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語り継がれる詩《ウタ》  作者: アルエルア=アルファール
第三章 奏でられる詩
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末裔


命脅かす咆哮が聞こえても、身体が言うことを聞かない。

血で染まる視界に死が歩み寄ろうとも、力抜けきった腕では槍の一つも持ち上げられない。

荒さを過ぎて浅くなっていく自身の呼吸音を聞きながら、鎧の関節部を固めて倒れないようにする事だけが今の女王に許された全てだった。


前戦都市オキシェ、壊滅――。


西の要ベルテンカへと続く路を守護する五つの城塞都市。

その崩落の音が、失われていく民達の声が、抗うことさえ出来なかった魔獣王の遠吠えによって掻き消されていく。

戦闘技術の全力開放に伴う疲労感と錬金へと費やした魔力の消費虚しく、満身創痍の身で立ち尽くして死を待つのみ。


対峙するは、黒――。


女王を見下すその視線は、悍ましい何かを見ているように歪み、次第にその憤怒を増していく。


形は人そのもの。

だが、背負う全てがヒトならざる者。


光りを呑み込む漆黒の翼――。

魂を噛み砕き血を啜る牙――。

恐怖を弄び続ける鋭き爪――。

ヒトを否定する赤紫の瞳――。


在り方が根底から歪んでいる。

そう確信せざるを得ない姿形に、僅かに抱いていた契約の希望は消え失せていた。



「そうだ……!

一切の希望を捨てろッ……!


