第61話 お父さんの命【私side】
病院独特の匂い。
命というものが一番身近に感じられる、そんな場所なんじゃないかと私は思う。
この空気が止められたかのような空間が、色々なところを締め付けてくる。無意識に手をこすり合わせていた。
私が顔を上げると、『手術中』のところが赤くなっている。
「大丈夫かな……?」
「わからない」
世の『大丈夫かな……』という言葉に私はそんなものしか返せない。本来はここできっと大丈夫だよとかそんなものを言うはずなんじゃないだろうか。でも、なぜか言えない。大丈夫なはずなのに。
あの後、無事に救急車が到着し、世のお父さんは意識が朦朧とするまま近くの大きな病院まで運ばれた。時間を経つごとに、力が抜けてしまっている世のお父さんを見ることしか私はできなかった。
世は、お父さんと再会できた。望んでいたお父さんを自分の目で見ることができた。でも、その瞬間は、想像するものとは大きく違った。世は今どういう気持ちなんだろう。会えたことがまずよかったと思ってるのか、心配でたまらないのか、それとももっと早く見つけたかったという後悔なのか、はたまたこんな父を見て悲しんでいるのか。どの感情も世の頭の中を支配しているんだろう。
世のお父さん……。
「あの、小浜さんですね」
手術中のところのランプが消え、白い白衣をきた男の人がでてきた。顔の表情から世のお父さんの様子を窺い知ることは難しそうだ。
「はい」
世は立ち上がった。私も少し遅れて立ち上がる。
もし、世のお父さんの手術が失敗してしまったのなら、世に私はどういう声をかけえばいいんだろう。いや、失敗したなんて考えてはけないんだ。世のお父さんはこの世界にいないとだめなんだ。世のためにも。世が求めてきたものなのだから。一緒にいたい人なのだから。世が想っている人なのだから。世のお父さんなんだから。
「手術は――」
ゴクリと世がつばを飲み込む音が私のところまで聞こえる。
「――成功し、命はなんとか持ってます。しかし脳幹は機能していますが、大脳の機能が停止してしまってます」
その人がまるでニュースを読み上げるかの口調でそう言った。世のお父さんの状態は私の両親や世のお母さんと同じ、脳幹の機能は機能しているが大脳の機能が停止してしまっている状態――つまり遷延性意識障害。もっとわかりやすく言うなら植物状態。
「あっ……」
世は一言、そう発した。




