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ふぃりあ  作者: ましらな
9/23

第弐話【ヂンカクノ果テ】伍 蜘蛛

『オ前ノ中ニアル糸ヲ抜イテヤル 』

 アーニャの白銀の糸はそれ自体が万能の道具。

 私には扱えぬ代物だ。

 打ち込んだ縛りを文字通り紐解くわけだが、アーニャの意思で触れずして解除出来る。 即ち触れる必要も無い。

 「何も…… 変わらないじゃない! 」

 『当タリ前ダロウ? アノ日私ガ打チ込ンダ糸ナド元々無カッタノダカラ 』

 お前の顔と腹の薄皮を少しだけ切りつけてやっただけ……

 地獄を見せてやろうと思いはした。

 アキツグ様の気持ちを考えれば出来なかった。

 だから私は嘘をついた。

 アキツグ様の為ではない。

 アキツグ様の御友人。

 つまりは又八郎様の芝居を私なりに演じただけだ。

 お前はアキツグ様に殺してくれと願った。

 私は死にたいなら自害しろと言った。

 どうせその気も無いくせにフリだけ重ね、偽って裏切り続ける生き物だ。

 自ら地獄を選んで未来を生きなかったのはお前ではないか?

 私は最初からお前に縛りなど入れてない。


 「成るほどな…… 」

 冷たく微笑むアーニャも美しいぞ。

 つまりは言葉で釘刺したのか。

 小雪が何故この姿になったのか不思議に思うな……


 蝙蝠の翼に人の顔……

 その顔についた蜘蛛の姿はなんだ?

 意思とは関係なく蠢いている気もするな……


 「違う! 私はまともだ! おかしいのは貴方達でしょう 」

 私はあの後趣味の浄瑠璃を楽しんでいただけで。

 毒を盛られた恐怖から逃げる為に好きなことをして気を紛らわせただけ……

 私の部屋に一匹の蜘蛛がいた。

 その蜘蛛は私に話しかけてきた。

 苦しみから解き放ってくれると言う。

 その蜘蛛を前に花で埋め尽くされた私の部屋の中。

 私は好きなこと以外要らないと言った。

 私の顔に張り付いた蜘蛛。

 背中には翼が生えた。

 この蜘蛛が私の体を這うたびに新しい自分を受け入れた。

 普通と違うことが私は好きなんだ。

 だからこれで良い。

 どうせ解ってはくれないでしょう?

 顔に蜘蛛がいる間は苦しいの。

 太陽が沈むまで蜘蛛は私の顔に寄生する。

 月明かりに照らされた世界で私は自由になる。


誰ガ悪イノカ

 「面白い。 良く出来た怪異だ 」

 又八郎の部屋に阿片が無かったのも頷ける。

 あいつはそもそも禁忌を破る心など無かったのか。

 その蜘蛛はどうやら、又八郎の部屋にいたようだな。

 私が梔子の花と一緒に置いてしまったか。


 アーニャに毒を盛られハメられた。

 さっきまで言っていたのに蜘蛛が原因とはな。

 まったくコロコロと姿まで変える女だ。

 又八郎よ?

 お前はこの蜘蛛にやられたのか?

 満たした願いはあったのか?

 立ち向かい自身の力が尽きて殺されたのか?

 梔子の花で囲まれた部屋で首を吊っておったのに、血で塗れた花もあったのは蜘蛛の仕業もあったということか。

 ようやっとお前の謎が解けてきそうだよ。


 「小雪よ。 その蜘蛛が何者かは知らん。 人外として生きるというのであればお前を殺す以外に無いな 」


 それは無言のまま立ち尽くし……

 口を開いたのは不可解。

 「解っております。 私は空気を吸うように何故か嘘を付き。 都合の悪いことからは逃げ出す女です 」

 この蜘蛛はきっと私達の子ではないかとすら思うのです。

 蟲など好みません。

 ですが話し掛けられた時、全ての苦しみから解き放たれると思えたのです。


 「それがまた逃げている事だと気付かぬものか? 」

 「…… 」

 「私の刀は蘭丸と言う。 妖刀だそうだ…… 」

 私の力に呼応して切りたいものを切るし、慣れてくれば束に手を触れずとも切り込める意思疎通自在の刀よ。

 私も良くは知らぬでな……

 どれ……

 お前の蜘蛛だけを切りつけてみようか。


 誰にも見えることなど無いのさ。

 私は切り込む気など無いのだからな……


 その気配を感じる事無く自衛する行為、即ち距離を取るのは小雪だったのさ。

 「何故? 天井に張り付き私との距離を置いたのだ? 」

 「知らない…… 」

 太陽が沈むまで私は自由になれないのです。

 私の意志では無いかも知れません。

 私自身が何者かも、もうどうでも良いです。

 何もしたくない、面倒でどうでも良い。

 考えるのも嫌なのです。


 「夜が来るまで待ってやろう。 その言葉を信じるとしてな 」

 お前が何者で何をして今後どうしたいのか聞かせてもらおう。

 私の答えは決まっているが……

 あえて伏せ、時間をくれてやる。

 下の客室を借りるぞ。


 「…… 」

 刻一刻と残りの砂の量は見て取れるほど月が光射す。

 その間小雪の部屋は静かだ。

 珍しくアーニャは私の顔色を気にしては茶を出し、何も言わず私の側にいる。

 「頃合いか…… な 」

 小雪よ……

 初見で私は言ったな?

