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ふぃりあ  作者: ましらな
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第弐話【ヂンカクノ果テ】壱 又八郎

腐れ縁と言えば良い物か?

その男は家を捨てて生きる事を選んだ。

どちらかと言えば不幸な男で、女に関しては恵まれぬものだった。

それが三十を越えて十も離れた女と結婚すると言うから、腐れ縁もここで切れる事になると思ったのさ。

連日私の屋敷にこやつは現れては私の邪魔ばかりして帰る日が続く。

そんな日が二年は経つかな……




名を又八郎と言い、恋仲の女は小雪と言うのだそうだ。

「どれ茶でも出そうか 」

「あ、いや構わんでくれ、我もここに顔を出しにくくなろう? 」

私の部屋に毎日来る又八郎は、明日も明後日も顔を出すのだから扱いなど気にしないでくれという。

小さい頃から知らせも入れず突然顔を出す男であったが、夏色も褪せた秋風の木枯らしの中、飽きもせず私の元へ来るものだ。

それにしても西洋文化が帝國に取り入れられて例外なく、又八郎もスーツなど着ておるが独特の色使いとでも言うのか?

白と黒の折り合いがまた毒のような出で立ちにしか見えんな。

毒と言うのは…… ネクタイと靴であろう。

骸骨のネクタイに、蛇皮の靴とはな。

世も世なら歌舞伎者とでも言うのかな?

これが私の幼馴染であろう事は曲げられぬ事実であるから否定もせぬ。

その上でだ、お構いなくと言われたが、紅茶を出して話に耳を傾けているわけさ。

「して、困っておるのだがな? 浄瑠璃に夢中な為に彼女の行動が変なのだ 」

「ほう 」

連日恋人の奇行振りを話されておるのでな、相槌も慣れてきてしまった。

興味を引いたのは現実離れした話の幾つかだ。

「我も少し疲れてしまってな…… どちらを信じて良いか解らぬ時が来てしまうのだよ 」

短く言うなら、この話はこうだな。

恋人は虚言癖が強く、数日前に言った事と当日で真逆の事を言うばかりか、行動まで変わるというのだ。

私の時代は発展途上の為、こう言った問題は家族間でしか感じることが出来ないほど改善するには難しいものがある。

ここ最近又八郎の顔色が土のような具合になるのでな。

占い師でもなくば相談師でも無い私は話を聞いてやる事しか無かったわけさ。

連日と言うか私の留守以外はいつものように隣にこいつがおる事でな。

アーニャはそれを良しとは思わないようだが、この時間は部屋の隅で私達を見守る事が多かった。

二年間でアーニャも娘というか妹のような存在も居るのでな、退屈は減ったように感じるのさ。

「現実とは真に奇妙よな? 」

浄瑠璃に出る人形を見ては女はその衣装姿を欲しがり憧れ、格好だけを模倣しては人目気にする事無く出歩くようになる。

普通という事が違う事で何かが満たされるようで、又八郎はその異世界の溶け込み具合を心配したそうだ。

「妄想癖のある女子か? それもまあ良いのではないか? 」

他人事と思うのではなく私からしたら、アーニャと言う死人の異国人と一緒に居るでな。

この件など比べるまでも無いほど可愛いと思ったのよ。

「それ以外何も無い女なのだよ 」

又八郎が言うのは、それ以外の事を一切やらずニ十を迎える今でも会話も間々ならないと言うのだ。

「世界に捕らわれるという事の厄介な事だな 」

夢中になり過ぎて物事の本質すら掴めなくなると言うのは、私達が零になった時代の後には何と言われる事なのかと思うわけさ。

「我はそんな女を好いてしまい愛してしまったのだよ。 時として嘘や隠し事を繰り返されて今では我が必要な存在なのか自分を疑っては悩んでしまい苦しいのだ 」

愛情や恋心といふのは、一種性欲の延長線上にある綺麗事のように私は感じてしまい人を見てしまうのでな、又八郎の言う事など難しく捕らえる事も無かったのだ。

女と言うのは実に不安定で自分の力で歩く事もしない割、選んだ行動の大方を男に転化する無責任な生き物で、残酷な精神の中に児を成す子宮を持つ生き物と思うのでな。

「向き合うなれば死の淵までと私は思いアーニャといるぞ 」

私は事実アーニャを殺して喰らった人外なれば、二人の有頂天を壊す事も変えることも出来はせんからな。

「我はきっとあいつを傷付けてしまう。 それが最上に怖い事で我も壊れていくのが解るのだ 」

嘘とは怖いもの、隠した事が陽の目を見る事も傷つく事、私にでもそれらは簡単に分かることさ。

アーニャを殺した先に、他の女など見ないと決めた私は毒蝶の燐粉で自分の網膜を焼いたのさ。

されど私の身体は特異にて、今現在も見ようと思えば見えてしまう、この瞳が鬱陶しいと思うことも在るのだが……

「アキツグよ、我はこれ以上無いほど、愛しておるでな。 小雪にはちと残酷だが、そろそろ向き合って話し合おうとも思うのよ 」

意味は簡単であろう。

好きな事ばかりをして生きて良い時間は過ぎたと言いたいのだな?

それが地獄の門を開く事になると分かっているだろうに……

「私は思うぞ? 女は一つ理想を持っては生きるものよ、又八郎の愛を受け入れず今を選び、更にお前を傷付ける事もあろうとな 」

残酷よ、時に女の精神等狂っておるわ。

男と女の決定的な事は単純なのだ、子宮が付いてるかどうかの違いよ。

女は児を腹に宿すが、男はそれがない。

男からしたら良い迷惑だ、それが自分の児かどうかなど分かりはせぬ。

女の嘘など怖い以外に在りはせぬな。 それでも向きあうと言うのだからな。

胸の内穏やかではなく、舞台から飛び降りる気持ち覚悟の上なのだろう?




「我はな? 家族になりたいと言う、あいつの気持ちを信じたいのだ。 今までの嘘も隠し事も忘れてやりたいのだ 」

立派ではあるぞ、簡単ではないという事が顔色窺うまでもなくな。


そして数ヶ月お前は私の元へ来なくなったそうだな……

[うらのつかさ]の見回りも仕事もあるでな。

お前に今言おう。

気付いてやれなくて済まなかったと。


レンガ造りの私の屋敷はな、それから暫く異変が多く。

赤子が泣く声が聞えると言う者や、床や壁に赤子の手や足が見えると報告を受けるようになったな。

私はそれを吉兆か? 凶兆かと判断しかねたが、又八郎よお前が顔を出さない間、世界が残酷に進んだという事が私でも悲しいと思うのさ。


音が一切聞こえなくなった。

そう思う瞬間であったのさ。

『 マタハチロウ様がオ亡クナリニナリマシタ 』

寝耳に水と言うのか?

来ない日が続いたのは女と上手くいった日々ではなく、向き合い疲れて果てた日の終わりだったのか。

阿片中毒に酒で溺れた?

お前が阿片に頼るのは、どれほど心を切りつけられたのだ?

お前がぶら下る部屋には、どう生かされたか解らぬ梔子の花が敷き詰め咲き乱れておった。 贈りたかったのか? その花言葉を女に?

そう思う私はアーニャを連れずに出向きたかったのだがな……

言う事を中々に聞かぬでな。

お前も許してくれるかなと、勝手に都合の良い方向で今回だけは最後を見届けてはくれないか?

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