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語り継がれる詩《ウタ》  作者: アルエルア=アルファール
第三章 奏でられる詩
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炎の記憶


ピクワールの工房から然程離れていない湖。

その畔で、青白く光る月を見上げながら思いを馳せる。



「あの絵がそんなに気に入ったのかい?剣士様」



背後で椅子とテーブルを広げてお茶会しているアルアとピクワール。

両者、片手にはカップ、片手には筆と……。

これから語られるであろう話をひとつ残さず形にしようと身構えている。



「――あの女をどこで見た?」



背を向けたままの何気ない問い。

しかしてそれを聞く者の耳には重く、声色からその感情を読み取ることは誰にも出来ない。



「……月の影響で記憶が乱れててねぇ。

正常な月明かりに戻った今でも、昔の記憶は少し曖昧なんだ。


ぼんやりとだけど、彼女を見たのは暫く前のことだと思う。

嵐の中に見た幻……にしては焼き付いて離れなかったもんで。

我慢できずに描いてはみたが……なんだかどの色も似合わねえで白黒のまま布被せてたって訳さ」



探し求めて止まなかった見つけたくない印。

それを知っても身動ぐ事無く、黙って聞き届けるオルネア。



「あれの名はメヴリヌ。……人の姿をしているが中身はドラゴンだ」



「ドラゴン……?」



要領を得ないピクワール、それに対してアルアはというと……。

その名の響きに出逢いの一幕を思い出していた。


――『……いつかこの刃が、お前にも届くのか。……メヴリヌ』。



「……オルネアさんに炎の力を与えたのは……」



記したくても記せなかった穴あきの空白が次々と埋まっていく。

あの絵画の中の女性が見せる視線と、オルネアの背後から発せられる視線が同じ物だという事も。


情報共有に無言の頷きで了承を得たアルアはピクワールとの共有を済ませる。


五感の全てで感じた恐怖と圧倒的なまでの力の規模――。

孤独な戦いに身を投じるオルネアと周りを漂う思惑――。


圧縮された情報の塊に暫し言葉を失うピクワール。

辺境の地で、ただ欲求の赴くままに過ごしてきた者にとって、

今回知らされた物はあまりにも大きく、到底背負える物では無かった。


件の地、城塞都市ランヴェルはここから丁度十の山を越えた場所。

あの時誰かがドラゴンを討たなければここも灰にされていたことだろう。


言葉でそれを労う矮小さも、思いやりを向ける事の白々しさも。

この剣士にはどちらも不要なのだと思い知る。


報せることを辞めた達観の至りに在るのであれば、

それこそが優しさで在る事の裏返しなのだ。

隠しきれない報せる事への痛みが、剣士が晒す背に重くのし掛かっていることだろう。


だけど……私は見てしまった、そして知ってしまった。

脅威が、人の形をとってどこかを闊歩する様を――。



だからなのか――、とピクワールは腑に落ちる。

小さな時間でアルアと話したくなったあの事柄は、この剣士のせいだったのだ。


この剣士が背負う覚悟と、運命が交差する終点に。


――絵画の女性が絡む。



「……剣士様。


あの絵画の女性メヴリヌと――()()だったでしょ?」



精霊然とした宵闇の微笑みを湛えて、ピクワールは炎の中に踏み込んだ。


それは出逢った当初からアルアでさえ踏み込めなかった一歩。

吸い込む端から炭化していくような、そんな死地へと踏み込む一歩だった。


ともすればそれは、

優しさを湛える眼が怒りを、守護を担う剣が刃向かい、

焼尽迸る炎を差し向けられてもおかしくない。

それ程の行為であった。


だが、当の本人と云えば……。



「分からない……。


あれがどの感情に当てはまるのか、オレにも分からないんだ」



雨上がりの焦土――。

方向感覚を無くして、ただ唖然と地平を見渡している。


漂わずに降り積もり――。

風も無しに灰に(うず)もれて――。


自分の心を何処か遠くから見上げている。



「剣士様は、迷ってる振りをしている」



微笑みを絶やさず、背に写る炎を物ともせずに、ピクワールは言葉を浴びせかける。



「もう決めているんだろう?その感情がどれであるかを……。

でも値しない、いや――受け容れ難いんだ。


……力には代償が伴う。


それがどんな形であれ、どんな経過を経ようとも、そして……払うつもりが無かったとしても。


その結果が今此処に在る。

私の目に写ってる。

魔を弾き、悉くを灰とする炎を宿して……。


アルアの半分程度しか生きちゃいないけど経験は豊富だ、だから教えてご覧よ?

