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語り継がれる詩《ウタ》  作者: アルエルア=アルファール
第三章 奏でられる詩
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視線


夜明け頃――。


野営の焚き火がひと筋の煙を上げ、弾ける火の粉が本に降りかかる。

だが、書き綴るエルフの手はそれでは止まらない。

何十、何百と積み重なった防護結界が熱を奪い、

何千、何万と積み重なった浄化結界が汚れが本に染みこむのを防ぐからだ。


剣を抱えて座り込み眠りと覚醒の狭間で呼吸する剣士は、

聞き慣れた筆の走る音に澱みが無いことを確認し意識を一段下げて短い休息を取る。


油断ならぬ夜の警戒に磨り減る精神と神経。

回復に努める間は片方がそれを補う。


事前に示し合わせていなくても自然と合う呼吸は、旅を共にしてきた二人ならではのものだった。



場所はアーヴァンより北東、城塞都市エルディーア近くの川辺。

高い視界を確保できる岩場は野営には相応しく、

岩の上は切り取られたかのように平らであり火を熾すのにも向いていた。


会議から帰還したアルアと故郷から帰還したオルネア。

短い間にも両者から多大なる情報が舞い込み、

片やアルアはオルネアにも通用する見込みの在る精霊魔法を試したがり、

片やオルネアは魔人に遭遇したことをひけらかして連射される魔法から逃れた。


ドラゴンと魔人、特大の災厄が交わることで生まれる混乱は容易に人界を狂わす。

賢人の一人と協力関係になったというアルアの言葉とその内容に、またひとつオルネアの重荷が解かれていく。

唆してきた人外未知の魔人マリスケラスもドラゴンへ言及しており、渦巻く意図は深淵よりさらに深きところで世界を掌握しようと今も蠢いている。


油断も予断も許さぬ差し迫った脅威がすぐそこにある現実に、

それでも二人は休息を選び取る。


眠気眼(ねむけまなこ)では一寸先すら見通せず、

欠伸しながら振るう剣に力は宿らないからだ。



日が昇りきった頃――。

焚き火の後始末をしていると、香り高い三本楓の葉で包んだパルーが炭の中から転がり出て香ばしい匂いが漂う。

途端にアルアの顔から笑みと涎が零れた。


パルミア粉を焼き固めた菓子パルー。

数多くあるアルアの大好物の内のひとつであり、野営や休息中、

忙しく本に書き込んでいる間にも食べるため何度か取りこぼしそうになっては転移魔法で口に放り込む姿を度々目にしている。


そんな食い意地の張ったアルアが――、口を開けたまま完全にパルーを取りこぼした。


それは感知魔法にありがちな、俯瞰する視界に強大な何かを捉えた時の反応と似ていた。

即座に抜剣し警戒態勢をとるオルネア。



「アルア、距離は?」



「……」



呼びかけにも応じないほどに意識を取られる何か――。

その規模の予想を魔獣を遙かに凌ぐ魔人だと直感。

――消滅から然程経っていない、流石は魔人といったところか。


握る剣に炎を込め始めたオルネアだったが……。



「――んんんんッ忘れてたああああああああッ!!!!」



差し迫っていない危機が霧散したのだと理解させられたオルネアは、

ボフっと熾した炎を消してジトっと睨み付ける。


一方のアルアはというと……。

傍らに置いた大鞄に上半身を突っ込んで何やら捜し物をしている様子。


無言で傍に立ち大鞄を足で小突いてやる。



「うわ!やめてくださいよ何層重ねてると思ってるんですか!

