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語り継がれる詩《ウタ》  作者: アルエルア=アルファール
第三章 奏でられる詩
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前戦都市ルドビラ


かつての街道、面影残すは不揃いな背丈の草木のみ。

獣道にも成らずにいるのは、この道の先に佇む廃墟が異様な雰囲気を醸し出しているからだった。


道の途中で色が無くなる。

そこを境とした向こう側には命が存在せず、生有る物は立ち寄った事を後悔しながら後ずさることだろう。


――前戦都市ルドビラ。


城塞都市ランヴェル同様、その破壊の跡には炎の痕跡が見てとれたが……。

その規模は、凡そ同一種から発せられた物とは思えないほどに――土地とその奥深くに埋まる大地の脈動さえ破壊し尽くしていた。


吹く風も無く、照らされる陽光すら陰ってしまった故郷。


そんな光景を前にして剣士は目を閉じ祈りを捧げる。

脳裏に過る在りし日と耳奥に木霊する滅びの声に、その祈りは一層深みを増していった。



「寂しい、か……」



背に帯びる剣の、前よりもはっきりと聞こえるその呟き。



「……嗚呼、オレもだ」



剣の柄頭をそっと撫でて、やっと過去に向かい合う覚悟がついた。


覚悟を持たなければ――。

かつて魔物を阻み再建と破壊を繰り返された門の()()を踏み越えることなど、出来はしなかっただろう。


死に物狂いで抗って、そして失った故郷。


その後に歩んだ道には、悔恨も怨嗟もひとつも無い。

僅かな疑問と故意の不理解と、拠り所を無くした寂しさだけが漂っている。


以前は――。

少なくともあのエルフと出逢う前であれば、此処へ立ち寄ろうなどとは考えもしなかったであろう。



『ちょっと留守にしますので暫く自由行動にしましょう!

分かりやすいところに居てくださいよ?

