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想いの声  作者: 友川創希
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第51話   その過去の記憶【私side】

 過去のことなのになぜか一気に頭の中で自分と世にだけしか見えないような――その特別な景色が現れてくるような気がする。


 私たちの始まりが、思い出される。


 私が5歳くらいのとき、場所は栃木、日光の旅館。


 部屋数は少なめの旅館だった。でも、お屋敷のように――まるで忍者でも出てきそうなお城のように旅館は広かった……そんな感じだった気がする。


 7月11日。


 太陽が眩しかった快晴の日。澄んだ空気。たぶん一番綺麗だった空気だと思う。


 そこで出逢った1人の少年――私と同じくらいの少年。


 その出逢い方は別に、何の変哲もない出逢い方だった。


『ねぇ、君はどこから来たの?』


 初めてその男の子が声をかけてくれたのは私のお母さんとお父さんがチェックインしているときで、私とその男の子は小さなロビーのふかふかな椅子に座っていた。たぶんそのときの私は「まだかなー」という感じで退屈してただろう。


『私は神奈川』


『あ、僕も!』


 そんな小さな共通点が今思えばそのときの私たちの距離を深めたのだと思う。それと、部屋が隣だったことも、もしかしたら関係してたかもしれない。


 そのときから前から知っているかのように自然と仲良くなり、この旅館での3日間を過ごした。


 その3日間は過去の思い出が流れている自分の体でも流石に全部は映し出せない。でも、どこかの場面だけ少しずつ映し出せてきている。


 ――1日目の夜? 


 美味しそうな匂い。自然が作り出したご馳走。


『よかったら、夕飯、皆で食べない?』


 ご飯前にその男の子たちと部屋に戻っている際に、男の子がそう提案してきた。

 

『食べたい! お母さんいいでしょ?』


 私はお母さんにねだるようにしてそう聞く。普段ねだることが少なかった私の数少ないお願いだったかもしれない。


『うん、いいよ。扉開ければ2つの部屋がつながるからそうしようか』


『やった!』


 そして、私たちは皆でご飯を食べた。確かその中には、見たことない色鮮やかで美しいい料理も沢山あった――たぶんそのどれかが栃木の郷土料理だったんだろう。それで郷土料理の日が同じ7月11日になったんだろう。


 一瞬美味しそうに食べている私の姿が見えた。


 どんな味がしたのかは、もう何回も何回も様々な料理を食べている私の舌には直接は残ってない。でも、間接的には残ってるんだろう。どこかの体の引き出しにそっと、でも厳重に思い出の味としてしまわれているんだろう。




 2日目の朝、かな?


 窓からたっぷりの日差しが注がれている。


『う〜。くるっ!』


 たぶんこの時の私はあまり着る機会のない着物に気分メーターが上がっていたんだろう。何度もくるくるしたり、お父さんに写真を撮ってもらった。


『あ、せいくん来た!』


 着物姿のせいくんも私たちの部屋にやってきた。少し大人ぽかったし、なんか頼りたくなるような、そんな姿だった。


『みおりちゃんも、着れたみたいだね!』


『うん、せいくんすごく似合ってる』


『みおりちゃんもすごくいい!』


 そんな子供みたいな感想をお互いに贈りあった後は、たしか将棋くずしとか、けん玉とか、かるたとかをやって午前中を過ごした気がする(勝負はけっこう同点だった気がする)。午後にはきれいな滝――たぶん華厳の滝をその男の子と見た。


 私がその子に憧れるようになった大きなきっかけが3日目の午後。


 最後に別かれる前に、私はその男の子と最後に車がほぼ通らない旅館の近くの道で遊んでいた。ガードレールの下に木々が茂っていた場所だった。

 

 私はくまさんの人形を持ってなんかその子とごっこ遊びでもしていたんだろう。


『キャハハハ!』


『うー』


『おー』


『ひゅー』


 遊びに気を取られていたせいもあって地面に落ちている石に気が付かず、私は後ろ向きでガードレールの方に倒れ込んでしまう。


 ――あっ。


 もし落ちたら緑の景色一色。いや、もうこの世界に存在しないかもしれない。そんなことはその当時感じてないとしても、少なくとも危ないことが起きたとは思ってたと思う。


 私の体がゆっくりと吸い込まれるように、傾いていく。時間とともに傾いていく。


『み、みおり!』


 なんか温かい手が――と思ったらその手はせいくんのだった。そのおかげで私たちはガードレール手前の地面に着地する。衝撃があった。でも、彼のおかげで少しの衝撃だった。


 自分の命はなんとか助かった。今思えばこういうのが命の恩人というんだと思う。


 だけど、私の持っていたくまさんのお人形は緑の中に吸い込まれていった。


『くま、さん……』


 私が立ち上がって、その緑の中を見るがそこにはもうなにもない。完全に消えてしまった。消しゴムで消した字みたいに。


『僕、探してこようか?』


『いいよ、別に……。でも、大好きな人形……』


『大好きな人形なの?』


『うんん……』


 この頃の私にも人を気遣うという力は備わってたんだと思う。たぶんとんでもないくらい大切にしていたお人形がなくなるのは悲しかったし、嫌だったと思う。


『いいよ、取ってくる。ここの坂、下ればそこに入れるから』


 この頃の彼にも人を気遣うという力が備わっていた――いや、人を助けるという力を、誰かを守るという力をすでにもう持っていたんだと思う。


『いいよ……』


『いや、行ってくるよ』


『あっ……』


 そう言うといつの間にかその子が駆けていってしまう。もう、会えないんじゃないかというふうに。その後ろ姿を見ると泣きそうになってしまった。


 なんで彼は私のためにそこまでしてくれたんだろう。なぜ、彼はあのどこにでもあるであろう人形を探しに行ったんだろう。


 せいくんは1時間帰ってこなかった。


 1人でその場に座り込んで泣いた。私のせいで彼が……。いや、私が彼を……。


『おまたせ』


 その声がしたとき私は今までで一番嬉しかった気がする。


『えっ、せいくん?』


 せいくんの服やズボン、顔はまるで泥遊びをしたかのように汚れていて、服やズボンは所々破れていた。


『これ、せっかく探したんだから大切にしてよ』


 その子から小さく叱られたあと、くまさんを無事に返してもらった。くまさんはその男の子との服やズボンなどとは対照的にほぼさっきと同じ姿だった。


 私というたった一人の人間のために、彼は私の命と、私の宝物を助けてくれた。


 命ならともかく、ものまで助けてくれるなんて……。


 私のために……。


 ――私は、この出来事から、その人に憧れてしまった。


 

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