第31話 衣海ちゃんとの夜【私side】
私は衣海ちゃんと心を優しく癒やしてくれる空間――お風呂に入ったあと、衣海ちゃんと遊ぶ。我が子のような感じがするけど、もちろんそうではない。でも、自分の子供のように思ってしまう。自分の子供? 世と私の子? ――なんか、変なことを考えてしまったようだ。何、考えてるんだろう、私。
私は衣海ちゃんに本を読んであげることにした。トロッコ電車が出てくる絵本。私が小さい頃好きだった絵本だ。その本を読んだりしていると、世がお風呂から上がって来た。
「衣海ちゃん、お姉ちゃんに本読んでもらったの?」
テーブルにある本を見た世がそう聞く。
「うん。読んでくれた! あのさ、お兄ちゃんとお姉さんのこともっと知りたいからこれ書いてくれる?」
衣海ちゃんは何かの紙を2人に渡した。さっき衣海ちゃんが書いていたものだ。私はそのとき「衣海ちゃん、何書いてるの?」と聞いたけど「見ちゃダメ!」と言われたのでまだわからない。
その紙をみると『インタビューカード』と書かれていた。どうやら名前とか好きなものとかそういうのを書くらしい。でも、インタビューって聞くんじゃない? と思うけど、そういうところがまたかわいい。
「うん、いいよ」
「僕もいいよ」
電話が置いてある棚に鉛筆があるのでそれを取って、インタビューカードを書き始める。名前は……りおみにしておくか。で、好きな食べ物は……。そして、好きな色は……。
「できた?」
「できてるよ」
「私も今できた」
私は名前のところに『りおみ』、好きな食べ物のところに『ハンバーグ』、好きな色のところには『オレンジ』、将来の夢を書くところには『えをかくしごと』と書いた。世はどんなのを書いてるのかと思いチラ見しようとしたけど、運悪く見えなかった。字がなにか書かれてるぐらいしか。気になる。
「私も書いたんだ」
そう言って衣海ちゃんは自分のインタビューカードを私たちに見せた。好きな食べ物のところに『オムレツ』と書いてあった。
「衣海ちゃん、オムレツ好きだったの?」
「前まではしゃぶしゃぶだったけど、今日、りおみお姉ちゃんのオムレツ食べて1位になった」
「りおみお姉ちゃんのご飯美味しいもんな」
「うん!」
そうなのか。衣海ちゃんの好きな食べ物を変えてしまったことに少しだけ責任感を感じてしまう。オムレツを作ったのは実は人生初。お母さんが作ってるところは見たことあるけど、作ったことはなかった。だからうまくできた自信はなかった。でも、衣海ちゃんは私の料理を認めてくれた。美味しいって味だけじゃないのかもしれない。
「お、衣海ちゃんの将来の夢は、洋服をデザインする人なんだ」
世が興味深そうにそう言う。たしかにさっきも天才的なデザインをオムレツに描いたし、衣海ちゃんには向いてる職業かもしれない。
「うん! 沢山の人をかわいくしたいの!」
そうなのか。沢山の人をかわいくしたいのか。
「お姉ちゃんもかわいくしてくれるかな?」
私は衣海ちゃんの顔を覗きながらそう尋ねる。
「お姉ちゃんは今でもとってもかわいいよ。お兄ちゃんもそう思うでしょ?」
衣海ちゃんのいったことに世はわかりやすく秋に色づく赤い紅葉のように顔を赤くしていた。
「えっとね……」
まあ、そういう反応になるよね。私が世の立場だったらこの様になってると思うし。世には今、ずきっと胸に釘が刺さっているんだろう。
「まあ、どちらかというとそう、かな……」
後ろめたそうな声で世は答える。私も少し世みたいに顔がフライパンに熱が伝わっていくときのようにだんだんと赤くなっていく。でも、世がそう答えたのはあくまでもここに衣海ちゃんがいるからだ。ここで「別に」とは世の性格からしていえないはず。私は?
「……」
うん。
そうか。
「あ! じゃあもう遅いから衣海ちゃんは寝ようか」
たぶん世は「助かったー」と心のなかで思っているはず。そして心のなかでくしゃみをしてるはず。
「衣海ちゃんはお兄ちゃんと寝る? それとも私と寝る?」
「んー、じゃあ私は……『どっちにしようかな』のやつで決める!」
衣海ちゃんのどちらにしようかなの結果、衣海ちゃんは私と寝ることになった。ごめんね、衣海ちゃんは私がもらいました。たぶん世は少し悔しいだろう。衣海ちゃんという可愛い存在と寝れなくて。
衣海ちゃんは私のベットに入ると魔法をかけられたかのようにすぐに眠ってしまった。衣海ちゃんは目を閉じて夢の中に入っている。
もう衣海ちゃんにとっては遅い時間だし、それに初めましての人と会って疲れていたのかもしれない。私にもこういう時期があったんだな。10年前か――。いつか衣海ちゃんも私も立派な大人になって……。
衣海ちゃんが目を閉じてから20分くらい、ずっと衣海ちゃんを見ていた。でも、それは私には一瞬の出来事に思えた。




