第15話 新しい出会い【僕side】
「今日から新しく入った、今、高1の小浜世くんだ。皆、色々教えてあげてくれ」
店長さんが僕のことをこのお店の店員さんたちに紹介する。皆、心が尖っていなく丸いような人――優しそうな人ばかりだった。
ここは僕のバイト先のカフェだ。このカフェの従業員は僕を含めて今5人(時間が違う人もいるからそれ以外にもいるけれど)。まあ、勿論のことかもしれないけれど、全員僕よりもいくらか大人だった。
「バイトするのは初めてですけど、がんばりますのでどうぞよろしくお願いします」
いる人たちが小さく、でも僕の心に響くかのような拍手をしてくれた。人生の階段を少し登ったような気がする。
「じゃあ、みんなは仕事を再開してくれ。えっと、君はまずは皿洗いを頼んでいいかな。こっち来て」
「はい」
僕は少し大きな声で返事をする。店長さんにこのお店の洗い方についてのルールやコツ的なのを教えてもらったあと、洗い物を始めた。洗い物は最近三織の役に立てるように始めたけれど、こんなにも多くは洗ったことはなかったから、途中途中で手が止まってしまった。僕にとってその壁は高かった。でも、やはりこれが誰かのためになってると感じるとやりがいがある。
「ねぇ、手空いたから手伝うよ」
「あ、ありがとうございます」
誰かにそう声をかけられ、反射的にそういう言葉が出る。なんだろう、今の声、すき通った、水みたいな声。透明なような――。
「僕は瀬谷隆。今高3」
瀬谷隆と名乗った人は僕よりもいくらか背が高く、いわゆるスリムという感じだった。高3ということは僕より2年分年上。なんか、この人かっこいいかも。本人は意識してないんだろうけど、この人から少しオーラ出ているような気がする。
「えっと、君は世くんだよね」
「はい、そうです」
隆さんはそういいながらスポンジに石鹸をつけ、僕の隣に立ち、僕と一緒にお皿を洗い始めた。
「よかったら夜、食事とかどう?」
「えっと、今日は店長さんが言いたいことがあるらしいので――」
「じゃあ、それまで待ってるよ」
「じゃあ、お願いします」
この日は洗い物など僕でも何とかできる仕事を終えて、あっという間に仕事の時間が終わった。このお店は午後7時半に幕が閉じるので、その後店長さんに色々と仕事の仕方などを教えてもらったりした。
「じゃあ初日、お疲れさまでした」
「お疲れさまでした」
店長さんにそう言って僕は外に出る。外に出ると隆先輩は待っていた、が――
「えっ、隆先輩!?」
ヘルメットを被っている隆先輩の近くにはかっこいい乗り物――バイクがあった。マジか、かっけー、こういうの! 憧れる。無意識に口が空いてしまった。
「じゃあ、世くんは後ろに」
僕は先輩にそう指示されたので、その指示に従い先輩にヘルメットをもらい、先輩の後ろにのる。こういうのは多分初めて。
「じゃあ、出発するよ」
「はい」
隆先輩が僕の方に一瞬振り向いたあと、エンジンを入れる。この音、何!? 味がある。ジェットコースターに乗る前みたいなワクワク感。
ついに動き出した。思っていたよりもスピードが出る。太陽が沈んだ夜道をまるでなにもない草原かのように隆先輩はスピードに乗りながら走っていく。初めてバイクに乗りながら当たった風は、どこかの広い丘で当たったかのように気持ちよかった。最高、この開放感。僕の嫌なことをすべて吹き飛ばしてしまいそう。
ドライブを楽しんだ後、先輩おすすめの店に着いた(ちなみにもう食べてくることは三織には連絡済みである)。バイクから降り、そのお店に入る。
「いらっしゃいませ、2名様ですね。あちらの席へどうぞ」
「はい、じゃあ世くんこっち」
僕は先輩に連れられて奥側の席に座る。
僕らがいるのは洋食店。薄い茶色を基調とした店内は何だか落ち着く。広さはあの喫茶店より一回り大きい。なぜだか全部のテーブルが丸みを帯びていて、普通の洋食店とは違った雰囲気がある。壁には和を感じさせてくれる布でできていると思われる吊るし飾りが飾られていた。少し大人っぽい感じのお店だ。
「何頼む? 僕が払うから何でもいいよ」
いや、それは悪いですよ! ――っていっても奢ってくれるパターンだ。でも、僕はお決まりの言葉として、
「いや、それは悪いですよ!」
と少しわざとっぽく言う。
「俺、一応先輩だから」
やはり僕の考えていたようなパターン。一度こう言われたので、僕はそれ以上言わない。僕はまずメニュー表を自分の前で広げた。写真付きのメニューはどれも魅力的だ。僕は、メニュー表の一番初めにあったエビフライ定食と、紅茶にした。先輩はここに来るときにはいつも頼むというグラタンと、僕と同じ紅茶を頼んでいた。
頼んだ後、すぐに紅茶が届く。
「世くんはどうしてうちの喫茶店で働きたいと思ったの?」
先輩は紅茶を1口飲んだ後、ベターな質問をしてきた。
「あっ、勿論店長さんには言わないから本音でいいよ」
「まあ、ちょっとお金がほしいなと思って、バイト探したらここの雰囲気が気に入って……そんな感じです」
僕のバイトの選択肢は勿論ここ以外にもあった。でも、ここにした。僕は人を豊かにしたいと思ったから。生きるために必ず必要ではないけど、不要なんかじゃないものに。
「そうか、お小遣い稼ぎって感じかな。なんか欲しいものとかあるの?」
「まあ、欲しいものって言うわけではないですけど、今はためておかないと」
三織との箱根旅行が欲しいものになるのなら、先輩が言ったことも、目的なのかもしれない。
「偉いな、僕は行きたい大学のために。まあ、バイトしたいっていうのもあるんだけどね」
先輩こそ偉かった。自分の未来をもう決めているんだな。まだ数日先のことを考えるのでいっぱいな僕には先輩みたいになるのは程遠いのだろう。
「おまたせしました」
「あ、はい」
先輩と話しているといい匂いとともに料理が来た。三織には少し悪いけど……。
「いただきます」
「どうぞ」
いただきますを言い、僕はまずはエビフライにお好みでかけるタルタルソースをかけていただく。このタルタルソースの魔法が、僕の心を幸せにする。やはり美味しい。
「美味しいです!」
「よかった」
先輩もグラタンを食べ始めた。料理中も先輩がいろんなことを聞いてきたり、話したりしてくれたのでとても楽しい時間だった。とても優しい人、こういう人に憧れてしまう。きっと学校でも人気なんだろうな……。瀬谷隆、先輩。
――隆先輩がいる世界は、どんな世界なんだろう。




