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ふぃりあ  作者: ましらな
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第壱話【猫叉しゃん・・・・・・】四 逃ゲ、ソシテ欲望

ただ何事も判断出来ないままの足りぬ人間だったのであろうな。

「そこからどう落ちると、私に殺されることになるのだ? 」

質問と同時に、もう一つ気配を感じて私は身構えた。

沸き立つ血溜まりから牛、蛇、山羊、馬が混ざり合う何かが動きを止めたまま私を見た。

これは楽しい夜になる。

「初めて男を愛した日、あちきは全て奪われたでありんす 」

金を奪われ、本を捨てられ、大好きだった花作りも焼き捨てられたでありんす。

あちきは体の一部である物事を守るために、男に嘘をついて隠すように生きたでありんす。

男はその度に、あちきを責めては捨てさせられて逃げて生きたでありんす。

「奪われたとは心苦しいものがあるな。 そう思い込んでいるだけでお前が奪ってきたのではないのかな? 」

蘭丸の切っ先を桶の女か、動かぬ何かか定めが付かないまま。

女の後生を聞かされて血溜まりが乾き周辺のケシ坊主が枯れた。

「あちきは逃げるしか出来ないでありんす 」

逃げて逃げてこの世界に落ちて、いろんな人や物と交わらされて、いつの間にか何かを産み落とし、この桶の中で暮らすことになったでありんす。

「ほう 」

女が私を攻撃する意思は無い様に見えるが、女の下半身のそれは糸を吐き出し桶の中に巣を張り巡らせる。

桶の中へ引っ込むと上半身は仰向けで私に話しかけたまま。

花の海にピアノが鳴り響く。

「あちきは悪くないでありんす 」

梅毒に犯されて、そこから逃げるためにアヘンでまみれた欲望の存在。

悪く無いと言う思い込み上の話は悪くは無かった。

今も昔も選んだのも選ばなかったのもお前ではないか?

最初の男こそが被害者なのではないのかな?

「む? 」

桶の女に意識を割きすぎた。 獣の方がいない。

そして視界が二転三転したと思えば、私の首が跳ねられたのを理解した。

前のめりに蘭丸を構えたまま体が倒れていくのを見ることが出来る。

山羊の角で切り落とされたようだ。

山羊の頭に馬のような肉質の女の上半身、下半身は牛の二本脚に尾が蛇の獣……

強いな……

獣は何処へ向かうと思えば桶の中を目指した。

桶の中で何が行われているか解らないが、地面は響き桶から出ている人間の上半身は口を開けて涎を流し

痙攣を繰り返して私の跳ねられた首を見ている。

「あちきが悪いんじゃない。 あちきは自身を守ったでありんす 」

桶から出ている体を揺らしながら自分の正常具合をぶつぶつと風に乗せてくる。

体と頭が引かれあい始めて、獣と桶の女の行為が終わる頃には私の体も繋がったのさ。

「いやはや…… 」

首も繋がったのでな。 右手で首の繋がり具合を確認した。

「後生ですえ! あちきは逃がして欲しいでありんす 」

桶から上半身だけが腕の力で這いずり出てきた。

女の下半身部分は、あの獣が喰ったようだ。

再生する雰囲気は無く、腕の力だけで裸の女は花畑を逃げていく。

桶から出た獣は上半身を追いかける。


「あちきはもう誰とも関わらないから堪忍して! 」

「あちきが何をした! 」

「あちきは死にたくない! 」

獣に喰われながら最後まで自分の事だけを話し続けた桶の女は口を閉じた。

山羊の鳴き声がピアノに紛れて聞えてくる。

二十歩かないで済む距離。

蘭丸の射程に入った瞬間切り込んでやるか……

予想よりも動きは早いが、突き刺して様子を見る。

左腕で致命傷を避けた獣は痛みを感じてはいるようで鳴き声が大きい。

尻尾部分の蛇がその胴体を伸ばし私に噛み付いてくる。

毒があると厄介なのでな、 (筋肉が壊死して動けなくなると時間が掛かる )

