第28話 雨の中の少女【僕side】
日本は雨が降り続ける季節――梅雨に入り、傘を使う日がほとんどだ。でも、今降っている雨は嫌いじゃない。しとしとと周りを引き立てるように降る雨は、僕の心の足りないパーツを埋めてくれるみたいだから。
僕が頼希にあのことを伝えた後、三織もこのことを蒼佳に伝えた。蒼佳もちゃんと理解してくれて僕たちを見守ってくれるみたいだ。僕たちを守ってくれる仲間が近くに3人もいることは本当に誇らしい。3人はよく食べ物をくれたりして色々と助かっている。
――助けてもらってるんだから精一杯2人で生きないとな。
「今日は久しぶりに太陽の出番が来たみたいだね。じゃあ、これお願い」
今はいつものようにバイト先の喫茶店で仕事をしている。先輩からバトンタッチのようにコーヒーを受け取り、それをお客さんに届ける。もうこの作業にも十分慣れたので自然と体が動く。
「おまたせしました」
「どうも」
いつもの常連さんのおばあさんのいるテーブルまで届ける。
そのおばあさんは砂糖を入れた後、普通の人より少し多めにミルクを入れてかき混ぜる。
「最近学校はどう?」
おばあさんはコーヒーを飲む途中途中に、まるで僕に孫のように話かけてくれる。おばあさんには孫が女の子と男の子の両方いるそうだけど、もう20を超えているらしく、現在は東京で活躍しているみたいなので、あまり会えないらしい。だから僕でもいいならそういう存在になりたい。
「最近印象に残ってるのは……国語で環境問題のプレゼンしたことです」
最近の授業では特に今言ったことが印象に残っている。環境問題について班で調べ、それぞれ考えをまとめ、発表した。夕食の時の会話で三織と学校の話をすることもあるのだけど、三織も同じことをやったようだ。
「そうか、環境問題か」
おばあさんは感心するようにうなずく。
「高校生なんてあっという間に終わっちゃうから自分を見失わないようにね」
「はい、アドバイスありがとうございます」
すでに高校生を経験した人からのアドバイスは貴重だ。たしかに中学の時も気づいたらもう終わりの道を歩いていた。そして4月に高校の扉を開けた。でも、もうそれから日が経ってしまったのか。少し寂しくもある。
「あー、今日も落ち着く」
おばあさんが最後の一口を飲む。
「ありがとうございます」
おばあさんはいつもこのような感じでこのコーヒーを褒めてくれる。それが僕の活力にもなる。だから、この何でもないように思える言葉がけっこう僕には大きいのだ。
「あ、雨が降ってきたみたいだよ」
「本当だ」
おばあさんが窓の方を見て言う。僕が見てみると、たしかにさっきまで出ていた太陽はどこかに消え、雲が立ち込めている。窓には水滴がついていた。でも、激しく降ってるのではなく傘をさせば濡れないほどのぽつぽつ程度だ。おばあさんは音を感じて気づいた感じだった。ただ、僕には聞こえなかった。視野がおばあさんのほうが広いんだろうか。でも、さっき晴れてよかったのにという話してたけど、また雨か。
「じゃあ、そろそろ帰ろうかな」
「ありがとうございました」
おばあさんは雨が強くなる前に帰ろうということでお会計をし、店をあとにした。僕はありがとうございましたの気持ちを込めて頭を軽く下げる。
「おばあさん、帰えられたの?」
厨房の方に行くと隆先輩がいた。今はお客さんはいるけど、注文も入っていないので手が開いてるみたいだ。
「はい、雨が降ってきたみたいなので」
「そういえば、世くんがさ、何個持っていても困らないものってなに? 学校で今日話題になったんだけど」
何個持っていても困らないもの? んー、あ! 靴かな? 三織と僕の家に行き来するからそこに靴を置いておきたいし。それに結構どの靴ももう古くなってきてるし。
「靴ですかねー」
「そうなんだ。ちなみに僕、サイズ26なんだけど、世くんは?」
「僕25点5です」
先輩のほうが靴のサイズは少し大きいようだ(だからなんというわけではないけど)。やっぱ先輩は僕より大きいんだな。
「あ、世くん」
店長さんもこの話に入りたかったんだろうか。僕に声をかけてきた。いや、違う感じがする。
「何ですか?」
「どうやら雨がこの後強くなるみたいだから、早めに上がっていいよ。世くん歩きだもんね」
「じゃあ、着替えたらあがります」
それなら上がらせてもらおうと思い、そう答える。
「お疲れさまー」
着替え終わり、隆先輩たちにそう言い、いつもより30分ほど早く店を後にする。
時間を追うごとに雨は激しさを増し、車が水しぶきを上げるようになってきた。梅雨を感じさせる雨。雨粒が大きい。たしかにこれは早く上がって正解だった。今日は金曜なので、三織の家。こっちの方向。
「ん?」
三織の家から200メートルくらい離れた自販機があるところに幼稚園生くらいのかっぱを着て傘を指している小さな女の子がいた。
――雨の中の少女?