あ、やばい!崩れ……ぬわあぁああ!!」



鞄の奥から紙束と本の崩れる音が木霊して、挟まってしまったのかアルアの足が藻掻く。



「オルネアさん引っ張って!引っ張ってください~!」



「聞こえないぞー、もっと大きく頼むー」



「息ッ!息出来なくなってきてますから!!お願いしますってば~!!」



ズボォッと引き抜いたアルアの手には走り書きを記した紙片が握られていて、そこにはこう書かれていた。

――『古書を読みたくば絵を描かせろい』。

腕の先で揺れていたアルアが器用に身を翻してオルネアの背に収まると、「向こうです!」と意気揚々に指を差す始末。

釈然としないまま従うしか無いオルネアはジト目のまま取り敢えず歩き出すのだった。



「走らなくていいのか、アルア様?」



「むっふふふ〜、もう遅れに遅れとるから急いでも仕方ないんじゃよオルネアどのぉ」



「……で。実のところは古書を読みたいだけなんだろう?」



「あ、目敏いですね〜。

古い刻印魔法を収めた教典の類いなんですが、そこにしか載っていない刻印があると聞きましてね。

盗み見――あぁいや、頂戴――えぇっと……、見せて頂けないか交渉したら私の肖像画を描きたいと言ってきましてね」



「画家、というやつか」



「本人は絵画師だと言い張ってますけどね」



「何が違うんだ?」



「無いですよ?強いて言うなら言葉の響きですね。

その道では知らぬものがあんまり居ないと噂になったり……なってなかったりしてるので腕前は相当なものです。

彼女の名は――」



――ピクワール・ド・シュプテニカ。


品位の誇示、力の象徴を求めて人々は彼女の元を訪れる。

出来上がった作品は屋敷に足を運ぶ商談相手に威厳に溢れる自分を誇示し、晩餐会に訪れた同法に魔力の質を偽る。

あの中肉中背の魔剣蒐集家も自分の屋敷には多少スラリとした肖像画が飾ってあるほどだ。



「エルフ語には疎いんだが、その名前って……」



「はい、その通りです。

エルフ語で『最高の絵描き』という意味ですね。

精霊と人の混血なのでどこかおかしくなっているんでしょう」



嫌味なく言い放たれたそれに呆れつつ、一向の足は森の奥深くへと進んでいった。


生活減域を侵さず前戦や城塞の守護範囲内には留まってはいるものの、

辺りに人の気配は全く無く、一番近い辺境村までは徒歩半日。

何処からともなく野鳥や小動物の声が木霊するなど豊かな自然に育まれてはいるが、その道中は既に人の住む場所では無かった。


暫く進んだ頃、草木が独りでに避けた様な不思議な広場に到着。

中央にひっそりと佇むのは蔓と花に覆われた小屋とその前で待ち受ける女性。

来ることを知っていたのか和やかな笑みを浮かべ手を降っている。


整った顔立ちに青紫の髪。

地面まで伸びるその長髪の毛先は透き通り硝子細工を思わせる美しさ。

画家らしく邪魔な袖はまくり上げ、細身の腕には絵の具の染みがいくつも飛び散っていた。


精霊との混血――。

一目でそれを理解させられる出で立ちに、当然その口調までも清廉なのだろうと予想していたが……。



「――おっせぇーんだよ。

何年待たせんだこの短足エルフが、絵の具干からびるわっ」



微笑みを湛えたまま放たれる鋭き罵詈雑言に、初対面のオルネアは度肝を抜かれるが……。

年単位で待たせていたという事実にこの反応は至って普通、寧ろ優しめだと思い始める。



()()()()()した体型なんですぅ!!」



「いいからさっさと中入って座って一切動くな呼吸もするなっ。

剣士様、どうぞ中に入って寛いでくださいまし」



「お、お構いなく……」



火と水。正反対の対応を見せるピクワールに気圧されながらも小屋の中へと足を運ぶ。


外観とは全く異なる広さに驚くと同時に、その空間を埋め尽くす画材道具の散らかりっぷりにも目を奪われる。

足の踏み場さえない空間でどうやって寛いだものかと悩み始めたオルネアだったが、

風の魔法で無理矢理押し広げながら進む二人を見て、とりあえずは画材の山で出来た椅子に腰を落ち着かせた。



「ん。剣士様、あなた何か結界の類いでも積んでいらっしゃる?」



拡張空間が僅かに軋みだした。

気圧されるばかりで自身の魔法耐性を失念していたオルネアは慌てて退室しようとするが、すぐに呼び止められる。



「いいえ、いいのよ。冒険には付きものだろうし、いちいち解いてもいられないからねぇ。

"シュプトハウメリス、イサントゥネイト"……これでいいわ、今度こそ寛いでくださいまし」



発光してふわりと舞い上がるピクワールの毛先。

唱えた詠唱に魔力の痕跡はなかったが室内の軋みは止まっていた。


――オレの耐性に抗えた。……アルアの言っていた精霊魔法か。


野営中の熱弁により精霊由来の術法であれば自身にも効果が現れると聞かされ続けたオルネア。

半信半疑であったが最早それは疑いようが無い。



「ピクワールさん、ではさっそく古書の方を……」



「描き終わった後だ。

そこに座って目線はこっち瞬きは無しだ」



「私が古書を読んでいる姿を描けばい――」



「描き終わったあ・と・だっ。

今回逃がしたら次がいつになるかわからねぇだろぃ、この体感時間音痴めが。

書は用意してあるから安心しろよ。

取り敢えず描かせてくれ、じゃねぇと数年患ったこの疼きが止まらねえんよ」



下書きの線に迷いが無い。

欲求を晴らす為に暴れる筆先が、その乱暴さとは裏腹に緻密で精巧な絵を描いていく。

枠に張られた画布の中、下半分にアルアが置かれ上方に大きく余白を取る。

その余白に本溢れる書架、浮かぶ巻物と舞う紙束、アルア愛用の羽筆を散らして全体の調和を取り、

後は色を乗せていくだけと思いきや……。



「……違う。……なんだ?……あの頃のお前と違う」



ピクワールの口から零れ始めた独り言は徐々に加速していく。



「……図書館で見かけた時。

……筆に欲望を乗せきって。

……絵にしたいと思い立った時と。


……何かが……」



染料の調合書を探して訪れた魔法局管轄の大図書館。

案内図を睨みながら、それでも迷い果てて途方に暮れていたとき。

耳に響く羽筆の音――。


それが異常を来したエルフの、異常なまでの速記の音なのだと。

そう理解出来る頃には空に線を描いていた。


依頼されたからではなく、金を積まれたからじゃなく。

自然と湧き出す欲求が心と手を動かし始めるあの感覚に支配されて……。


書きたいものを書いている奴を、私は描きたいように描きたかった。


それに数年待たされるとは思わなかったが……。



「あの頃のお前と何が違う?どう違う?