剣士様は……、


――何を失くしたんだい?」



問いかけに答える素振りを見せず、ただ黙って湖畔の月を見つめるオルネア。


答えない筈だった。

聞かせても過去は変わらないから。

ただ、現在(いま)はどうなのだろうと考えた。

その先の、いずれ辿り着く未来の為に……。


何度覚悟しても、まだ足りない。


――なればこそ。

混迷して絡んだ糸を、その一端でもいいから手に取ってみるべきだ。



「……何もかも。全てを失くして、オレは此処に居る」



刹那に過ぎ去る炎の記憶に――降り積もった灰の丘に風が吹く。


魔法の一切を弾く特異体質が寄り添う精霊によって介入を許し、

アルアとピクワールは身を焼かれる幻覚に一時晒されながらも炎の記憶に踏み込んだ。



喧騒と活気――。

目を開けて飛び込んできたのは、

死と隣り合わせとは思えない程に笑い声が木霊する最前線だった。


魔物の接近を告げる鐘の音も、

外壁で巻き起こる爆発の音も、

牙や爪と切り結ぶ剣戟の音も、

何もかもが笑い声より小さく、人側の優位性を際立たせるだけ。


魔獣相手に一人対峙する戦士。

風裂く矢を雨の如く放つ流離い人。

酒酔いの隊列から繰り出される精巧なる連携。

利己的に動くはずの魔女ですら、その指先は人の為に理を捻じ曲げ続ける。


此処に居る誰もが強者――。



「小僧ッ!そっち行ったぞ!」


「死ぬ気で止めろ~!」


「死んだら晩飯抜きだぞー!」



「分かってる!」



風景に佇むアルアとピクワールの間から剣士が飛び出した。


背に帯びる剣を抜き放ち、

対峙する魔物に一切気後れすることなく剣を交えて叩き伏せる様を見て、

それが在りし日のオルネアなのだと確信する。


その身体は今より一回りも二回りも小さく、閃く剣の力を未だ十全には操れていない様だった。



「はっはー!よく止めた!」


「剣捌きも上手くなってきたじゃねえか!」


「晩飯は俺らで驕ってやるよ~!」



「あんたら金ないだろッ!」



戦場のど真ん中――。

そこで繰り広げられる余裕の応酬には、年の差など関係ない戦友としての絆と、それでもどこか子供扱いしてしまう親心が見え隠れしていた。



塗り変わっていく光景は、静けさで満ちる夜に移りゆく。

門の内側、皆が各々得物を抱えて浅い睡眠を貪る。

高台にて寝ずの番をしているオルネアの傍ら、昼間の戦友の一人がやってきた。



「交代の時間だ、ご苦労さん。お前も休め」



「いや、いい。……なんだか眠れないんだ」



「休めるときに休んどくのも――」



「――戦士の努め、だろ?」



「はっはー!分かってりゃいいんだ。……少し話そう」



腰を下ろした男に続いてオルネアも座り込む。



「昼間は良くやった。

お前の親が生きてたら嬉しくて今夜は宴会騒ぎだっただろうな」



「騒がしい人だったのか?」



「そりゃもう大変な奴だったぜ!

酒!剣ッ!酒!剣ッ!の繰り返しでよぉ。

でけえ魔獣を仕留めた日にゃ夜通し飲み明かして次の日べろべろ!

魔法使いだったお前の母ちゃんに肝臓を水で洗われて吐きながら戦ってたわ!


そん中でも、お前がここで産まれた日といやぁ凄かった……」



十数匹の魔獣を相手している最中のこと。

救護室で産まれたと報せが入り、仲間を残して一時離脱。

赤子の顔を一目見て泣き出し直ぐに戦線復帰。



「押されていた仲間を一人残らず助け出し、

嬉し泣きしながら十三体の魔獣をたった一人で斬り殺しやがったのよ!

はっはー!そのあと一週間は宴会続きだったなぁ……。


……それから半年後だ。

二人とも、仲間を庇って簡単に死んじまった。


ここでは毎日誰かが死んでる。


死んでは何処かから人がやって来て知らぬ内に入れ替わってる。

傭兵上がりだったり冒険者の端くれだったりいろんな奴が来る。

そんな波に……あの二人も攫われていった……」



「ふ~ん……」



「おいおい……なんだよその興味ねえやって顔はよ。

お前の親の話なんだぜ?」



未開の地が広がる夜の闇。

その果てを見つめながらオルネアはなんとも思っていない胸中を吐露する。



「全然覚えてないから、かな。

それにそういう話を聞く度にまだ死んでないんじゃないかって思うんだ。

受け容れられてないわけじゃない。ただ……。

あんまりにも楽しく話すもんだから、街の反対側でまだ戦ってるんじゃないかって……」



遠くを見ながら。

自分に言い聞かせるように。

悲しさを隠すのではなく、それが何かを知らぬまま。

ただただ遠くを見つめる。


やがて男はオルネアの頭をぶっきらぼうに撫でつけてこう言った。



「オルネア、お前は死ぬな。……絶対だぞ?」



気恥ずかしさから手で振り払うも、その上からまたも撫でつけられる。



俯瞰していく視点と炎に塗りつぶされていく夜の風景。

それは先ほどアルアとピクワールが体験した場面の移り変わりの様な炎だった。



だが――


それは光景を真に埋め尽くし――


静かな夜を昼間の様に照らす程の――



――大いなる炎だった。



過去を見ているだけに過ぎない二人にそれは明確な炎熱となって迫り、

前戦都市の上空へと追いやられる。

俯瞰視点から得るのは、炎に呑み込まれ地獄になった都市を包む巨大な翼――。



「なんて大きさだぃ……!

