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想いの声  作者: 友川創希
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第52話   駆ける【私side】

「私は、君に、昔、助けられたんだ……」


 涙を出しながら、崩れていきながら、私は世の服をしっかりと、そして切れるぐらいに力強く掴む。


 君に助けられた。


 助けられていた。


 君が私を助けたんだ。


 憧れていた人はこんなにも、こんなにも近くにいた。


 こんなにも手の届くところにいた。


 私の心の本当にすぐそばにいた。


「君は私に、事故があったことを話してくれて、私に助けを求めた。でも、私がその前に助けられてたんだ……」


「……いや、そうかもしれない。僕はまだ小さい三織を助けたと思う。でも、僕は今、それ以上に助けられてるから」


 世としっかり目があった。


「助けられた……」


 なぜ今日までそのことを思い出せなかったのか。たぶん、私の記憶があまり残ってなかったから。その人の名前も覚えてなかったのかもしれない。仮に覚えていたとしても、それだけで世があの人ということには気付けなかった、結びつかなかったんだと思う。もうあのときとは違い、大きく成長している世だから。


「たぶん、これはお母さんが僕らに贈ってくれたプレゼント。このことを忘れているであろう僕に見せたかった景色を、あの事故が起こるまで、創ってた」

 

 世のお母さんがあの旅行のことを覚えてたとしても、あの少女のことを覚えてくれているかなんてわからない。でも、少なくとも何かが心に残っていたのは確かだとこの景色を見て私は思う。


「世、まだ家にあのぬいぐるみが……。来て」


 あのくまのぬいぐるみを今すぐ――今、この目で見たい。ここに抱きたい。そう思って私は世にお願いした。私は今崩れ落ちているから床にいるせいか、世のほうが上にいるように見える。


「うん、行こう!」


 私は涙をピタリと止めて、必要なものを持って、もう十分暗いその道を走っていく。でも今から私たちが通る道だけは明るかった。


 たぶん今が、今までで一番速く走れている気がする。体が自然と走らせている。


 自分で見たい、あの過去。


 自分が世に助けられたあの過去を。


 私たちは駆け抜けていく。


 家という場所に足が――私の体が、気持ちが、たどり着いた。


 私は家の鍵をそっと開けて、2階へ駆けていく。


 世にはまだ紹介していなかった2階にある小さな部屋。小部屋。


「ここに、私の思い出があるの」


「なんか、この部屋、気になってた……」


 ここの部屋の扉を開けると、私の思い出が詰め込まれている。この部屋に今までの人生がまとめられている。お母さんが用意してくれた私だけの空間。家族以外の人でこの部屋に入るのは初めて――いや、世も私の大切な家族だった。昔から世とは家族だった。


 この部屋に入るには暗証番号が必要。この四角い機械にその番号をを打ち込んでいく。『0711』と。


 『0711』つまり、7月11日。君――世と初めてあった日。


 この部屋はもう思えば1年間開けていない。でも、この番号で間違いないはず。その番号は体が覚えている。


 その番号を入力すると、まるでそうだよという風にドアが開く。


「……」


 私の世界。特別な空気があるんじゃないだろうか。


 周りにはテーブルが並べられ、まるで小さな美術館のように私の思い出の品がショーケースなどに飾られて並んでいる。私はその部屋に足を踏み入れる。


 世も私の後に続くようにしてこの部屋に入る。


「全部、三織の思い出の?」


「そう、今までの、人生の」


 小さい頃図工の時間に書いた絵や幼稚園の頃にお父さんに作ってもらったどんぐりのこま、私が初めて買った本、そして数々の写真……そんなものがこの部屋には飾られるようにして並んでいる。


「あの、ぬいぐるみ……どこ?」


 あのくまのぬいぐるみはどこだろう? 

 

 もう何年も見てないかも。くま、さん……?


 君はどこ?


 あの頃の私はどこに……?


「あっ、た……」


 少し探して、やっとあった、私のくまのぬいぐるみ。そのくまのぬいぐるみは、ショーケースの中ではなく部屋の端っこにあるダンボールの中にあった。あの頃の私。今見たかったあの頃の私。


「世、あった!」


 子供ができた! 見て! みて! というようにはしゃぐみたいなそんな感じで世を呼んだ。私がギューと抱いた後、それを世にも渡す。


「よく、覚えてないけど……でも、なんか触ったこと、ある気がする」


 世も私と真似っ子するようにそれを抱いた。たぶん、そのくまのぬいぐるみはあのとき、世が見つけてくれたときのぬくもりを今日まで残してくれていたんだろう。


「うん」


 すごく誇らしい。この時間が。今が。


 この想いが……。

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