第30話 オムレツとプリンと【私side】
「夕飯できたよ!」
今日のご飯はオムレツとアスパラとベーコンの炒めもの。アスパラは今が旬らしいし(月ちゃんがそう言っていた)、値段もいつもより安かったので昨日スーパーで買った。
「おいしそう!」
衣海ちゃんのテンションが一段階上がった。私たちの子供みたいに思えてしまう。私は料理を並べていく。世はその間にお茶碗に3人分のご飯をよそってくれている。
「衣海ちゃんこれくらいでいい?」
「うん、大丈夫」
衣海ちゃんに使ってもらうくまが描かれている茶碗は私が小さいときに使っていたもの。奇跡的に1つだけ残っていた。
「三織はいつもくらいでいい?」
「うん、お願い」
私は世にそうお願いする。
「あ、そうだ。それ終わったら衣海ちゃんとオムレツにケチャップでお絵描きしてくれる?」
「うん」
私はテーブルに運んだオムレツの最後の仕上げで大切な部分(と私は思っている)を、本日のスペシャルゲストの衣海ちゃんにお願いすることにした。オムレツは2つあるのでそのオムレツというキャンパスに衣海ちゃんはどんな世界を描いてくれるのか楽しみだ(もともと2人の予定だったので、卵の関係で2つしか作れていないので、これを3人でわけて食べる感じにする)。
さっきまで世の近くにいた衣海ちゃんは私の元へ来た。私は半分ほど使われているケチャップを衣海ちゃんに渡す。衣海ちゃんはケチャップを右手に持ちながら少しの間オムレツとにらめっこをしていた。子供がこういうことに対して悩んでいる姿を見るのは親にとっては嬉しいんだろうな。たしか、私が初めてオムレツにケチャップで描いたときはニコニコマークだったっけ。
「あ!」
衣海ちゃんの頭の中にビックリマークが出たみたいだ。なにか思いついたのかな?
「えっーと」
衣海ちゃんは1つのオムライスに丸っぽい形が右半分切れたかのような――でも先端だけ少し形がいびつなものを描いた。これが衣海ちゃんに見えているものなのかな。なにか、衣海ちゃんにしか見えないものを描てるんだろうか。私にはなにが描きたいのかはまだよくわからない。
次に2つ目のオムレツにも何かを描き始めた。2つ目のにもさっきのような形を書いていく。ただ、さっきのとは対称的だった。左半分が切れている丸のようなもの。
「あっ、これ2つ合わせるとハートだ!」
たしかにと世の言ったことに対して思う。世は2つのオムレツをくっつけた。2つを合わせればたしかにハートだ。少しハートにしては形は崩れてるけど、たしかにハート。
「そう、ハート! 世お兄ちゃん大正解!」
「お、やった!」
「すごいね衣海ちゃん、こんなの思いつくなんて」
この年齢にしてこの発想はすごいんじゃないだろうか。将来、どこかの社長さんになっていそう。
「最近、幼稚園で折り紙を折って切るとお花ができるやつやって思いついたんだ」
たぶん切り紙というやつだろう。切り紙で手を繋ぐ人みたいなのもできたっけ。
「私もそれやったことあるよ」
「あー、なんか僕も幼稚園でやったかも」
私も幼稚園でやった。私と世の幼稚園は違うけど、こういう思い出は頭にある宝箱にしまってあるみたいで時々思い出す。幼稚園生の頃か――。
「そうだ、写真撮ろう」
「そうだね、僕も」
この衣海ちゃんの傑作をフィルムという額縁にも収めた。このハートが夜空のように光っているのは多分錯覚だろう。
写真も撮り終わり夕飯の準備が全部終わると、皆でいただきますして3人で今日は夕飯を食べる。3人以上で家のテーブルを囲むなんて2ヶ月以上ぶり。1人だけど多くの人と食べられるのは四葉のクローバーを見つけたりしたときのように少し幸せな心の花が増える。
「んー、お姉ちゃん料理上手だね!」
「ありがと」
「すごい美味しいよ」
子供は素直だから、こういってくれると本当なんだなってすぐわかってしまう。おいしいときには「おいしい」、まずいときには「まずい」ってはっきり言えるのは小さいときだけだからな。
「三織、僕以外にも食べてもらえてよかったね」
