第62話 電車での再会【私side】
「お父さんもお母さんと同じ状態になっちゃったな」
世がふとそう言う。
今はさっきいた病院から自分たちの家に帰る途中。今は世のお父さんに会うのは難しそうだから、また今度お見舞いに行きたい。
さっき世は病院に対して小さく礼をしてから外にでてきた。それがありがとうございましたとまた来ますの意味なんだろう。
「でも、お父さん生きててよかったね。いつかきっと声を聞けるよ。もっと遠い未来かもしれないけど」
あの状態ではあるけれど、まだ確実に世のお父さんはこの世界で生きている。世はもうこのようなことも2回目だからか、少しは心が安定してきたようだ。涙を流す様子はない。世のお父さんが世に贈ってくれた声も関係しているんだろう。
「うん、そうだね。その未来、ゆっくり待ってよう」
帰りの風は、行きの風よりも私たちのためだけに吹いている風のように思えた。
最寄りの駅に着く。次の電車はちょうど10分後みたいだった。
「あのさ、ごめん。ちょっと先帰ってて」
「あ、うん。わかった」
なぜ世がこう言ったのか理由はわからなかったけれど、世には世の理由があると思い、聞かなかった。世はゆっくりと私から離れていく。
私は改札口を抜け、ホームへ行く。そして私はベンチに腰を下ろす。
そのホームには数えられるぐらいの人が次の電車を待っていた。
「世のお父さん、こんなまだまだダメダメな私ですけど、世を支えますから、そして支えてもらいますから。その日までどうかお願いします」
私は下を向き、地面に向かって――いや、地球の真ん中に向かってかもしれないにそういうことを言っていた。
今日初めて世のお父さんにあった。私も実は救急車の中で世の隣で泣いていた。悲しいとかの涙じゃなく、何かが私の心を刺激したんだと思う。
私は前を向く。あれ、またなぜか涙が出てきそう。次はなんでだろう。もし、世が世のお父さんみたいになったらって一瞬、考えてしまったから?
「もし、私の親とか世の親とかみたいに、世がなったら私は?」
私はそうなったらどうなる? 世を失ったらどうなるの? 考えなくてもいいことを奥深くまで考えてしまう。もうこれ――世といるが当たり前になってる私。世がいないと成り立たない私。世がいることで成り立つ私。
世との日々が始まってから1日も世のことを考えない日はなかった。世はこの料理、好きかな? とか明日は世となにを話そうかな?……。そんなことを毎日考えていた。だから世を失いたくない。ずっと私はいていい日まで一緒にいたい。その日まで世を離したくなんかない。
「なんか、描きたい」
私はふと、メモ帳を取り出し何かの絵を描き始める。手が自然に動く。何を描いているんだろう。わかるけど、言葉にするのは恥ずかしい。でも、これが私の感情? 大切なものを描いている。
私って――
少し経ってからアナウンスが入り、電車がホームに入ってきた。電車の速度がだんだん遅くなる。電車が完全に止まり扉が開いたところで私は電車の中に吸い込まれるようにして入っていく。入り口に近いところが空いていたので私はそこに座った。
ん……。
世は……。
私を……。
君は……。
私は……。
「あれ、りおみお姉ちゃん?」
私に向かってかけられた言葉だろうか。なにか、少しだけ懐かしい声。世と私をもっと繋いでくれたような、人……。みおりじゃなくてりおみお姉ちゃん……。
「あれ、衣海ちゃん?」
私に声をかけてくれたのは衣海ちゃんだった。蒼佳ちゃんの親戚の。あの日迷子になって私たちと1日だけともに過ごした衣海ちゃんだ。衣海ちゃんにはみおりお姉ちゃんではなく、りおみお姉ちゃんって呼ばれてるんだった。
「お母さん、これが、りおみお姉ちゃん」
衣海ちゃんは私の目の前の席に座っていたみたいだけど、私の近くまで来て、30代いったかぐらいの衣海ちゃんのお母さんらしき人に私を紹介した。私は「こんにちは」とその衣海ちゃんのお母さんらしき人に挨拶する。
「前は衣海をありがとうございました。とっても思い出になったみたいです。私にすごく楽しそうに話してくれて、なんか私まで幸せになってしまいました」
お母さんがニッコリとした顔で私に向かってこの前のお礼を言う。こっちだって……。
「こちらこそ衣海ちゃんと楽しい思い出を創れました」
「それは、よかった」
「ねぇ、りおみお姉ちゃん、今日は世お兄ちゃんはいないの?」
「あ、そうだね、さっきまで一緒にいたんだけど……。ちょっと待ってて」
さっきまで一緒にいたんだけど、世はなにかをするためにどこかに行ってしまったんだった。今はどこにいるんだろうと思い、ラインしてみるとすぐに既読が付き、『一番後ろの車両にいる』と来た。どうやらこの電車の一番後ろの車両にいるみたいだ。用事は済ませられたのかな。
「世は今この電車にいるみたいだから今から呼ぶね」
「うん!」
私が世を呼ぶと言うと、舞い上がるような声がした。そんなに衣海ちゃんは世と会いたいのか。「衣海ちゃんにモテてるみたいだよ」って世に後で報告したら、きっとあんな反応するだろうな。だいたい想像できる。
『実は衣海ちゃんもいるんだ。来れそうだったらきて。私は一番前の車両』
『りょうかい』
「そういえば、どうして衣海ちゃんは今日は電車に乗ってるの?」
「今日はお休みだから、勉強机を見に行くの! 来年から小学生だから!」
そういえば衣海ちゃんの年齢は聞いていたけど(たしか5歳と言っていた)年長さんか年少さんかは聞いてなかったなと今頃思う。衣海ちゃんは来年、一つ上の世界にいってお姉ちゃんになるのか。みんなが通る道を来年衣海ちゃんも通るのか。
「小学校、楽しみ?」
「うん! 勉強したり、遊んだり、給食を食べたり色んなこと沢山したい! すごい楽しみ! 今から寝られない!」
衣海ちゃんは楽しみを隠せないような感じで笑顔で私にそう言ってくれた。その笑顔がなんか嬉しかった。そんなに楽しみなんだ。小学校でなにしたいかで初めに勉強が出てくるなんて、衣海ちゃん真面目だな。私なら一番には出せなさそう。
「あれ、なんか変な音しない?」
衣海ちゃんのお母さんがなにか耳に変な音が響いたようで私たちに向かってそう聞いてきた。
「そう? お母さんなにも音、しなかったよ?」
「いや、しなかったと思いますけど」
衣海ちゃんと私にはその変な音は聞こえなかった。私は周りを見回してみたけれど異常というものは特に感じない。
いつもと変わらないように私は思える。
いつもと同じように……。
たぶん衣海ちゃんのお母さんの空耳じゃないだろうか。特に異常なく電車は走っている。次の駅へと、様々な目的があり今ここにいる乗客と共に、この線路を走っている。
「そうかな、なんでもないかも。ごめんね」
「それより、りおみお姉ちゃんって、世お兄ちゃんのことす――」
――キキっ!