アルアから聞いたのもデカかったが、コイツはその倍はあるだろうがよ……」



赤熱する鱗、歪む空。

次の瞬間には空間そのものが発火して視界が赤色に包まれる。



二人が目を開けると、いつの間にか湖の畔へと戻っていた。

纏わり付いていた精霊も何処かへと逃げだし、一際暗くなった辺り一面に焼け焦げた香りが漂う。



「剣士様……あの後はどうなったんだい?」



「――勝ったさ」



だから此処に居る――、その事実をピクワールは飲み込めずにいた。


知らされたドラゴンの生態とその力の規模。

アルアからの共有でランヴェル、極東と既に二体に勝利を収めたのは知っている、だが……。

先ほど垣間見たあのドラゴンからは、根底からして別なものなのだという確信が湧いて止まない。


そして当然の様に思うのだ。



あんな存在に勝てる者など存在しない、と……。



立ち上がりお茶会の席へと着いたオルネアは、

態とらしい自虐的な笑みを浮かべてその先を語る。



「心臓に剣を突き刺し、燃え上がるような鮮血を浴びて、握る剣と共に勝利を確信した。

……顔を見上げて……こちらを覗き込むような()()()を目にするまでは」



――他の皆がそうなったように。

――家族同然の皆がそうなっていったように。

――故郷が呑まれ破壊され尽くし炭化して尚も止まずに灰になっていったように。


――オルネアの身体もまた炎へと呑まれ、その命を落とした。



「全てを失くして……此処に居る……」



そう呟いたアルアの手は暫く前から書くことを辞めていた。

踏み込めなかった先に広がる景色を前に、だから踏み込まなかったのだという納得を得る。



「オレが目覚めたのはその直後。

目の前にいる女が、形を変えたドラゴンなのだと直ぐに分かった。

死んだはずのオレに、再び命を与えたのだという事もな……。


起き上がって、剣を手に取って……。

オレは……立ち向かうべきだったんだろう。


全員殺されて全部壊されて、その仇だった筈なのに……。

なのにもう……何も分からなくなっていたんだ」



星空を見上げるその瞳に、涙はない。

ただ、いつもより多く星が写り込んでいた。



「聞かされたよ。これからこの世界に何が起こるのか……」



――世を灰へと変える為に、

――蔓延る黒色を真に燃やし尽くす為に、

――呑み込んだ代償を炎に変えて、狂乱の淵、次々と同胞が飛び立つ。


――それまでに力を磨け、猛る炎を身に纏え。



『その為に必要な事を全て教えよう。

 我と共に在れ、オルネアよ……』




視線を落とし、喉の奥で小さく笑う剣士を見て。

その感情を言い表す言葉は今も昔もこれからも存在しないのだと感じたアルア。

()()()()こそが原型、不確かこそがこの感情を唯一形に出来る。


ピクワールもまたその筆を止めていた。

恋仲などという簡単な括りではこの絵は描けない。

例え星丸ごとを画布に変えようと、

この熱は、この色は、この想いは、その枠を優に越えてしまうのだから。



全てを奪った仇敵。そして、全てを与えられた恩。


握りしめる剣に宿るのは、憎しみを超えて義務となった報復。

死んでいった者達に報いる為の剣。


振り上げる意思に宿るのは、与えてくれた命への感謝。

力と炎を贈られて、失った者を次こそは救える様にしてくれた事への恩義。


見定める瞳に写るのは、剣士に唯一の希望を見出した暁の瞳。


一巡する季節の中で、共に歩いた僅かな時間を、

狂乱に陥る前の最後の思い出としたドラゴン。



(ほど)けるか分からない、それを思うことすら困難なほどに絡み込んだ糸。

その一端を手に取ってみてもやはり何も変わらなかった。

だというのに、背に乗せたエルフの重さに不思議と溜息は出ず、力強さが変わらぬ足取りは僅かに軽くなる。

しかしてそれは無意識に追いやられ剣士が自覚することはなかった。



二人が去った後、画廊の最奥で立ち尽くす画家。

未だ色が付けられない儘ではあったが、

殺風景に佇む女の傍ら、並び立つように剣士を描く。


色のない画布の中。

表情すら失っていたはずの絵に、確かな鼓動が息づくのであった。


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