第24話 仲間たち【僕side】
『今日から6月――』
『梅雨の足音――』
今、僕は三織の日記漫画を小学校のアルバムのように見ている。
ここに書かれている1つ1つの文字は生きていて、それぞれ固有の音色を奏でているように僕には感じる。
たまにだけれども三織は僕に日記漫画を見せてくれる。この日記漫画を見て思う、もう6月なのか。あの日から1ヶ月半、か……。時の感覚は不思議だ。
そういえば三織は大丈夫なのかなと思い三織の部屋を覗く。
「三織、具合はどう?」
「昨日より熱は下がったみたいだけど、まだ少し高いかな」
三織は今鳴ったばかりの体温計を取り出して表示された数字を見ている。
三織はどうやら風邪を引いてしまったらしく、昨日の夜ぐらいから寝込んでいる。朝になってもまだ体温は高いみたいだ。でも、昨日よりは元気そうでよかった。三織、僕のために頑張り過ぎだからだよ……でもありがとう。
「何見てるの?」
「世の家のパズル」
三織はスマホを取り出して何かを見始めた。どうやら僕の家のパズルを見ているみたいだった。少しずつピースもはまってきている(だいたいは三織のおかげだけど)。なにができるのか。見たこと、あるんだろうか、その完成したものは。
「なんか感じない? そのパズル」
「私も少しそう思ってた」
でも、今のパズルの状況から完成したとき緑の自然と大きな建物が出てくるのはほぼ確定。三織も感じるってことは有名な建物なんだろうか? それとも別の何か――。
あ、それよりもう時間だ。
「じゃあ、学校行ってきます」
「行ってらっしゃい」
お母さんみたいな声に少し懐かしさを感じながら三織にバイバイをする。
「うん。今日はバイト休みだから早く帰ってくるね」
「うん」
いつもより少し遅めに出たので、バスはいつもより1本遅いのに乗った。
「おー、世!」
学校に着くといつものように頼希が親のように迎えてくれる。頼希はクラスでも来るのが早い方なのだ(早く来てスマホをいじっていたり、仮眠をとったりしているみたいだ)。
「おはよう」
「いつもより少し遅いけど、寝坊?」
「いや、違う、少しあって……」
三織の看病……とは流石に言えないな。まだ、もう少し。そもそも僕なんか寝坊する体質ではないんだよな。寝坊はしないけど、朝の寝癖が少しムカつくときがある。今日も少しはねてる気がする。
「そういや、最近バイトはどう?」
「すごく楽しいよ」
バイトももう1ヶ月が過ぎたしほとんどのことがわかってきた。店によく来てくれる常連のおばあさんとはもうけっこう仲良くなり会話をするのが最近の楽しみだ。それに最近、隆先輩に「このお店にはもういなくちゃいけない存在になったね」って言われて心の底から嬉しかった。だれかに僕の存在を認めてくれることがこんなに嬉しいと感じたのは生まれて初めてだった。
「俺も。で、今日も食べようだって」
「わかった」
昼食の話だなと僕は理解する。もう僕らは大丈夫だな。僕は自分の席に座る。
「なんかあっという間だよね。6月だよ」
「そうだよねー、早いよねー」
「もうそんな季節か」
「そうだな」
学校の中庭で頼希と月と蒼佳とお昼を取っている。GWが終わってから変わったことがあるとすれば月と蒼佳って呼び捨てで言えるようになったことが1つかな。月や蒼佳も僕のことを世と言うようになった。今日は三織が風邪なので駅近くのコンビニでサンドイッチとおにぎりを買った。さっき飲み物も学校の自販機で買った。いつもは5人で食べてるけど、三織がいないとそのスペースに穴ができたみたいで少し寂しい。
「そういえば月たちの作ってくれたおみくじもうすぐなくなりそうだから、追加を頼んでもいい? 結構人気でさー」
「いいよ! できたら持っていくね」
頼希のバイト先の本屋さんは月たちがポップやおみくじを作ったおかげもあるのか
売上が2倍以上になっているらしい。僕も最近頼希からもらった図書カードが残っていたので漫画を買った。その時もお客さんが入っていてなぜだか自然と体が興奮していた。
「月ってさ、将来社長とかに向いてるんじゃない?」
「んー楽しそうだけど私には向いてないよ。世のほうが向いてるよー」
「僕も無理だなー」
僕のほうが向いてないと思う。でも三織なら向いてるんじゃない? なんか「これはこうの方がいいです!」とか的確に指示が出せそうだし。
「社長は難しいよね。私なんか喉渇いたから買ってくるね」
蒼佳がそう言い近くの自販機に行く。ピッという音とお金の音が微かに聞こえる。
お金の音を聞いたり、お金を見る日に、何か大切なもののありがたみが水を含んだスポンジを絞ったときのように出てきてしまっているような気がする。今のところまだ生活は困っていない。三織も2週間ほど前からコンビニのバイトを始めたので、なんとか当分は持つ。でも、いつか全てを失うのが怖い。いつ終わるかわからないから。これはゴールの見えないマラソンのようだ。
「あ、世もいる?」
「これは――都まんじゅう?」
気づくと頼希がなにかを皆に配ってたみたいだ。そのなんかは、この平塚で有名な名物の都まんじゅう。白あんとかをカステラ風の生地で包んだ焼き饅頭のことだ。僕のお母さんが好きだった。僕もそれを1つもらう。
「これ、本屋に来てくれた若いお兄さんがくれたんだ」
「へー、そういうこともあるんだ」
頼希の言ったことにいつの間にか戻ってきていた蒼佳が反応する。
「世はそういうのある?」
「そういうのはないけど、お客さんが喜んで帰ってくれたり、よかったですって言ってくれるのがプレゼントみたいなものだから」
僕のバイト先の喫茶店には本当に様々な人が来る。年齢も本当に様々だ。小さな子からお年寄まで……。でもその多くの人は来たときよりも表情が柔らかく、豊かになって帰っていってくれる。それが本当に嬉しい。ものではないけど、自分にはものに変えられない、得られないほどそれが嬉しい。
「おい、それじゃあ俺が子供みたいじゃん!」
「すみません」
頼希に苦情みたいに言われて反射的に謝ってしまう。
「罰として都まんじゅう没収!」
「いや、いただきます! ほしいです!」
僕は頼希に都まんじゅうを没収される前に、美味しくそれをいただいた。やっぱり優しい味。昔ながらの味だ。
5時間目の彦坂先生の英語の授業が終わり(この学校は65分の5時間授業なのだ。中学校は50分だったけれどいつの間にか65分でも慣れる)、帰りのSHRも終わると、すぐに校門を抜けて、今来たばかりのバスに乗る。中は満員状態だったがこのバス停で降りる人が少しいたため何とか空いてるスペースに入ることができた。朝よりも年齢層が高いな、まあそんなことはどうでもいいんだけど。
ただ、一瞬頭の中がぐるぐるした。
いや、何がぐるぐるしてるんだろう。小さい自分? お菓子を食べている自分? 歩いている自分? それが何を表しているのか考える前に消えた。幻覚? だった? でも、この後何も起こることはなかった。
三織の家の最寄りのバス停で降り、僕は少し走った。三織に会いたかった。いつも会える君に。君に。別に三織が病気だからとかじゃなくて――僕の心がそれを求めてるから。




