散りぬるを
花街で娼妓が死んだ。名は白桜。無論、本名ではない。
死因は服毒だったが現状では自殺と断定はできていない。他殺の可能性も残っていた。仮に自殺だったとしても遺書らしきものもは無かった。ほか、女将が言うにはそれらしい予兆は無かったという。
店の性質、そして構造上、白桜が死んだ部屋は密室と言えた。店の者に見つからずに外部から侵入するのは不可能だろう。勝手に入ることも勝手に出ていくこともままならない。そういう所だ、遊郭というのは。
この夜に彼女が取った客は三人。客が同席することはあり得ない。最後に入った者が犯人か、それとも何かしらの事情を知っているだろうか。そう考え女将に客の名前を聞いたが、最初は情報提供を渋った。だが人一人死んでいるのだ。最終的には何処の誰かは聞き出せたが、余計な詮索をしないのがこの界隈の決まり事なのか取った客の順番はわからなかった。
この日に訪れた三人の客は、舶来品店の『藤代』、日毎新聞の『横谷』、そして『山柴』。言うまでもなく山柴の姓は町議の山柴だ。もちろん町議のそれではなく、その御子息。さらに言えば末弟の男だ。
部屋を検分するに遺留品があることが分かった。
最初の客を取る前に女将が部屋を訪れている。そしてそこに在るものが白桜の物ではないことも把握していた。ちなみに、白桜が死んでることを発見したのも通報してきたのも女将だ。女将を疑うことも出来たがそれは無いだろう。彼女らは商品に手をかけることは無い。抜けない限りは潰すことは無い。
遺留品は『懐中時計』、そして水差しにあった『一輪の花』
懐中時計を見て直感的に藤代の物ではないかと感じた。翌朝、藤代のいる舶来品店を訪ねた。
「はい、確かに私の物です」
藤代は手渡した懐中時計に視線を落としながら続けた。
「白桜は亡くなったのですか……
色々と世の話を聞くのが好きな子でしたが、そうですか」
「彼女の死に心当たりは?」
「いつも笑顔でしたが、確かに儚いというか危うい感じのする子でしたからね
私はお酌をしてもらい、色々と話をするのが、
いいや、聞いてもらうのが好きなだけでしたから」
「何時頃に来店を?」
「夕刻は回っていましたが、そんなに遅い時間ではありません
その後にもう一軒、行っていましたから」
確かに裏付けの結果、藤代は遅い時間に白桜の元を訪れてはいない。
『藤代、懐中時計、最後の客である可能性は皆無』
そう手帳に記す。
次に日毎新聞の横谷に会いに行くも不在。実に記者らしい。
対応した嬢が「昼には帰社する」と言うから「また訪れますので」と託けしておく。
その足でもう一人の人物、山柴ご子息を訪ねた。
「僕ではありませんよ」
会った開口一番のそれがこれだった。まるで白桜の死をわかっていたような言葉。確かに町議御子息、県政へと打って出ようかという父の、その不利になる発言はしなかろう。だがそれで真実が隠されて良いものか。
「白桜さんが亡くなったのは確かですし、あなたが彼女の元へ昨夜訪れたのは確かなことです」
「……。」
「ですが私が聞きたいのはそのことじゃない
彼女へと、一輪の花を届けたか、ということです」
「言ってる意味がよくわかりませんね。何かの比喩表現なのかな?
あぁ、そういえば部屋の煙草の匂いが鼻につきました
きっと僕の前の客のものでしょう
いや確かに、入れ違った先客から煙草の匂いがしたな、不快だった」
「それはどういう方でしたか……」
「もう僕から話せることはありませんよ」
一方的な会話だったが、拾えるものは拾った。
『山柴、煙草の男の直後』
午後、再び横谷を訪ねる。
「忙しんですよ刑事さん、手短にお願いしますか」
「昨夜は花街へ行かれましたか」
「あぁ、行きましたよ。仕事帰りにふらっとね
でも開店と同時に行くほど暇じゃあないですよ」
「先客がおられたようですか」
「でしょうね」
「ではその時に水差しに花は活けられてましたか」
「花? 見てないね
今時、商売女に花を持ってく酔狂がいますか?」
「では……」
「刑事さん、原稿が間に合わなくなる
何かネタをくれるって言うならもう少し付き合いますが、また今度にしてもらえますか」
白桜には興味なしか。
噓をついているようにも誤魔化しているようにも見えない。
『横谷、最初の客ではない。花を活けたのも横谷ではない』
再び白桜の部屋へと戻った。確認したいことがあったからだ。
すぐに煙草盆は見つかった。だが煙草を吸った痕跡は見当たらない。
山柴の話に嘘を感じられないとすれば、煙草の吸殻は処理されたということか。
部屋を出ようとしたところで童女に出くわした。
「君は?」
「白桜様のお付きをしていました」
ユキシロと名乗る童女、遊女付きということか。
「昨夜のことなのだが、この煙草盆に吸殻はあっただろうか」
「はい、ありました」
「白桜は煙草は?」
「お吸いになりませんが、吸われるお客様もおりますので」
「お客のことなのだが……」
「私は、お客様のことは存じ上げません」
「そうか、
邪魔したね」
これ以上の情報は無しか。
去ろうとしたとき、ユキシロからか細い声で呼び止められた。
「あの……、
最後のお客様は山高帽を被られた方でした」
そう言って薄い帳面を押し付けるように手渡す。めくってみるに日記か覚え書きのようなものだろうか、簡単な出来事などしか書かれていない。中ほどに詩のようなものが書かれていた。
そこに挟まれていた一片の紙片。新聞の切り抜き。
地方紙のお悔やみ欄だろうか。栞として使うにはあまりに切ないではないか。
以降の部分は白いまま、何も書かれていない。これは……白桜の物なのだろうか。
帳面に視線を落としている隙に、ユキシロは消えていた。
『三番目は山高帽の男』
「捜査情報を話して大丈夫なのですか、岸山さん」
「ははは、独り言のようなものだからね
口に出すとほら、考えが纏まるというか新たな発見があるとか
それに、他に誰もいないしねぇ」
店内に他の客はいない。それに聞いているのか聞いていないのか、佳凛は入って来た時と変わらず本に視線を落としたままだ。ただ文字を追い、そして静かにページをめくっている。
「順番がわかっているのですから、最後の入室者の元へと行かれては?」
「いやいや、まだ確証は無い状態だよ」
「証言が全て本当であり、四つのキーワードがそれぞれの人物に割り当てられるのだとしたら、その仮定でなら4人の入室者の順番は確定していますよ」
「4人?」
佳凛は本を閉じ、ゆっくりと目線を上げた。
そして岸山の手元の手帳を指し示す。箇条書きのように書かれた情報。
『藤代、懐中時計、最後の客である可能性は皆無』
『山柴、煙草の男の直後』
『横谷、最初の客ではない。花を活けたのも横谷ではない』
『三番目は山高帽の男』
「入ることが出来た、
いいえ入室した人物は4人います」
岸山はただ、佳凛が続きを話すのを黙って待つしかなかった。