『神の剣』
ベルテンカ西門の少し先で……。
整った舞台の風を感じながら、腰に下げた剣と首級を置く。
辺りは荒野――。
赤土の大地を震わす終わりの予兆迫る地。
立ち上るは陽炎――。
人気の無くなった街道が地平の先で揺れ消える。
消えた先で蠢く影は――。
防ぎようのない濁流となった魔の群れ。
濁りきった澱みの奥で――。
刺すような赤紫を輝かせる黒天纏いし宿敵を見据え……。
炯、――剣神は仰々しく闘気を羽織る。
「この距離でまだ身を隠さぬとは……初めに叩っ切った甲斐があったな。
怒りの光で何も視えておらぬようだ」
剣神の周りに満ち始めた白の気配。
それは裁定、それは断罪、それは切り刻むべきものを見定める白の役目。
成し、果たすために必要な行程の全てがこの場に集う。
襤褸と成り果てても――。
命じられた不朽を全うし、胸元抉る証だけを残して解れ逝く具足。
「……そうか。お前が逝く程の品を見届けたか。
来たれ――」
解れ逝く白き粒子の狭間、入れ替わるように身に纏う戦衣。
柔らかでゆったりとした白装束は、
関節や背面から伸びる襷によって密着し、
地を馴らす履物は滑らず、
胸板覆う鳩尾の板は堅く軽く、
帯刀担う左腕には籠手、左肩には四層の大袖が連なり、
絶刀担う右腕には装飾の類いは一切無く、
憎い演出に口角は上がり、殺風景に揺れる袖を見て笑みを零す。
「過剰な装飾に、戦神は宿らぬ……。
ふっはっはっは!分かっていたかフォドンよ、まったく隅に置けぬ。
……興が乗るとはこの事よ」
掲げた掌に鳴動するは、全界――。
「……時満ちて、巡る星々足下に……」
畝ねりの元、定めの大海が波を立てる。
「刃は唯一、吾が手に在り――」
引き抜かれて消えゆく絶刀見届けるは、装具の打ち終わりと組み立てに浸る間もなかった鍛冶職人。
鳴り響く伏された超常を聞き届けるは、背負う真円に突き動かされた稀なる錬金術師。
変わりようのない運命の予感を一身に受け、不安を通り越して放心するフォドンは、
ギルドを飛び出し暗雲広がるその先を見据え、手を組むまでには至らずとも目を閉じ静かな祈りを捧げる。
「どうか……どうか我らに、勝利を齎し賜え……」
全界鳴動――。
天より降る光の束を、伸ばした右手が掴み取る。
顕れるは、茜の装具に包まれし絶刀。
過ぎたるはひとつも無く、及ばざるものすらひとつも無い。
真に完全、真に無欠。
ただ強く在る事を命じられし力の結晶。
銘を此処に――紺瑠燐火。
抜かれた刀身が返すは僅かな青み、波紋に映るは悲哀の恋慕。
『魔物共め、些か数が多いようじゃな。どれ……手を貸してやろうかの……』
「初戦を華々しく……などとは考えるなよ?」
『まったく喧しい口じゃ。……だが、そうさな』
これは露払い。
暗に徹しろと、諭す素振りすら見せぬ粗野な振る舞いに、しかして安らぎゆく心。
今、その心で熾す。
兇爪伸びし掌で掬い上げるは、火の様に静かで、炎の様に激しく、焔の様に熾烈なる光。
心で駆る、決して冷めない灰の権能。
『掬い上げし狂乱の礎よ……燃えて尽きた刹那の想いよ……。
雅を捨て去り、散り逝く九十九を千程重ね、今、此処に手繰って寄せる。
――熾すは劫火』
茜の絶刀、宿すは金。
燐火纏い赤熱する九重。
「良い焔だ。では……こちらも応えるとしよう」
寄り添うは白、穢れ識る曇り無き純白――。
「戦禍乞う死人、闘争抱く徒人、陣中吠え立てる兵よ。
此処に刻むは吾が剣。
刃の道理に慈悲は失せ、辿る無空に軌跡は奔らず、齎す末路は……唯のひとつ――」
深く、高く掲げた得物の芯に、滅びが満ちる。
「神剣――」
『灼け果てよ……』
「――白夜」
一直線に――。
紅の道敷く劫火が飾るは。
過程辿ること無き灰への道。
それ即ち、濁流となった魔の群れが、咆哮上げる間もなく、灰と散った証。
灰舞う道に迸るは、白。
闇突き抜けて遠く、夜裂いて降り落ちる。
在りと有らゆる全て、実在不在に関わりなく。
万象切って伏す神の斬撃。
崩された理が齎す一時の天変は、時を乱し、空を開き、星を震わせる。
残心表す白の切っ先。
確かに感じ取った手応えに、力む一歩で飛び、駆け、到達したのは壊滅した西の最前線。
食い荒らされた人、大破した門、踏みとどまっていた僅かばかりの命を横目に……。
緩慢に歩み寄るは、たった今切って捨てた滅び逝く黒だった。
漆黒の翼を羽散らして下ろし、
脳天から両に別れようともその様を保ち、
ヒトに良く似た口で、ヒトより悪しき憎悪を垂らし、
輝き失せていく赤紫の目だけが険しく血走る。
今にも襲いかかりそうなその形相。
しかし――。
過ぎた道理に慈悲は無く、切って捨てた事実は覆らず。
下された裁きに黒き意思は動けず、定められし滅びが循環の根底に帰ることを許さない。
鞘へと納められし絶刀が音を鳴らすと同時。
目前から音無く黒が消え失せる。
「あの月を仕込んだのだ……いったいどれ程のと期待してみれば、なんてことはない。
――下の下。
染みにも満たぬ端くれとはな……」
残滓無く、残り香すら皆無な跡地を見て静かに呟く剣神――炯。
「泣きもせず……叫びもせず……ただ呪いの詞を撒く、か。
ヒトに良く似ているのならば、
消えて失せる諦観に……空でも仰ぎ見ればよかろうものを……」
破裂しそうなまでに膨らむ怒りにも似た遣る瀬無さ。
それを押しとどめもせずに掌で燻らせ、やがて絶刀に繋がる下緒を肩へと吊るし、纏った闘気を脱ぎ捨てる。
傅いて迎えた灰火を刀へと戻し、
先の感情はどこへやら……歩く先に残った命の気配、その力強さを感じてまた笑みを浮かべるのだった。