視えないものを見つけるって割と大変なんですから!』



離れたくても離れられなかったがこうしていざ離れてみると、

喋りの止まらないエルフが隣に居ないことに違和感まで覚える。

自由行動という言葉に、今まではそうではなかったのかと多少想うところはありつつも、気がつけば自然と此処へ足が向き、剣と共にした覚悟が廃墟となった街を歩かせる。


街の中央広場。

黒く焦げ付いた地面が殺風景に晒されているだけで、

此処には炭化した亡骸も無ければ瓦礫すら無い。


巨躯の風圧で吹き飛んで――、

振り下ろされた死に抗った結果が――、

焦げ付きの黒に夥しい血の染みを被せていた。


己の運命が決定したその場を見つめ薄暗い空を仰ぎ見る。


――降りかかる死に、初めて剣の声を聞いた。

――疑う事さえしなかった勝利への道筋。

――その後に辿る数奇な旅路。

――果てに託された炎。


……刹那など――。


この思い出を振り返るには余りにも遅い表現だった。



「メヴリヌフルードラス……お前は今、何処に居るんだ……」



想いを馳せるは、全てが終わりそして始まった日。

予感や予測など誰もが出来なかった日。

自身の死に様を想うことはあれどそれは明日への糧になるのだからと、

誰もが疑わずに戦火舞う日常を必死に生き抜いていた日。


明星を焼き尽くすが如き瞳と、貫く刃で真意を交えたあの瞬間だった。



『ヒトにしては良い魂を持っている。……あるいはお前なら――』



あの日の幻影を眼に映す。

背後から見る自分の背は、立ち向かう相手に対してあまりに小さい。

だが、抱く意思は今より分かりやすく、素直で、疑いもない。


幻影と同じように構えてみる。


握る剣は、比べようが無いほどに鈍色を響かせ――。

担う姿は、比べようが無いほどに強さを響かせ――。


あの日に無かった炎は、対峙する存在のものと遜色ない。


ただ――。

その意思だけが変わっていた。


強くなって帰ってきた、なのに――。

今の自分は、幻影の……その弱く小さな背に負けていると、そう思えて仕方が無い。


と、その時だった。



「感傷というものは、往々にして見るに堪えないものだ」



どこからも響かず、どこからでも響く声。


警戒を緩めていたのは事実だが、すり抜けられるほど気を緩めてはいない。

命の無いこの地に於いて突発的に発生したとしか思えない声の主に、

全身を震わせる悪寒となった戦慄がオルネアを包み込んだ。



「でも、キミのは何故か……ずっと見ていたい――」



空より降る赤き羽根。

特大の魔力を深緋の翼で覆い隠すは、ヒトに良く似た人外未知。


反響を繰り返す異常に澄んだ声色は、炎を熾して切っ先を向けるに値していた。



「何者だ?」



オルネアはそう問いかけながらも、胸中には()()()()を思い浮かべる。


赤き髪、赤き翼、赤い瞳、赤い唇、それとは正反対に映える血の抜けた白い肌。

一瞥には狂気の全てを、一声には悦楽の全てを、その在り方の全てで以てヒトを否定する者。



「それで合ってるよ。

でも折角だから名乗らせて貰おうかな。


果てより降り立つは、とびきりの魂を見つけた故のこと……なんてね。


我が名は――」



悪戯の名の下に世界を嘲笑う――深緋(こきひ)の魔人マリスケラス。



――座ろうとした椅子が折れる。

――何も無いところでつまずく。

――寝汗をかく程の悪夢を見る。

――影がひとりでに動き出す。

――家畜が人語を喋り出す。

――死者が蘇って歌い踊る。


少しの不幸、気味の悪さ、深きで響く笑い声。

これら奇妙で不思議な事が起こった際、人々は()()()()()()()()()()と呟き、塩を撒いたり、祈りを捧げたり、魔女に供物を持参して対処を願い出るのだ。

これらの事象は生活の一部として古くから根付いており、今更それを追求する者など誰もいない。

起こることは起こる。

それは太陽が沈んだ後に月が昇ってくるようにごく自然なものとして受け容れられていた。


故に――。

人々が彼女に持つ印象は悪戯好きな妖精や高位の精霊が精々であり、

その実体が魔人であるなどとは夢にも思わないであろう。


現に、知らないことが幸せに繋がることもある。



――生娘の血で雨を降らせる。

――国中の男の心臓を奪い去る。

――諸島連合国を一夜にして消し飛ばす。



『そんなことをする奴じゃない』



報せを聞きつつもその規模の大きさで人々の意識から彼女が消え去る。

心に巣くった印象は誰も干渉できないほどに極僅かで、

尋常でない遠回りは誰にも危機感を抱かせない。


それが、彼の魔人の術中であるとも知らずに……。



「どうかマリスと……そう呼んでくれ()()()()くん――。

嗚呼そうだ、警戒は解くんじゃないよ?そんなことしたら殺しちゃうからね?

そんなつまらない事させるほど……キミって弱くはないんだろう?」



――測りかねる。

それは過去、ルファシアと対峙した時と状況こそ似通ってはいたが……。

唯一異なる点は、

この魔人は()()()()()()()()()()()()()()()()()、という事だった。



()()()()()()()()()……いいオトコだね。正直(そそ)っちゃう」



名を知られていたこと――。

語って聞かせるまでに深くを知る第三者――。


答えを問い質す切っ先に、炎の熱が籠もる。


オルネアは確信していた。

突如として現れたこの魔人が、

自身が最も求め、最も遠ざけていた答えを知っているのだと。


今日此処へと足が向いたのは偶然などではなかった。


過ぎた時間が責を募らせ、世界がそれを求め胎動した結果なのだ。


寛容を排して甘さを無くした魔人の言葉。

告げられる事実がオルネアの炎を揺らす。



「毎日毎日、毎秒毎秒。

連日連夜の地獄の果てに在ってもカノジョは気高く、

そして健気に……キミの名を叫んでいるよ。

幸い……とは皮肉まみれの表現だけれど、彼女は()()飛び立っていない。


時間は有る。……だから、有る内に殺しに来なさい」



軸の揺れた炎――。

間髪入れず、鋭利な刃物となった深緋の翼がオルネアの首筋に添えられた。



「警戒を解くなと……言った筈だが?


無様を晒すな。キサマにそれは許されていない。

それとも……ワタシが先にカノジョの願いを叶えてやろうか?」



――揺らぐ炎が止まった。



「魔人にとってドラゴンは天敵と云える。

存在の根底からしてドラゴンには敵わないと定められている。


だがな……敵わずとも、唆すぐらいは出来るんだぜ?」



――それは、過去に抱いたどの感情とも違う物だった。



「矢を弾き、魔を崩す龍鱗を……。

キサマの名を騙って開かせることなど造作もないと知れ。


……どうなんだオルネア?それでもまだ無様を晒す気か?


さぁ……答えを聞こう――」



――これは、覚悟では無い。

――これは、後悔では無い。

――これは、決別では無い。



「メヴリヌを送ってやれるのは……」



マリスは確かにそれを見た。

切っ先の向こう側、剣を構えるヒトの眼に、大いなる炎が宿るその瞬間を――。



「オレだけだッ!!」



――それは、在りし日の思い出を彩る最後の行程。


誰かではなく自分が、何かでは無くこの剣が。

他でもないオルネアという剣士の在り方だけに許された、メヴリヌフルードラスの死の運命(さだめ)


これ以上無い答えを受け取ってもマリスの翼は首筋にあった。

自身が魔人で在るが故に、ヒトの答えにはいつも虚栄と嘘が混じっていると知っていたからだ。

だが、それを知っていながら他に渦巻く事柄よりもこの二人を深追いしている。

理解していながらこの深緋の魔人ともあろう存在が問わずにはいられない。


この星で最も尊き輝きを、それが放つ色を見てみたかったから。


だから、ここで叩き潰してやろうと思った。


見たいのに視たくない。

反発し合う欲望こそが魔人たるマリスの原動力だったからだ。


だが……。


破壊され尽くし、枯れ果てた大地の奥底から。

暁を思わせるが如き咆哮が、前戦都市ルドビラを震わせる。


その声は、オルネアの胸中に何度も響いた古き声に良く似ていた。

此処には居ないその面影は、オルネアの熾す炎の揺らめきに力と炎熱を、

明星を焼き尽くすが如き暁を従えて深緋の魔人を見下ろす。


圧倒的なまでの力の顕現に暫し見蕩れたマリスは、

オルネアの反撃に意表を突かれた。


首筋の翼を弾き飛ばし、

鈍色を重ねた心に炎を背負って、

思い出を踏みしめながら振り下ろす剣。


――問いの返答は剣。

であるならば、これを受け取らないのは矜持に反する。



肩口から入り込んだ剣はマリスを斜めに切り捨て、

同時に襲い来る炎は半身を消し飛ばしても尚のこと命に食い込んでくる。



「良い答えだ、オルネアくん。

本当に良い答えだ……。


――では、また会おう」



爆風で砂塵舞うかつての前線。

一時訪れた戦の音は、塵と消え行く深緋の魔人と同じくして再び静寂が訪れる。


空から降る一枚の赤き羽根。

去り際のマリスの言葉と未だに漂う気配の残滓。

たった今背に触れていた懐かしき面影……。


熱籠もる剣を額に当てて故郷へ向かって最後の祈りを捧げると、

元来た道を今度は力強く踏みしめて、喋りの止まらないエルフの帰りを待つことにした。


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