この俺の目の前でッ……小賢しく生き足掻くことなど出来ぬと知れッ!」



――見るに堪えない。

そう言いたげに放たれたのはただの魔力圧。


だがその威力は……。


瓦礫と化した壁を何層も貫くまでに女王の身体を吹き飛ばし、その軌跡に舞う蒼の欠片。

堅牢を誇った蒼霊の鎧は主の意思と同じくして打ち砕かれた。


残骸、当たりに散らばるそれと同じように横たわる女王。

その身体に、既に痛みは無かった。


受けた衝撃に反比例するように意識だけは鮮明となって自らの最期を見つめる。


戦場に散っていった者達と、

今は亡き王もまたこの景色を見て逝ったのかと思うと、心すら穏やかになっていくようだった。



自分を庇うように立ち塞がる魔女見習いの姿を見るまでは……。



「に……逃げろ……カラリ……!」



「出来ませんっ!」



「逃げて……くれ……お前は生き……ろ……」



必死の懇願虚しく――。

カラリ・シズ・ファズラの纏う魔力は逃走の一切を排し、数秒すら稼げない死闘に全力を投じる構えをとっていた。



「我が翼を前にして――、


……()()()だと?」



怒髪衝天。


放たれるそれは、もはや魔力圧でも無い唯の怒り。

圧縮されていく何かが耳を劈き始め、()()()()死の呼び声が押し寄せる。


――今際の瞳孔。

――縋り付く喘ぎ。

――痛みに耐えかね零して落とした命の証。


磨り潰されていく、魂の絶叫。


人という原型を失くし、究極の自己否定に陥る。


その刹那――。



視界の全てを、紅の炎が埋め尽くした。



絶対なる死を前に……。

数瞬も待たずに襲い来る、身を焼く炎の熱に身構えて……。



やっと肌に触れた、その優しい暖かさに、固く閉じた瞼を開いて、奇跡を目撃する。



抗うことに意味すら無かった。

そんな力を目前にしていた。


修練では到底及ばず、人が抱ける覚悟では到底足りず、その力の余波の一端でさえ打ち消せない。


そんな力を目前にしていた筈だった。



キンッ――――。



まるで全ての不を打ち消すような、どこまでも澄み渡る終わりの音。


翳る赤紫。理解を拒む呪いの詞。それだけを残し……。


残滓無く、塵のひとつすら残さず消え逝く黒。


それを見届けるは茜の得物背負いし純白。



あれは……あれこそが……。



「カラリ……」



()()で響いた短い呼び声。

それを聞くや否やカラリの考え事はどこかに吹き飛んでいった。



オキシェ壊滅から十日後――。


国立救命医院アルトヴェリアで目覚めたリンテンド・ワズガヴァルドは、

傷に響く抱擁をなんとか引き剥がしながら戦況報告を申しつけた。



「ダメです」



頑として譲らない魔女見習いの姿勢に、仕方が無いと天井を仰ぎ見る。

震え上がるような死地から生還を果たしたという実感を、天井へ向けた腕の……その力の無さで以て否が応にも感じ取る。



「……()は……今も戦っているのか?」



撤退時に垣間見た散乱する死体の山、それを魔物が狙わない筈がなかった。

押し寄せるであろう脅威の波に戦慄しながら、頑なに口を開かない魔女見習いを懐柔していく。



「約束する。それを聞いたら大人しく横になっていよう」



「……はぁ……絶対ですよ?」



オキシェ陥落後の顛末とその現状を話し始めたカラリ。



「あの魔人が消え去った直後のことです。

魔人の支配を受けていた魔物、魔獣が一斉に暴れ始めオキシェ以西より大挙として押し寄せました。

その数は……我ら駐屯軍と五つの城塞を貫いた量の、凡そ数倍かと……」



「あの濁流と化した魔性の……数倍だと……!?」



即座に幻視するは地平を埋め尽くす魔の大群。

整然と居並んだ一点突破の濁流など比にはならないだろう。



「その中には未だ人類が会敵していない未知の魔獣もいるようですが……。

ご安心ください。


――全て、彼がたったひとりで抑えてしまっています」



摂理。

変わることの無い、残酷なまでに研ぎ澄まされた自然の理。

それすら意に介さない絶対強者、頂きに佇む者。



――光を感じた。



一度は手放した混じり気の無い希望であり理想。

人が生きていける道が、やっと照らされたように感じた。


西の女王であるリンテンド・ワズガヴァルドは、今になってやっと強ばっていた肩の力を抜きそっと目を閉じた。

降りかかっていた荷は完全には降りていない。

だが少しばかり気を抜いて()()になる位には、この奇跡に安堵してもいいのだろう。


責を果たせず既に十日。

胸中に溢れる焦燥は痛んだ身体に活を入れ始める。


と、その時だった。



「よぉリズ。まだ生きてるか?」



がさつな声色に威厳を含ませて、その男は病室の入り口に立っていた。



「誰かと思えば……。

此方の台詞だ、リトヴァーク――」



四つの主要都市国家の中心、人界の要である中央都市国家アーヴァンを治める王。

大規模儀式の後に負傷したとだけ伝え聞いていたリズは、リトヴァークの首に巻かれた包帯を見て冗談のひとつでも飛ばそうと多少キツめにからかった。



「その首のだらしなさは何だ?誰かに切って落とされでもしたのか?

傭兵隊長を張っていたお前らしくもない……」



「落とされはしなかったが、そうだな。

切って離されはしたぜ?

まさか自分で呼び出した奴にやられるとは思わなかったがな」



「何?……待て、では彼が――」



「そういうこった。

オキシェでお前さん達を助けたのは予てからの計画が実を結んだ産物……。


――我らが降誕させし戦神(いくさがみ)の一柱、剣神だ」



都市国家間での会議で飛び出した眉唾物。

――神話に名を連ねる神の召喚とその使役。


絵空事だと誰もが撥ね除けなかった理由は執行者に至法の名が在った故のことだった。



「あの規模の儀式を完遂させるとは……流石の至法と云ったところか。


だが……益々分からん。

制御下に置いているのであれば何故奴に首を切られた?

至法に限って不手際なぞ無いだろうに……」



「簡単な話さ。奴は誰の制御下にも置かれていない――ってだけの事よ」



一拍空けてさらりと言い放たれた言葉に、女王の心臓が嫌な跳ね方をする。


ともすれば魔人をも上回る強者、その意思が何にも縛れていないのだ。

考え得る最悪の未来を幻視するが……。



「既に信用は無いだろうが聞いてくれ。

奴はこう言った、

『吾が刃は人の為にある』とな……。

現に俺だって、自分の首をぶった切って貰って感謝してるぐらいなんだ。


そうさなぁ……少し語弊のある言い方をしよう。

これを聞いてお前が何をどうしようが俺はそれを認めるしそれを赦す」



「リトヴァーク……何を言っているんだ……?」



「聞け。


我が名はリトヴァーク。……真名を、リトヴァーク・ウラ・カザリア――」



――尽きていた魔力の、弾ける音がした。



寝台の骨組みだった物は――。

変換の速度に応えることが出来ず、魔力反応の明滅を繰り返しながらそれでも鋭き殺意を形成していた。


一度限りの刺突。

その後に瓦解するまでの刹那に備え、

女王の手の中で概念化した槍がその切っ先をリトヴァークの喉元に定める。



「紡ぐ言の葉の全てに、全霊で以て答えよ。

我が槍は、貴様の命に食い込んでいる。


――何故打ち明けた?」



傷だらけの身体とは思えぬほどに放たれる凜とした覇気。


粉々に砕けた脚を意思の力だけで踏みしめ、

未だ感覚の戻らぬ両の手はしっかりと槍を握りしめる。


カザリアの名が示すは亡き前王の仇。


過去、突如として現れた皇帝を名乗る不届き者パシダル・ラヌ・カザリア。

次々と都市国家を手中に収めていく圧倒的な兵力は、凡そ人の兵士では到達出来ぬまでに練度と体力が段違いだった。


――同じ形をしていただけ。


そんな考察が出来るようになったのは、前王の死の記憶が激闘の中で薄れていったからだった。


だからこそ嬉しい。

何故なら。


復讐の焔は……。

薄れること無くまだこんなにも……。


身体の奥底で燃えさかっていたのだから――。



「……来たる戦いに備える為」



「ここで貴様の命を散らしておくことの方が、備えになるとは思わないか?」



「言ったはずだぜ。

何をどうしようが、お前を赦すとな……。


思い出せ、奴らの引き際を。

優勢だった割りにはあっさりと撤退を選択しただろう?

広く浅く侵攻したのには理由が在る」



偽の勝利――、思惑匂わす撤退――、王政を敷いたリトヴァークの意思――。


この一時に全てを判断することは不可能。

だがひとつだけ見抜けることがあった。

それは、究極の黒と対峙した女王だからこそ分かる事だった。


――リトヴァークから黒の気配を一切感じない。


死地を乗り越え、苦戦を制し、叩き潰してきた戦の経験。

それら戦場で培われた経験に由来するは己の全て。

その堪が告げていた。



「……今は槍を収めよう。

だが覚えておけ。


貴様の命を、我が槍は片時も逃さず捉えている……から……な……」



霧散していく槍は緊張の糸が切れた証だった。

気を失い倒れていく女王を抱き留めたリトヴァークは静かに呟く。



「俺とお前には、戦うことでしか忘れられない傷がある。

疼いて疼いて仕方が無い……醜い傷跡がな……。


俺は……自分に流れる血に抗いたい……そのために剣を取りたいんだ」



覆すこと叶わない過去を清算する覚悟。

女王をしっかりと抱えたリトヴァークの瞳には小さな炎が揺らめきつつあった。


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