 私達は今生の別れだと……


 小雪の部屋まで一歩一歩と、幸せであった二人の思い出を振り返るように階段を踏ませてもらったのさ。

 聞こえたのは詩だ。


 【あぁ、あの日に。

 夢見た、君と僕の幸せ。

 懐かしい景色は色褪せても、きっと大丈夫】


 又八郎……

 お前の顔も、もう見れぬとは寂しいものも在るのだな。


覚悟



 「久我様…… 最後にあの曲を私に下さい…… 」

 白い着物姿に薄紅引いた小雪は背中部分に移動した蜘蛛のお陰で、又八郎の愛した姿を取り戻していたようだ。

 それは死を覚悟したということか?

 「ピアノの音が気に入ったのか 」

 良いだろう。 贈ろうではないか冥府まで記憶に残し消えるがいい。

 『アキツグ様…… 』

 この部屋の壁に書こう。

 別れの曲を……

 部屋に咲き乱れた梔子を筆にして円を書くだろ。

 後は五本腺引いて思い浮かべれば曲は始まるのさ……


 「この曲…… 私知っている 」

 又八郎様の詩はこの曲に乗せた言葉……

 「ほう 」

 やかましい男だと思っておったが、繊細なところもあったものだ。

 成程……

 言われてみれば確かにだな。


 『アキツグ様! 』

 アーニャの呼び掛けが無ければ、蜘蛛の糸に包まれるところ。

 小雪に背を向けたまま二回転ほど身を転がしたわ。

 「アーニャ! この部屋の外に篭を張れるか? 」

 『ダー 』

 部屋の空間全てを蜘蛛の糸で覆うつもりか?

 「私は死にたいと思うけど死ねない 」

 私が立ち上がると目の前の壁に這い回る小雪がおった。

 その速さは人の動きではない。

 「お前の都合も蟲もどうでも良いのだ 」

 聞こえるだろう? この旋律が……

 ふむ、部屋の窓を切るか。

 「アーニャ! 篭を! 」

 『屋敷全テ私ノ糸デ鳥篭ニナッテオリマス 』

 なかなかにでかい結界だな。

 「小雪よ、お前の部屋の花達まで殺す事あるまい? 」

 冥府の入り口はお前の親しんだ家。

 この庭で良いではないか。

 「…… 」

 窓から飛び降りる私は振り向き様に小雪にピストルを打ち込むのさ。

 額に目掛けた弾は蜘蛛の糸に包まれて痛むことなく床にぽとりさ。

 思っていたより高い所から着地したので片膝付き顔を見上げると。

 距離を置いた直線上に小雪はいた。

 小さな森の古屋敷……

 その庭は草木が整えられた平原。

 お互い殺しあうには狭いとは感じまい……


 黒い翼が上下に動き、着物姿の体を蜘蛛が這い回る。

 「又八郎様はきっと私の中にいるのです 」

 この蜘蛛はきっと私達の子の生まれ変わり。

 又八郎様は私の中に生きる。

 ソレは素敵な事。


 「それがお前の作り上げた御伽噺か? 」


 この発言や行動を毎日のように繰り返されたら堪らんな。

 「小雪よ。 この庭に張り巡らされた格子が解るだろう? 」

 出ること叶わぬ。

 鬼の城よ。

 私とお前だけの世界だ。

 触れれば触れたものを卸すほどザラついて肌に食い込むのさ。


 「…… 」

 「月が照らすこの空を見上げよ 」

 そこにまで張り巡らされておるだろう?

 アーニャの鳥篭さ。

 お前のための揺り篭と言っても良いな。


 「…… 」



 「聞こえるか? 悲しい程に苦しむ旋律が…… 」

 蜘蛛の落ち着かない動きが気になるな……

 「私は何もしたくない。 好きなことをして生きたい 」

 ただそれだけなのに、何故私の生き方を皆邪魔ばかりして奪おうとするの?


 「知らんよ。 私が考えることなど生きていて良いのか、死んだほうが良いのか? その程度でしかないのだから…… な 」

 「私は死にたいけど死ねない 」

 「違うだろ? 生きる価値が無いほど周りを混乱に落として償い方も何も見つけられないまま。

 死にたいと言う事で自己の枠組みを守っているだけなのでは? 」

 蘭丸の射程ではない。

 ふむ……

 「私の意志なんかでは無いのです。 何も無い人になります 」


ソレデモ・・・・・・

 気付かなかったのだ。

 アーニャの篭の格子の幾つもに、小雪に纏わり付く蜘蛛が、張り巡らせた糸。私を切り刻もうとしていると……

 その糸はアーニャの糸のように見えにくいもので、格子の至る所に張り巡らされていた。

 その糸たちの多くは刃物をぶら下げて私にめがけ飛んでくる。

 生き別れた両親を見つけた子供のように、狂った笑顔を見せて全力で……

 「蘭丸…… 」

 射程距離に入った刃物の群れは私の体を貫くことも叶わぬ。

 居合いの達人と言うのは、私とは違いこれを実力で制するわけだから恐れ入る。

 第二、第三の凶刃の雨も、風が吹いたと思えば私を中心に周りに落ちるだけ。

 どの道死にはしないのでな。

 必死に切り落とす必要もないのだが……

 生きているという感覚を失わぬように、私なりに戦っている部分もあるのさ。

 私の射程に入らぬまま体を浮かせ、こちらの様子を窺うというのは臆病なものか?

 「ここから出してくれるだけでいい。 後は独りで生きていきます 」

 『ナラヌ! 』

 見逃したところでお前はきっと人を裏切り続ける狂人だ。

 アキツグ様も苦しい。

 お前には解らないでしょう?

 「ここから出してくれないのなら久我様を討つまで 」

 「ソレは素晴らしい! 是非殺してもらいたい 」

 両手を広げて向き合う私にアーニャが怒るものでね……

 『ナリマセヌ! 』

 これだけ広範囲に結界を張り続けていても、意識を保ち続けるとは流石よ。

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