。



「それだけじゃ守れないものが在る」



再生を済ませたキジュトゥは、立ち上がりはするも大剣を構えはしない。

物怖じせずに向けられた魔法使いの言葉に説得力があったからだ。

少しだけ戻りつつある感情が現実を捉え始め、差し出された手を見つめる。


和解の意味が含まれていたこと、協力しあう意思が宿っていること、

それらを反故にしない覚悟の目を魔法使いがしていたことをきっかけに、

不器用ながらもその手を握り返すのだった。


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