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語り継がれる詩《ウタ》  作者: アルエルア=アルファール
第二章 刻まれる詩
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『選択』


肉塊として斃れた仲間と、それを成した白衣の剣士。

尋常の他でしか無い光景に圧倒されていた盗賊団は、意外にも僅かな時で闘争心を持ち直してきた。



「おらああああッ!!」



一番近かった剣士の怒声。


それが恐怖に狂った剣であったのならば――。

切り結ぶ価値なしと斬刑に処すまでだったが……。


ある種の勝ち気で挑む――、それこそは魔と対峙する時と同じであるように。


覚悟などという崇高な物では無い。

これは蛮勇。


死を考える間も、その頭すらない一過性の勇気。



「見事――」



太刀筋に見識は無く、ただ力一杯振るわれるだけの三合。

それに、全く同等の力と技を以て合わせる。


錆びだらけの剣から剥離して宙を舞う欠片――。

その合間から時間差を置いた矢が二本――。

鍔迫りあう態勢のまま剣ごと相手に体重を預け、浮いた足で矢を蹴り落とす。


逆さになった視点で捉えるは、

仲間の傍らをすり抜けるようにして踏み込んできた素早い槍の連打――。


僅かに剣引きその剣腹で突きを逸らし――。

降り立つは、突き終わりの余韻残す槍の上――。


空気裂く剣閃は、剣と槍を、蒼白となった面持ちを湛えるその持ち主ごと両断する。


絶命の余韻残し、

(ゆる)りと柄から降り立つ炯の元には、

(くずお)れた戦士が二人。



「矢を継ぐ如く来やれ。

それだけが、悪辣たるお前達に唯一許された道だ」



薄暗さの中で暗く光るのは血を滴らせる剣。

蛮勇に吹っかけた揺さぶりは盗賊団の歯がみを生み、その足を鈍らせる。


それでも――。



「死にさらせぇえええええええ!!!」



示された覚悟を受け止めるのは静かな笑み。

取り囲む陣形に高笑いを押し殺し、

差し出された蛮勇に、――死を手向ける。



受け止めた剣を脱力、憤った踏み込みは前進しか出来ず、容易に懐に潜り込んだ剣で胴を断つ――。


振り抜いた剣の隙を見て二刀の短剣が躍り出るが、両の手は短剣を振ること能わず既に地へ落ち、喉には蹴り上げられた短剣が突き刺さる――。


挟撃に活路を見出した二振りの剣は、異なる角度、異なる狙いを以て迫るが、全く同時に響く鈍色に視界が割れる――。


投擲された短剣を掴み、返し、脳天へと突き刺さり仰向けに倒れる身体、それを乗り越え壁を走り――。


継がれる矢が引かれる前にその腕を引き、真反対の狙撃手目掛け投げ飛ばす――。


高所へと皆が注目する中、その身は既に地へと降り立ち――。


掻き消えた姿を追えなかった者、――14名の悪辣を切り崩す。



残るは、中腹の窪みで呻き声を上げるエルフの弓兵が二人と、

剣と長柄がひとりづつ、そして未だ立ち上がろうとしない大剣がひとり。


――圧倒。


突如として現れた白衣の剣士、その強さに、剣を持つ手と長柄を構える腕は震えていた。

地面に散らばる肉は、ほんの少し前まで仲間だった。

酒を酌み交わし、焚き火を囲んで略奪の夜を語り合った仲間。


転がる肉片が、もはや何も語らない目が、悪辣の心に火を付ける。



「合わせろッ!」


「いくぜッ!」



長柄の乱舞に渦を巻く魔力、現出するは六本の槍――。



陸突(りくとつ)ッ!!」



射出される魔槍、それに紛れる剣鬼――。



牙打(きばうち)ッ!!」



面で捉えた六つの槍、それを覆うように四方から四つの斬撃が迫り来る。


――幾度となく、それを繰り返した研鑽。

――阿吽(あうん)となった、二人の呼吸。


相対した存在が名うての冒険者や技を修めた高名な騎士であったとしても、躱す事はおろか防ぐ事も侭ならない強力な剣戟。


しかしてそれを待ち構えるは、剣の果て――。


緩りと放たれた()()()は――。

魔槍のひとつひとつ、牙と化した斬撃のひとつひとつに、全く同時の斬撃を放つに至っており――。


悪辣へと身を落とした二人の脳裏に、賊として生き抜いた日々が駆ける。


積み上げた研鑽を糧に――僅かばかり見た生への活路は、

己の真芯を捉えていた斬撃によって断たれ。


失意で埋まる胸中に、確かに抱いた悔い無き心。



果てた戦士を越えて歩む、剣神――炯は。

己への報酬として定めた男の前に立ち、その風貌、風格、秘めた力の規模を推し量るように、赤毛の男を()め付ける。


鋭き目線に込められた期待。

たった今斬り殺した思わぬ強者、それ以上の望外を男に見ていたからこその睨み。

抑えきれぬ期待に、薄らとした笑みを湛える程の目だった。


だが……。


極めて表情の無い顔に浮かんだ薄い笑みは、徐々に、誰にも明らかな憤りとなって眉間に皺を作っていた。


見る者が見れば、それは卒倒に近しいまでの衝撃を与えるであろう怒気。

静かに張られた水が即座に蒸気と化すほどの怒りであった。



「貴様……」



炯の怒りの原因。

それは相対した男の()()()()()()