雨の中に蛍のような光がある。
さっきから何かもじもじしているようだ。迷子かな? 僕はその女の子のことが心配になり、声をかけることにした。小さい子に話しかける時は優しくっと……。
「どうしたの?」
「なんか、家がわか……いの」
雨の音が何かが爆発したときのように大きくて、1つ1つの音は完璧には分からなかったが、家がわからないっていうことを伝えたかったんだろう。僕はその子の顔を見たけど、少し泣きそうな感じだった。
「私ね、お母さんのお姉ちゃんの家に遊びに行くことになってね、大事な用事ができちゃってね……」
「うん」
口調が少しゆっくりだったけど、焦らせるのはだめと思い、うなずくだけにした。
「で、お母さんがメモくれてそれで行こうとしたんだけど、いつもの家がないの。お父さんは仕事が終わったら来てくれるんだって」
だいたいこの子の言いたいことは分かった。要するにこの子のお母さんのお姉ちゃんの家に行こうとしたんだけど、お母さんが用事ができたから行けなくなり、この子1人で行くことになった。で、今その家がわからない。お父さんはお仕事が終わったら来るってことだろう。でも、1人で行こうとしたのはすごいな……。そんない行きたかったんだろうか。そんなことより、困ったな……。こういうのはもちろん初めてだ。
「でも、お父さんはその家に行くからここには来ないとも思うな。その家どういう家?」
ここでほっておくわけにもいかないので、女の子から少しでも情報を得ようとした。と言っても質問が悪かったかもしれない。どういう家って聞かれてどう答えればいいんだろう。僕がもしそう聞かれたら「はぁ?」ってなってしまうだろう。
「……んーとねその家に蒼佳ちゃんっていう人がいて、よく遊んでくれるの」
「蒼佳ちゃんそうか――んっ、蒼佳!?」
まだ確信はできないけど、まさか僕の知ってるあの蒼佳!? うちのクラスの。でも、これだけではまだ情報が薄いと思いもう少し引き出すことにした。
「その蒼佳ちゃんってどれくらいの年の子?」
「今年から高校生だって。送ってくれた制服姿が可愛かった」
必ずしも僕の友達の蒼佳とは限らないけど、さっきよりも確信がついた。多分そうなんだろう。
「お兄ちゃんその人のこと知ってるかも。電話するから一緒に来てくれる?」
「わかった」
とりあえず僕の知ってい蒼佳だと仮定して、スマホで電話しようと思ったが、運悪く充電が1パーセントしかなかったので、雨も土砂降りといっていいほど強くなっている、家に来てもらうことにした。
「ただいまー、早かったね」
三織の姿はいつものように僕を温かく迎えてくれた。
「雨だから早く帰らせてもらったんだ」
そう、雨だから早く帰ってきた。――そんなことよりも!
「どうしたの、その子?」
三織が僕と手を繋いでいる子を指さして聞く。三織の頭の中にはクエスチョンマークがあることだろう。今、説明しようと思ったこと。
「どうやら親戚の家に行く途中に迷子になっちゃったみたいで……。で、その親戚の家が蒼佳の家かもしれないんだ」
なんとか僕のもっている要約力を使い、短くまとめて説明することができた。
「そうなの? じゃあ今、確認してくる!」
三織は急ぎ気味で電話のあるリビングの方に急ぐ。三織の表情が急に変わり真剣な顔だった。
「じゃあ上がっていいよ」
「お邪魔します」
少女はさっきとは違い、表情が柔らかく風船のようになった。少女は靴を脱いでそれをきれいに揃えた。礼儀正しいなと感心してしまう。
「あ、じゃあレインコート脱いじゃおうか」
「うん」
僕は少女のレインコートを脱がした。




