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語り継がれる詩《ウタ》  作者: アルエルア=アルファール
第二章 刻まれる詩
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『神の剣』


ベルテンカ西門の少し先で……。

整った舞台の風を感じながら、腰に下げた剣と首級を置く。



辺りは荒野――。

赤土の大地を震わす終わりの予兆迫る地。


立ち上るは陽炎――。

人気の無くなった街道が地平の先で揺れ消える。


消えた先で蠢く影は――。

防ぎようのない濁流となった魔の群れ。


濁りきった澱みの奥で――。

刺すような赤紫を輝かせる黒天纏いし宿敵を見据え……。



炯、――剣神は仰々しく闘気を羽織る。



「この距離でまだ身を隠さぬとは……初めに叩っ切った甲斐があったな。

怒りの光で何も視えておらぬようだ」



剣神の周りに満ち始めた白の気配。

それは裁定、それは断罪、それは切り刻むべきものを見定める白の役目。


成し、果たすために必要な行程の全てがこの場に集う。



襤褸(ぼろ)と成り果てても――。

命じられた不朽を全うし、胸元抉る証だけを残して解れ逝く具足。



「……そうか。お前が逝く程の品を見届けたか。


来たれ――」



解れ逝く白き粒子の狭間、入れ替わるように身に纏う戦衣。


柔らかでゆったりとした白装束は、

関節や背面から伸びる(たすき)によって密着し、

地を馴らす履物は滑らず、

胸板覆う鳩尾(きゅうび)の板は堅く軽く、

帯刀担う左腕には籠手、左肩には四層の大袖が連なり、

絶刀担う右腕には装飾の類いは一切無く、

憎い演出に口角は上がり、殺風景に揺れる袖を見て笑みを零す。



「過剰な装飾に、戦神は宿らぬ……。

ふっはっはっは!分かっていたかフォドンよ、まったく隅に置けぬ。


……興が乗るとはこの事よ」



掲げた掌に鳴動するは、全界――。



「……時満ちて、巡る星々足下に……」



畝ねりの元、定めの大海が波を立てる。



「刃は唯一、吾が手に在り――」



引き抜かれて消えゆく絶刀見届けるは、装具の打ち終わりと組み立てに浸る間もなかった鍛冶職人。

鳴り響く伏された超常を聞き届けるは、背負う真円に突き動かされた稀なる錬金術師。


変わりようのない運命の予感を一身に受け、不安を通り越して放心するフォドンは、

ギルドを飛び出し暗雲広がるその先を見据え、手を組むまでには至らずとも目を閉じ静かな祈りを捧げる。



「どうか……どうか我らに、勝利を齎し賜え……」



全界鳴動――。

天より降る光の束を、伸ばした右手が掴み取る。



顕れるは、茜の装具に包まれし絶刀。



過ぎたるはひとつも無く、及ばざるものすらひとつも無い。

真に完全、真に無欠。

ただ強く在る事を命じられし力の結晶。


銘を此処に――紺瑠燐火(こんりうりんか)

抜かれた刀身が返すは僅かな青み、波紋に映るは悲哀の恋慕。



『魔物共め、些か数が多いようじゃな。どれ……手を貸してやろうかの……』



「初戦を華々しく……などとは考えるなよ?」



『まったく喧しい口じゃ。……だが、そうさな』



これは露払い。

暗に徹しろと、諭す素振りすら見せぬ粗野な振る舞いに、しかして安らぎゆく心。


今、その心で(おこ)す。


兇爪伸びし掌で掬い上げるは、火の様に静かで、炎の様に激しく、焔の様に熾烈なる光。


心で駆る、決して冷めない(もえがら)の権能。



『掬い上げし狂乱の礎よ……燃えて尽きた刹那の想いよ……。

雅を捨て去り、散り逝く九十九を千程重ね、今、此処に手繰って寄せる。


――熾すは劫火』



茜の絶刀、宿すは金。

燐火纏い赤熱する九重。



「良い焔だ。では……こちらも応えるとしよう」



寄り添うは白、穢れ識る曇り無き純白――。



「戦禍乞う死人、闘争抱く徒人、陣中吠え立てる(つわもの)よ。


此処に刻むは吾が(つるぎ)

刃の道理に慈悲は失せ、辿る無空に軌跡は(はし)らず、齎す末路は……唯のひとつ――」



深く、高く掲げた得物の芯に、滅びが満ちる。



「神剣――」



『灼け果てよ……』



「――白夜」



一直線に――。


紅の道敷く劫火が飾るは。

過程辿ること無き灰への道。

それ即ち、濁流となった魔の群れが、咆哮上げる間もなく、灰と散った証。



(もえがら)舞う道に迸るは、白。



闇突き抜けて遠く、夜裂いて降り落ちる。

在りと有らゆる全て、実在不在に関わりなく。

万象切って伏す神の斬撃。


崩された理が齎す一時の天変は、時を乱し、空を開き、星を震わせる。


残心表す白の切っ先。

確かに感じ取った手応えに、力む一歩で飛び、駆け、到達したのは壊滅した西の最前線。


食い荒らされた人、大破した門、踏みとどまっていた僅かばかりの命を横目に……。

緩慢に歩み寄るは、たった今切って捨てた滅び逝く黒だった。


漆黒の翼を羽散らして下ろし、

脳天から両に別れようともその様を保ち、

ヒトに良く似た口で、ヒトより悪しき憎悪を垂らし、

輝き失せていく赤紫の目だけが険しく血走る。


今にも襲いかかりそうなその形相。

しかし――。


過ぎた道理に慈悲は無く、切って捨てた事実は覆らず。

下された裁きに黒き意思は動けず、定められし滅びが循環の根底に帰ることを許さない。


鞘へと納められし絶刀が音を鳴らすと同時。

目前から音無く黒が消え失せる。



「あの月を仕込んだのだ……いったいどれ程のと期待してみれば、なんてことはない。


――下の下。

染みにも満たぬ端くれとはな……」



残滓無く、残り香すら皆無な跡地を見て静かに呟く剣神――炯。



「泣きもせず……叫びもせず……ただ呪いの詞を撒く、か。


ヒトに良く似ているのならば、

消えて失せる諦観に……空でも仰ぎ見ればよかろうものを……」



破裂しそうなまでに膨らむ怒りにも似た遣る瀬無さ。

それを押しとどめもせずに掌で燻らせ、やがて絶刀に繋がる下緒を肩へと吊るし、纏った闘気を脱ぎ捨てる。


傅いて迎えた灰火を刀へと戻し、

先の感情はどこへやら……歩く先に残った命の気配、その力強さを感じてまた笑みを浮かべるのだった。

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