第29話 少女が舞い降りた【私side】
私は蒼佳ちゃんの家に電話をかける。早く出ないかな……。
プルル、プルル……。
鼓動の音が聞こえるような気がする。少し焦ってるみたいだ。きっと蒼佳ちゃんも。
「どうしたの三織ちゃん? 悪いんだけど今、人を探してて、忙しくて……」
電話の向こうの蒼佳ちゃんは姿は見えないものの、焦っていることが窺えた。雨の音が響く。バイクのブーンブーンという音がする――きっと蒼佳ちゃんは雨が降りしきる中、外の世界にいるんだろう。もうこの子だなと確信がついた。
「あのね、今、家の近くに女の子がいてその子が蒼佳ちゃんの家に行くらしいの。もしかしたらこの子かも」
「えっ、本当? そっちにいるの?」
「うん、いるよ」
蒼佳ちゃんはよかったと思わず心の声を漏らしていた。私もそうなんだなと思い安心した。
「じゃあ、今から行くから――あ、でも車、今、修理中だったんだ」
見つけられたのはよかったけど、色々問題があるみたいだ。蒼佳ちゃんと私の家は少し離れているし、この雨だ。さっきよりも雨が暴力的に降っている。怪我でもしたら危ない。それに連れていけたとしてももう遅い時間だろう。なんかいい手はないかな……。
「あ! じゃあ今日はうちでこの子見てようか?」
じゃあこうすればいいじゃんと思い、とっさに出た案を蒼佳ちゃんに提案してみる。
「いや、それはなにがなんでも悪いよ……」
「いや、いいよ。世もいいって言ってくれると思うから」
「じゃあ、明日、私とお姉ちゃんで迎えに行くから、そのときまで衣海をよろしく」
「了解です!」
任せてというふうに私はそう言う。この子は衣海ちゃんっていうのか。思わず可愛い名前だなと思ってしまう。
「あのさ、1回衣海に変わってもらってもいい?」
「うん、わかった」
蒼佳ちゃんは衣海ちゃんと代わりたいらしいので、私は「衣海ちゃん」と呼んで衣海ちゃんを呼ぶと、駆け込むようにして、走って来てくれた。
「蒼佳お姉ちゃんが衣海ちゃんと話したいって」
「わかった」
私は衣海ちゃんに受話器を渡す。それをバトンのように衣海ちゃんが受け取る。なんって蒼佳ちゃんが言ってるのかはよく聞き取れなかったけど、きっとこの後のことについて説明しているのだろう。
「うん、わかった」
少し経つと衣海ちゃんは納得した様子でうなずいた。
「うん、じゃあね蒼佳ちゃん」
また少し経った後、衣海ちゃんが受話器を元の位置に戻した。どうやら電話が終わったようだ。
「今日1日よろしくね」
「うん」
だいたいのことは蒼佳ちゃんのおかげで伝わったようだ。私は衣海ちゃんの背と同じ高さになるようにしゃがんでこちらこそお願いしますという意味を込めてうんと言った。
「世、ということで衣海ちゃん今日一日泊まるから」
「うん」
まさかこんなことになるとは想定外だったけど、でも衣海ちゃん、いい子そうだし1日くらいは私たちだけでも大丈夫か。なんかあの日――2人で住むことが決まった日を思い出してしまう。
「あ、衣海ちゃんじゃあ夕食の準備するね」
「お願いします」
「はい」
私は2人ともお腹をすかせているはず……と思い急いで夕食の準備に取りかかることにした。今日は1人可愛いお客さんが増えたからもう1つくらいメニューを増やさないとな。
私はテキパキと夕食の準備を進めていく。2人はというとどうやらテーブルでお絵描きをしているようだった。ここから2人を見ると兄妹のように自然と見えてしまう。世、意外と子供の世話、得意じゃん。お兄ちゃんみたいだよ! この2人を見てるとなんだか春風が吹いてきたように心地よい。
「ね、衣海ちゃん、今何歳?」
世は衣海ちゃんの顔をみてそう聞く。たしかにまだそれは聞いていなかった。
「5歳」
衣海ちゃんは5本指をだして5歳ということをアピールする。ということは、幼稚園の年長さんということだろう。
「5歳なんだ」
「お兄ちゃんは名前、なんって言うの?」
今度は衣海ちゃんが世に質問してきた。たしかに名前も知らない人と一緒にいるのは違和感があるもんね。でもあまり私たちのことを警戒してる感じはない。
「僕? 僕は世です」
少しひねってきたりするのかなと思ったけど、そんなことはなくふつうな答え方だった。
「世くんね!」
うん、覚えた! 的な感じで衣海ちゃんがうなずく。
「じゃあ、あのお姉ちゃんは?」
次に衣海ちゃんは私を指して世に聞いた。まるで事前に計画してたような感じでスムーズだった。
「あのお姉ちゃんは……り、お、み」
頭の中にはてなマークが大量に発生していて脳の機能が妨げられそうになる。ん? なんで、私が、り、お、み? ひねってきたんだろうけど、どうひねったのかわからない。り、お、み……? 知り合いにもそんな名前の人はいないはず……。
「……あ、それ、私の名前を逆にしたやつじゃん!」
少し経ってからりおみの意味がわかった。ずっと解けなかった知恵の輪が解けたみたいな開放感があるけど、なんか複雑な気持ち。私の名前のみ、お、りを反対から読むと、り、お、みになる。あまり自分の名前を反対に言う機会なんてないからすぐには気づかなかった。んー、でも世は2文字だからあまり遊べないなー。
「じゃあ、み、お、り、お姉ちゃん?」
「うん!」
衣海ちゃんが幼稚園生らしい可愛いい声で私の名前を読んでくれたので笑顔で思わず反応してしまう。
私の名前は生まれる前に候補が3つに絞られていたみたいだけど、生まれた時の顔の表情とか、体の大きさ、手を握りしめた時の感触からお母さんが考えた三織が一番ふさわしいということになったらしく、この名前になった。
「でも、りおみお姉ちゃんでいいや」
衣海ちゃんは夏に咲くヒマワリのような明るい声でそう言った。
「いやいや……」
でも、まあ、りおみも案外いいのかもしれない。衣海ちゃんが親しんでくれるだけでも嬉しいことだもん! と思うことにした。それより、夕食!
「世お兄ちゃんと、りおみお姉ちゃんはどっちのほうが年が大きいの?」
「んー、と誕生日的にはあれか……僕の方が先輩。……いや、りおみお姉ちゃんのほうが大きいよ」
世の誕生日が7月で、私の誕生日が2月だから誕生日的にいえば半年くらい世のほうが先輩だ。同い年と答えると、衣海ちゃんに双子とか疑われると思ってこう答えたんだろう。でも、なんで私がお姉ちゃん?
だけど、仮にどっちかが年上だとしても、お互いに協力する道を私は選んでしまうんだろうな。2人で協力して生きていくこの生活を。




