第27話 頼希に伝えたいこと【僕side】
「おー今日はどうした? 喫茶店に呼び出して。まあ来たことなかったから来てみたかったけどよ」
喫茶店が店長さんの都合でお休みの日、店長さんに「友達と話したいことがあるのでここを貸してもらえませんか」なんてダメを覚悟で頼んでみたけれど、隆先輩がこのお店にいることを前提にOKしてくれた。隆先輩もいいよと言ってくれたので今ここにいる(隆先輩は今この喫茶店の事務室にいる)。
ここなら自分の心を伝えられると思った。
頼希に話せると思った。
自分を教えられると思った。
「あの、実は頼希に伝えたいことがあって……。心配かけちゃうかもしれないけど、でも、必要な時に助けてほしいから」
僕は来たばかりの頼希にそう言う。頼希は「そうか」と言って表情一つ変えず、僕と対面になるように座った。
「あ、コーヒー入れるから」
「サンキュー」
僕は何もなしで話すのもあれかなと思い、コーヒーを入れることにした。コーヒーを注ぎ終わると頼希の元へ戻った。もし僕が頼希の立場なら何を言われるのかきっとドキドキするだろう。でも、頼希は落ち着いていた。
BGMのかかっていない店内はいつもと雰囲気が違う。
「おまたせ……」
コーヒーを机に置く音が大きく聞こえる。こんなに置く音が耳に響いたことはなかった。
「話っていうのは?」
頼希が僕と少しも目を合わさずにコーヒーをずずっと1口飲んだ後そう聞く。
「ふー」
僕も座る。よし、ここだ。多分僕の今後ない一生に一度の頼希への告白。言わなきゃならない。決めたから。言葉を言うのにこんな気持ちになったことは今まで一度もなかった。言葉ってこんなものなのか。
「あのさ……」
「ん?」
ようやく頼希は僕と目を合わせてくれた。なにか違った。でも、そんなのは関係ない。
「……」
「……」
「えっとさ……」
「……お前は辛かったんだろ」
頼希が何かを悟ったかのようにそういった。悟ったのか? いや、でも何が?
なんで僕の心を読んだかのようにその言葉を出せたんだろう。何か、あるのか。それとも……。
「……お前のお母さんは2ヶ月前くらいの事故に巻き込まれた……だろ?」
「えっ……。誰かに聞いた?」
「聞いてないよ」
間違いないという風に頼希は言う。なのに、なんで知ってるの? 教えた覚えは一切ない。このことを知ってるのは僕と三織と月だけのはず。でも、彼は知っていた。亡くなったわけではないから名前はメディア等で公表されてないはずなのに。
「で、世は三織とともに助け合いながら生きている。そのことを伝えたいんだろ」
よくわからない、頼希が知っている理由。でも、僕はうんとうなずいてしまった。
「どうして、それを……」
「あの車は世の家のと似てるし、元気なかったのもあの事故が起きた翌日からだし、三織と急に仲良くなってるし、それにあの旅行のとき2人から同じ香りがしたし、あと世が変わったし……だからわかったんだよ――」
頼希はわかった理由について列挙しながら言っていく。すべて当てはめていってこの謎というかを解いてしまったんだろうか。僕はたしかに前の僕とは違う。事故の時と今とでも。
「――人は見てるんだって、自分が思ってる以上に」
人は見てる、自分のことも、いいことも悪いことも。そういいたいんだろう。まんまとバレてしまったな。頼希という人間に。頼希の言う通りだ。
「そうか」
「でも、ゴメンな、知ってるのに今日まで何もしてあげなくて。自分から言ってほしかったんだ。自分から助けを求めてほしかったし、自分にしか伝えられないことを、伝えてほしかったんだ。だから今日言うんだと思って、このことを話した」
頼希は席から勢いよく立ち上がり、座ったままの僕をまるで小さなお人形のように抱きしめてきた。涙声だった。泣いてるのかもしれない。
「いや、そんなことないよ。ありがと、影から支えてくれて」
僕も抱きしめ返した。今日まで頼希は影から支えてくれたこと、嬉しい。見えない支えこそ、忘れてはいけない。そう感じた。
「きっと自分だけじゃできないこともあるから、これから沢山頼って」
「うん、頼希も僕を頼れよ」
「うん」
――お互いが頼る。僕は君を。君は僕を。
「で、三織とはどうだ?」
僕と頼希が落ち着いたところで、頼希は席に戻り、そう聞いた。
「毎日、充実してるよ。充実のお手本になれるみたいに。人ってやっぱ生きてるって感じるの大切なんだな」
充実、僕にとってはこれが一番の充実。木にきっとフルーツが沢山実るような感じなんだろう。
「なら、大丈夫だな。安心したよ」
頼希はコーヒーを一気に飲み干した。僕もコーヒーを飲み干す。もうかなり冷めてしまったな。でも、温かいな。
「でもさ、普通ならそんなこと考えないよな。でも、2人はそれを選らんだ。お互いを想ってなければこの選択はしなかったと思う。2人はお互い想い合ってたんだろうな」
そうなのかな、想い合ってたのかな。あのときの三織をどう思ってたのかはわからない。でも、心のどこかで想ってたんだろう。
「あのさ、三織には言わないでほしいんだけど――」
「うん、つまり秘密話ってことだな」
頼希なら信頼できる。
三織がそんなこと少しも想ってないんだろうけど、わかってるけど、けど……。
「――僕は三織に恋してるのかもしれない」
少し前から想い始めるようになった。これが、この感情が恋なんじゃないかって。でも、本人には言えない。だけど、頼希に少し話したかった。
「いんじゃない。じゃあ、お互いこれからも」
「じゃあ」
頼希の後ろ姿、頼もしいなと思いながら僕は店の外まで彼を送る。




