第21話 湧く煙【私side】
美術館を子供のように楽しみながら回ったり、満足した後は、自然が創り出した不思議な世界――大涌谷に行くことにした。
時間はまもなく正午。太陽がちょうど南の空に来る時間だ。
大涌谷はテレビとか雑誌では何度も見てるけど、私は実は初めての大涌谷。世は小さい頃1回来たことがあるみたいだ。だからこんなにも白い煙が遠くの視界を遮るまであることに妙に感動してしまった。これが大涌谷か――富士山とかの頂上にいるかのよう。
「温泉の匂いすごいね」
「そうなんだよ。どこかの童話に出てきそうじゃない?」
「たしかに」
私たちは黒たまご(大涌谷は黒たまごで有名らしい)の飾り物と一緒に写真を撮った。近くにいたベージュの羽織物を着たおじさんが撮るよと言ってくれたのでお願いして、撮ってもらった。いい感じの写真だった。冗談抜きでプロみたいにうまかった。
「ありがとうございます」
「ありがとうございました」
「じゃあ、楽しんでね。2人はカップルさん?」
「まあ――そんな感じです」
「そうか、じゃあ」
世はおじいさんの言った『カップル』という言葉にもじもじしていたけど、否定はしなかった。えっ!? ちょっと! それはないでしょ!
「嘘言わなくていいのに」
私は口をモズのように少し尖らせてそう言う。違うっていう勇気なかったのかな、世は。もう。さっきも同じようなことを。
「でも、流れ的にそうしか言えなくない?」
たしかに世の立場からいうと難しかったのかもしれない。でもさ、私たちさ……。
あの日から突然始まったこの生活。その前は世のことをあまり思ってなかったのに、今、ここにいるなんて。
「気を取り直して、なんか食べない?」
私たちを支えている土台がグラグラで危ないと思い、世にそう提案した。そういえばさっきあっちにアイスとかがあるのが見えたのでそう聞いてみた。
「あっちだっけ?」
「うん」
その食べ物が売られている店に行くと、アイスの味はバニラの他にたまごソフトとが売られていた。どちらもそそられる。写真がずるいな。
「バニラかな?」
「でも、ここはタマゴソフト?」
お店の看板式のメニュー表を見ながら私たちは悩んでいる。バニラも美味しそうだけど、ここはやっぱ珍しい方をとるか……。どっちが正解とかはないと思うけど、どっちもやっぱり気になる。
「あ、ミックスあるじゃん!」
「じゃあそれにしようかな」
世がミックスしてあるのを見つけた。それはお得。1つで2つ食べられる……日本人(いや人間?)が好きなものだ。定番も抑えられるし、変わり種もいける。
けっこう並んでいたので、ソフトクリームは私が買うことにして、買ってきたものを近くの空いているスペースで食べた。
タマゴの部分はマンゴーのような黄色とオレンジのグラデーションが綺麗だった。バニラのところは雪の結晶のように見えた。太陽がこのアイスを輝かせる。んー、おいしい! この少し汗をかくぐらいの気温がよりアイスを特別なものに変えていく。自然って食べ物を美味しくさせる効果があるんだな。
「おいしい?」
「うん、タマゴの部分も初めての味だけど、おいしい!」
「混ざってるところも美味しいよ」
「そうだね、ってか口に付いてるよ」
「えっ? 取れた?」
「いや、まだ付いてる。ハハッ」
ずっとこの空気を忘れたくない。甘くて、まるでこのソフトクリームのような空気に――。
「これとかいいんじゃない?」
大涌谷にあるお土産ショップでこの地域の伝統工芸品の箱根寄木細工というものを見ている。箱根寄木細工は様々な種類の木材を組み合わせて、色合いを利用して模様を描く技術を使ったもの。からくり箱や、キーホルダー、しおりなど様々なものが売られていた。この不思議な模様――でも味のある美しさがこ箱根寄木細工のよさだなと私は感じる。
「んー、やっぱここは箱買ってく? からくり箱」
「スライドさせたりして開けるんでしょ」
「そう、これは12回だって。これとかどう?」
「うん、いいと思う」
世は選んだ箱根寄木細工のからくり箱をかごに入れた。
「こういう伝統工芸品を作る職人さんは減ってるけど、残したいよね、こういうの。便利な世の中になっても」
世は結構いいことをサラリと言った。自分では多分そんなふうには思っていなくて、これを見て感じたことを素直に言っただけなんだろう。私も残したいと思う、昔があるから今の世界があるから。
「あと、これも買っとこう!」
「うん、キーホルダーか」
私は未来に残すのに貢献するため(買いたかったからの方が強いかもしれないけど)、箱根寄木細工のキーホルダーもかごに入れた。
店を出た後、大涌谷で有名な寿命が伸びると言われている黒たまごを食べるのをすっかり忘れていたので、その黒たまごを買って邪魔にならないところで食べた。名前の通り周りは黒い。でも中はそれをいい意味で裏切るかのように白い。
「黒たまご1つで何年寿命が伸びるって言われてるんだっけ?」
「えっと……」
あれ、何年だっけ? 5年? いや、もう少し長かったような……。私、それ昨日見たばかりなんだよな。
「7年だよ」
えっ、お店の人? と思ったけど、なんか違和感を感じた。聞いたことある声。耳の中でその声が反復する。
――えっ!? 頼希と月ちゃん!?
振り返ってみると2人がいた。なんで!?
「どうして頼希が?」
世も気づいたらしく、驚いた様子でそう尋ねる。まさか、大涌谷に2人がいるなんて……。ここで2人に会う確率なんて、宝くじが当たる確率なんかより全然低いんじゃないだろうか。
「それ、こっちのセリフ」
頼希が半笑い気味にそう言う。
「私たちは本当はもっとメンバーいたんだけど、用事ができたみたいで結局2人になったっていう感じなんだ。2人は?」
「その、まあ僕らもそんな感じ。同じ中学の友達と行こうとしてたけど、体調が優れないみたいでさー」
世、なんかその言い方、嘘っぽくない? と思ったけど意外にも2人は信じてる様子だった。
「でも偶然だねー。あ! じゃあ、一緒に巡らない?」
月ちゃんが私たちに提案する。
「どうする? 入る?」
私が入るか世に確認すると、そうしようかと言われたので2人とご一緒することになった。
「じゃあ、俺らは少しあっち行ってくるから。15分後に再度ここに集合な」
「うん、わかった」
頼希と月ちゃんは奥の方に行ってしまう。もう大丈夫だ。今、私は――
「心臓が張り裂けそうだった」
私の心臓はもうすぐで割れてしまいそうだった。でも、なんとか割れずにすんだ。
「びっくりした。ここで言うのはまだ早いしな。2人で来たって行っても僕ら学校で仲いいって感じで動いてないから、なんかあれだしね……」
自分は思った。このままこうでいいのかって。助けを求めてもいいのかもしれないって。私は月ちゃんや蒼佳ちゃん、頼希なら私たちを絶対に守ってくれるって。何が正しいのか、誰か答えを教えてほしい――。