減った?それはない。

足された?何が足された……?

足りない、この絵には。

何が足りない。

どう足りない……」



座る椅子の後ろ足で器用に姿勢を保ちながら、やがて一本の椅子足で更には床を蹴って回転まで加える。

危うい均衡に身を置くことで早まる思考回路、その回転も収まる頃にふと意識外の何かが視界に入り込んできた。


手持ち無沙汰に画材の山に座る――。



「剣士様……」



無碍にはしていない。

だがとりとめて何かを感じたわけでもなく、アルアのお付きかその逆かなどと少し考えるだけ。

それが今になっておかしいと気づき始める。


魔を弾く結界相当のものを纏っていると室内制御を精霊魔法へと切り替えた。

だがこの剣士――魔法の俯瞰がまったく効かない。


それは魔を弾くなどという次元を軽く越えた超常の域。



「剣士様……アルアの後ろに立っていただけない?」



見えている筈だった俯瞰ではなく、直視で真っ直ぐに見つめる剣士の出で立ち。

それを見ただけで、足りない要素が足下から組み上がる。


そうしてアルアの背後に立ったとき。

あの図書館での、得も言われぬ欲求の奔流が、怒濤のように押し寄せた。


線を引き、色を乗せ、影を落とし、明かりを零して、彩りが画布に花を咲かせる。


筆を駆る右腕が酷使によって痙攣を始めても、それを魔法で押さえ込む。

描きたい欲求と描かなければならない使命が混ざり合い、陶酔、熱狂、快楽に脳髄が痺れる。



アルアとはまた別種の狂気。

鼻血を出して仰向けに倒れ込みながら高笑いするピクワールに、作品の出来映えは聞くまでも無く最高傑作なのだと理解する二人。



「……ふぅ……落ち着いたわ。

ごめんなさいね剣士様、みっともないとこ見せちった。

古書探してくるから良かったら画廊でも見て回ってて、扉はあっちね」



「あ、ああ……」



別種とは言え狂気は狂気。

この手のものが苦手なオルネアは背筋を走る悪寒が収まるまでと画廊へと向かうのだった。



「さ、ついてきなアルア。お前が欲しがってた古書をやろう」



「はぁー、やっとですかぁ~。待たせすぎですよ?」



「ほんとに一発ぶん殴るからな?」



「えへっへ~冗談ですってば~」



書架の梯子を登って最上段から埃まみれの本を放るピクワール。

受け取ってはしゃぐアルアを見ながら、本当になんとなく世間話がしたくなった。


一仕事を終えた緩急とでもいうべき小さな時間で、聞いておきたいことがあったのだ。



「なぁアルア。あんたらって恋仲なのか?」



「っどぇぇ……それはまた突拍子もない質問ですね。何故ですか?」



「なんでって……そりゃあの剣士様がいい男だからだよ。

お前は私と違って純血種なんだし、背が低いってだけで独り身を突き通さなくてもいいんだから」



「ピクワールさんだって別に好きにしていいと思いますけど?

混血なら混血同士なんて決まりもありませんし、寿命の問題だって解決策は無数にあります。

それになんだかオルネアさんは視線が気になって……」



「あー……確かにあの目で見つめられると萎縮しちゃうかもな」



「ああいえ、オルネアさんの視線ではなくて……んー……」



画廊を見つめる瞳に込められていたのは恋心などでは無く、純粋な観察眼。



「勿論慕ってはいます。

強いし、頼りになるし、助けてくれるし、オルネアさんとの冒険はとっても刺激的ですからね。


でも……。

初めて会ったときから、何か大きなものが背後で揺らめいているように感じていたんです。

背負う気迫が見せる幻なのかと疑ったり、秘めたる力の規模を私が勝手に読み解いているんだと思ったり……。

でも、そのどれでもなかった。

例えるなら……そう、炎の視線とでも云うんでしょうか。


とにかくその視線が私に一歩踏み込ませないようにしているような……していないような……」



「してないんかい……」



「えっへへー、結局そういうことです。

視線があってもなくても私は今の関係が心地良いですし、そちら方面での進展はありえませんね」



「ふぅん……なーんだつまんないの」



「ちょっとぉ!聞き捨てなりませんねその言葉!

オルネアさんと冒険するようになってどれだけの発見をしてきたことか!!

たっぷり聞かせて上げますからそこに座って息を止めてください!」



「死ぬだろうが!聞くだけならしててもいいだろぃ!」



二人の喧騒から遠ざかるように画廊の奥へと進んでいくオルネア。

数々の()()()()()()()()()絵画を流し見て、さして何も感慨深くはならない感性に自身で呆れる。


だが――。


画廊の最奥。

布を掛けられた絵画の前で興味本位にその布を取り払ったとき。

文字通り、


――呼吸が止まる程の衝撃を受けるのだった。


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