「――……」



赤毛の男は、

仲間が斃され肉と化しても――、

大凡自分が叶うはずが無い相手が向かってきても――、

ただ座ったまま――、剣も手に取らず――、

自分の目の前に立つ者を見ようともしていない。


その目線は赤毛と炯の中間地点の地面を向いたまま、どこも見てはいない。



「それは恐れではないな。だが無気力とも違う。

敢えて云うなら――無意味さ、か」



時に目は、口ほどに物を語る。


――気怠いのではない。

――怖じ気づいたのではない。

――戦う気がないのではない。

――生きる事にも、死ぬ事にも、此奴には意味が無い。


――此奴は吾が問いに対して……、生きようとも、死のうともしていない。



「気に食わぬな、その態度」



――破裂音。

それに近しい衝撃波。


それは頬を打った剣の音だった。


剣腹で捉えて整えたのは相手の意思。

自分自身を引き出してやるための叱咤。



「貴様の態度は剣に生きる者達への侮辱に他ならぬ。

たった今吾が剣で制した粗雑者達の方がよほど戦に生きる戦士であった。


――生きたいのか、死にたいのか。


それすら理解せずに振るう剣がどこに在る?」



「――……」



壮絶な叱咤を受け、尚も無言を貫き無意味を突き通す赤毛の男。

座しても誇る偉丈夫は、見れば視るほどに、抱える無意味に全てを小さく矮小に見せつけている。


そんな男が唯一意味を見出したのは、刺青走る左頬を見せつけるような僅かな動きだった。


無意味から生じる無感、その正体――。


それこそは……



――不死の呪い。



不朽(ふきゅう)を命じられた戦装束が襤褸(ぼろ)となるほどの年月の中、僅か三日余りの出来事が炯の記憶を呼び覚ます。

確かな手応え、倒れぬ命、それが千体――。


()()()()()など初めての事だった。



「くっくっくっ……。

そうかお前、生きるにも死への恐怖が無く、死ぬにも生への憧れが無いのか……。

ふっはっは……そうと知れば話が早い。


喜べ。


この身は、不死を殺す術を知っているぞ?」



男の目が初めて炯を捉え、その目が語る。


――偽りではない証を。



「途端に欲が出る、か……。心根の火はまだ消えていないようだな。


曲がり成りにも剣を修めた身で在るならば……ただ、見れば良い――」



半身、背を見せるような構え、奥手に控えた剣の、その切っ先――。


引き込まれるようにして垣間見たのは――。


風が連れ去る血の水気――。

音を呑み込む鈍色の底――。

変じた命に食い込む刃――。



「ッッ……!」



忘れて久しい怖気は、一瞬にして本能を呼び覚まし、

死へと無防備を晒していた愚かしさは、

瞬く間に全身を包む悪寒となって男を飛び退かせた。



「くっくっ……良い良い、そうでなくては……」



二人のやりとりを見下ろしていた灰火は、空いた窪みで頬杖しながら足を組む。


――何を考えているのやら……。


斬って殺すことに違いなど無かろうに、何を聞いて何を叱咤する?

気を良くしたところを戯れに燃し、冷や水でも浴びせてやろうかと手ぐすね引いておったというのに……。

もはやその空気ですらない……。


潜む心に触れた灰火は、呆れた顔を隠しもせず、ただ頬杖を付いて浮かぶだけに留め置く。



「吾が問いは変わらぬ。


……生きるか死ぬか、――刃向かう切っ先で選び取るがいい」



剣の果てと相対していた男は、

今になって浮かび上がる頬の痛みに、

死ねないことで痛みすら忘れていたのかと、

何故こんなにも心に響くのかと――、

眠っていた闘争心が起き上がる気配を感じて、迷いながらも問いに向き合う。


――生きたいのか、死にたいのか……。


望んだ死が直ぐそこで待ち構えている。

なのに足が震えて前へと進めない。


無意味に在るというだけで生きる事はおろか死ぬ事すら諦めていた。

(いたずら)に経っていく時への反抗として力だけを磨いてきた。

それすら無意味と知るまでは……。


やがて――。


在るというだけで此処へと導かれ、

在るというだけで過ごした此処での一時は、

果たしてこの心に何を齎してくれたのだろうか。


悪辣として死ぬ事への悦びだったのか、

悪辣として生きる事への悲しみだったのか、

そのどちらで在ったのか……。


無感となって過ごした無意味に、亡骸となった(ともがら)は何も答えてはくれない。



ここに男の選択は成った。



悪寒に震える身体を鎮めさせるは、――生き抜く覚悟。


蛮勇込めし手で握り込む大剣――。

大上段に構え、迷いを振り払うようにして走り――。


振り下ろすは、今持てる全力の一撃。


これが答えのどちらになるか……そんなことすら考えもしない全身全霊の剣。



「気に入ったぞ、その答え」



炯は剣を振ろうともしなかった。

ただその一撃に、己の剣を翳すのみ。


――――。


衝突響くは一切の無音。

刹那の後、爆裂した音が渓谷を駆け巡る。


不意に抜ける力は、死んだからなのか、それとも目眩だったのか。

そのどちらでも構わないと、赤毛を振り乱して倒れ込む。


仇を討ってやったと、ただそれだけを抱いて……。


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