「うん、他の人にも食べてもらえるって特別だね」
最初は誰かに食べてもらうことが少し恥ずかしかった。世に初めて食べてもらうときなんて緊張して作る順番を少し間違えた。でも、今は逆。誰かに届けたい。自分のでいいのなら――。
「お兄ちゃん、それ取って」
「はいはい!」
「衣海ちゃん、こっちも美味しいよ」
いつもとは違う外食のような食事を私たちは楽しんだ。人と食べることの喜び。人は何かを失うことで大事なものに気づく。でも、小さなことでもいいから失う前から気づいていなければいけない。失ってからではなく、失う前に気づくこと。当たり前だけど、それができる人は本当にすごい人なんだなって思う。お母さんもお父さんもそうどこからか伝えている。2人に会いたい。最近は忙しくてあまり会えてなかったから。
届かなくてもいいから「ありがとう」を言いたい。届かなくてもいいから手を触れたい。2人がいることを手で確かめたい。きっと――。
「衣海ちゃん、プリン食べる?」
食事が終わると衣海ちゃんにデザートを食べるか私は聞いた。冷蔵庫には前に月ちゃんからもらったプッチンプリンがちょうど3つある。
「うん、食べる!」
「じゃあ、スプーン用意するから……」
わたしがスプーン取るから待っててと言おうとする前に、世がそう言ってキッチンの棚の引き出しからスプーンを取り出した。
最近は世に言う前に世が行動してくれることも多くなった。それが少し家族みたいで嬉しい。気が利くとはまた少し違う。
「ありがとう」
世は衣海ちゃんにスプーンを渡す。私からは衣海ちゃんにプリンを渡す。
もし、今、世がどこかに行ってしまったら、私は一体どうなるんだろう。1人砂漠に残された気持ちになるだろうか? 別に何も変わらないだろうか?
でも、変わらなくたとしても世はここにいてほしい。私と共に。
「そうだ、頼希が昨日さくらんぼくれたんだ。それ乗せない?」
「……あ、いいね!」
世のことについて考えてたからすこし反応が遅れてしまった。世は一瞬ん? となにかあった? と聞くような顔をしていたが、考え事をしていたと思ったのか、特に気にする様子はなく冷蔵庫にさくらんぼを取りに行った。
私はさっきプリンと一緒に持ってきたお皿にプッチンプリンをプッチンする(普段はプッチンせずに食べることが多い。これは好みがわかれる問題だと思う)。
それからさくらんぼをカラメルの中央にお姫様にティアラをかけるようにして乗せた。さくらんぼが1つ乗っただけだけど、さっきよりもランクが1つ上がった感じ(勿論そのままでも美味しいけど)。
「じゃあ、食後のデザートもいただきましょうか」
「うん」
「おいしい!」
「おいちい!」
「うん、うまい」
私は贅沢に午後の紅茶を飲みながらいただく。やはりこのプリンの弾力。カラメルのいい甘さ。口の中を特別な空気で覆う。
「ねえ、お姉ちゃんとお兄ちゃんのお母さんとお父さんは帰ってこないの?」
プリンを7割ぐらい食べ終わった衣海ちゃんが私たちを交互に見回して聞く。そうか、たしかに小さい子なら(別に大きくても)気になる問題かもしれない。
「お母さんとお父さんは今頑張ってるから衣海ちゃんがいるときには帰ってこられないかな」
私はお母さんやお父さんたちを頭の中で想像しながら衣海ちゃんに絵本を読むような口調で説明した。そう、今頑張っている。嘘ではない。それを私と世は待っている。
「そう、今頑張ってる」
私の言葉をリピートするように世も言った。
「そうなんだね。頑張ってほしいね」
衣海ちゃんには私のお母さんとお父さん、世のお母さんとお父さんが何を頑張っているなんて少しもわかっていないはずだけど、その言葉がお母さんとお父さんの近くにきれいなお花を咲かせたみたいだ。
衣海ちゃんは何事もなかったかのようにプリンを再び食べ始めた。
このプリンのように優しくお母さんとお父さんを抱きしめたい。
「おいしかったね、衣海ちゃん」
「おいしかった」
「うん、おいしかった」
いつもと違う感じのプリン、特別だった。




