第13話 小さな危機【私side】
土曜日は目が回るという慣用句が使えるかのように本当に忙しかった。世はバイトの準備とかで忙しそうだったし、私も自分のバイトを探し始めた。もちろん私には家事という大きな仕事もある。まだ世との暮らしが始まって4日しか経ってないけど、どこにでもいそうな家族みたいに少しはなれたんじゃないだろうか。世も私といるのに慣れてきたかな。でも、関係を更に深めるのにそう急ぐ必要はないんだろう。
「お母さん、お父さん私たちは頑張って生きてるよ。だから焦らないでゆっくり戻ってきて。心配しすぎなくていいよ。でも、少しは心配してね」
日曜日、少し時間ができたので私は自分の世界にいる。目を閉じているお母さんとお父さんに優しく話しかけるようにそう言う。ここは独特のなんとも表現しづらい匂いがする病室。2人の意識はまだない。いつ戻るかわからないけど、このまま死んでしまう確率は今のところあまりないようで、その点は少し安心だ。
「じゃあ、世がもうそろそろ帰ってくるから、バイバイ」
「……」
「また来るから待っててね!」
もちろん2人は無言だった。でも、どこかでそれを聞いているはず。私は病室をそっと音を立てないようにして出た。
家に帰ついた頃にはもうそろそろ世も帰ってくる時間になった。世のバイト先の第一希望はこの辺にあるカフェって昨日世が言っていた。面接、大丈夫だったかな? いや、それにしてもカフェなんておしゃれなところを選んだな(世はオシャレを決め手としたんじゃなくて時間とかで決めたんだと思うけど)。私のバイト先はまだ決めてないけど、やっぱりやりやすいコンビニが妥当だろうか。
今は私は和室でそっと猫みたいに寝転んでいる。和室に入ってくる春だよということを教えているような爽やかな風が気持ちいい。世の匂いがする気がする。そして、この――私の世界は前より少し大きくなったような気が、する。
「ただいま」
……! 世、か。世が帰ってきたみたいだ。なぜかこの声を望んでいた気がする。でも、それが少し恥ずかしい。
「お帰り」
私は世のもとに少し駆け足で行く。表情は別にいつもと変わりない。面接はうまくいったのかなあ。でも、ここは上手くいかなかったことも想定してあまり刺激しないようにしないと。
「どう、だった……?」
「店長さんが凄くいい人だったし、即おーけーももらえた」
もう結果が出たみたいだ。私の心配が、どこか知らないところに抜けていく。それと入れ替わるように私の心には嬉しさが注入される。
「よかったね、世」
私はにこっとして、おめでとうの気持ちを世に伝える。
「バイトなんて初めてだから頑張らないと」
「うん、頑張って。応援してる」
頑張ってね、世。私は君のたくましい背中が見たいから。
世が帰ってきたので、太陽もちょうど南の空にある時間だったし、お昼にした。お昼を食べた後は「休日だし僕もいくよ」と言ってくれたので世とお買い物に行くことになった。たぶん2人でどこかに行くのはこれが初めてかもしれない。
世の家から歩いて10分くらいのところにある近所のスーパーに入る。
「世、キャベツと玉ねぎお願い!」
「りょーかい」
私が世にそうお願いすると、世はひと足お先に行ってキャベツと玉ねぎを持ってきてくれた。自分がお願いしたんだけど、世なんか犬みたい。いや、猫かな。
「おまたせ」
世は私が引いているカートに乗ったカゴにその2つを入れる。
「ありがとう、そういえば世、バイトって週何日くらい?」
ふと気になり私はそう聞く。
「週3回か4回で、1日2時間半くらいって聞いてるよ……だから月収3万ちょいくらいしかないけど、少しは足しになるかな」
この生活がいつまで続くかはわからない。その道は誰にも見えない。たぶん私たちの人生の道は今、工事中。でも、お父さんとお母さんのお金がそれなりにあるので、なんとか当分はやっていけそうだ。だからといってそのお金を無駄にはできない。
「3万少しでもありがたいです」
「僕も少しずつ料理できるようにするから」
「うん、それは楽しみ」
世なら少しずつだけど料理もできそうになるだろう。昨日のを見てると少し時間がかかるかもしれないけれど。
「で、今日の夕飯はなにするの?」
今日の夕飯は今、世の持ってきてくれたキャベツと玉ねぎを使います! そして肉も使うその料理は……。
「ホイコーローにしようかなと思ってる。どう?」
そういえば世の好き嫌い聞いてないな、これで大丈夫かなと思い、最後を疑問文にしてみる。
「いいよ。ホイコーロー好きだし」
世はもちろんいいよというふうに言ってくれたので、私の腕も鳴ってきた。ホイコーローの材料で欠かせないお肉コーナーへと私たちは向かう。
「これかな」
私は中学の家庭科で習ったドリップが出てないかなど鮮度を見ながら、1つのお肉のパックを手に取った。いいお肉を見つけると四葉のクローバーを見つけたような気分になる。
「あ! 三織ちゃん!」
えっ、月ちゃん! っていうかちょっと待って! ヤバっ!
「あれ、やっぱ世くんも?」
私たちの元に月ちゃんが来た。ヤバいかも。私の頭がどういう命令を出せばいいのかパニクっている。このことはバレないようにしないと。流石に一緒に住んでることは……。
「月ちゃんあの――」
「えっと、三織さんと会ったから一緒に」
私が説明に困っていると、世が少し焦った声で私の代わりにそう言ってくれる。
「う、うん。そうなんだ!」
なに私、なんでこんな焦った声で言ったの!? これじゃ違いますと否定してるのと同じじゃん! 自分の体が自分のではないかのような錯覚に陥る。
「ねー、2人って一緒に住んでるの? さっき今日のご飯は何とかとか家族みたいな話してたけど」
いつの間にか聞かれていたみたいだ。私の周りには盾なんて存在しなかったみたいでどこからでも攻撃できる、そんな状態だったみたいだ。私は急に引っ越すことが決まったかのように更に焦り始める。
「それはね、世くんのお母さんがちょっと病気になっちゃったらしくて、世くんが料理できないから、私が手伝ってあげることにしたの……。そんな感じ」
なんとかいい誤魔化し方を考えられた――気がするけど、大丈夫かな?
「そうなんだー、優しいね三織ちゃん! じゃあねー。また学校で」
「うん。また学校で」
月ちゃんはお菓子コーナーの方に行った。私は月ちゃんに手を振る。
「あー、危なかった」
「うん、ギリギリだった」
あと少しで月ちゃんにバレてしまうかもしれない領域だった。小さな危機だった。
外ではなるべく気をつけて会話とかしなきゃいけないな。というか家に入るときも少し気をつけなきゃいけないかもしれない。
買うものを一通りかごに入れると、レジに向かった。