避けながら蘭丸を抜いて和紙を出す。

それを獣の前に投げ落とし地面に着くと、矢じりに似た先端が牛の脚に刺さり何本も何本も地面から生えた鎖で繋いでやった。

「これぐらいでは、まだ動くかな? 」

右上段から左下段へ振り下ろした蘭丸の滑りは非常に悪かった。

羊の角が邪魔して殺しきれない。

「おかまいなしに…… 」

刃の入りが浅いことを気にしないまま、動きを止める事無く左腹から右腹へ横線引いて山羊の顔に蘭丸を突き立てた。



果テル・・・・・・



「ぴあのの、旋律が実に心地良いではないか 」

蘭丸の刺さった顔から滲み出る血を見て生き物かと考えてしまった。

右足で顔を踏みつけて蘭丸を引き抜くと、丸眼鏡に血がついて視界を薄くした。

「良い風だ…… 」

どれ、首は刎ねておこうか…… お返しだよ些細だろう?

自分の血で大分汚れてしまったスーツの上着を脱ぎ、桶女の残った首を拾い上げた。

「寒くて風邪引く事も在ろう 」

逃げたままでは答えなどみつからんだろう?

全て奪われた? 何故そうされた? では何故逃げることが出来た?

大切な物が何だった? 人か? 物か? 行為か?

あちきは悪くないとほざいたな? 廓詞を使うお前が悪いのさ。

スーツの上に置いた女の首に、私はそういった。

親としての愛も与えてやらず、自分を守ったと言うものか。

お前のような存在は死んで良い。

蘭丸の刀身を和紙で拭き空へ投げた。

その血を吸った和紙は折り鶴となり幾つも幾つも何処かへ飛んだ。

「愛してるから止めたんだ。 病気と思うことからな 」

廓詞の女は最終的にアヘンの守り人になり桶の中で暮らした。

男の気持ちも女の気持ちも、解るも解らないも無いさ。

お前と関わった人は皆不幸だ。

被害妄想の中毒でしかない事に気付けないままお前は死んで、お前と共にいた人間は向き合うことすらしなかった。

一人で不幸なことも無い、お前には解るまい。

「アーニャ…… 」


山下り獣道静かなもの、帰りは何事も無く興が冷めた。

童のおった間へ着くと夜通し遊んでいたのか綾取りする二人が待っていた。

「どれどれー? 」

『コレハ難シイデショウ 』

打ち解けたことを面白くないとは思わない。

童にこれから言うことなど決まっておるからな。

「母は殺したぞ。 人外の入り口彷徨う獣になってたのでね 」

「存じます。 猫又様が仰いました 」

銀の水にしか見えんのだが…… 形が在るというよりも泥や粘土に近いようだが?

「その力何処で手に入れた? 」

「あちきの庭で御座います。 猫又様は力など在りませぬ。 本当の事を教えてくれるだけです 」

アーニャの袖を掴み、私の瞳を見る童は恐怖を感じて距離を置くではない。

単純に人見知りの様子。 この歳で真実しか見えないと言うのは酷でもあろうにな。

「猫又様は庭の椿で御座います。 そこで会いました。 あちきの友達のお墓です 」

「ほう 」

一人で庭の椿を探すと鬼門の上に椿。

蘭丸を椿の根に刺して掘り返すと面妖な屍を暴くことになった。

これは手鞠と猫だな…… 友達と言うのは猫の事で在ったか。

手鞠の繊維、椿の根がこれに絡みつき成長したのが猫又と言うか?

「ふむ…… 」

手鞠を蘭丸で割ってみると銀が溶けて液状化した塊が出た。

「おぉ、これは面白いあの女残していたか…… 」

母になる勇気無く生み捨てていったものの、路銀でも残しておったか?

それが溶けて猫と椿に混ざり合い、守り猫となって童に付き纏うのか。

解せぬは真実だけを告げると言うのは何故だ?

全てを奪われたと思い込んだ女が同じ結末を繰り返さないため、他人の嘘を暴く水銀となったのか? 子への愛情はあったものだな……

人の多くは犬や猫と変わらん。 発情期が来れば恋心だ愛情だと自分を思い込ませては落ちていくな。 気持ちの悪い生き物よ。

廓詞を喋らなければいけない女も、そこ行く男も過去も未来も裏切って生きているというのだ。

向き合い生きる人間を失って、傷付けてまで逃げる事。

そこで答えが見つかるのなら、人間なんて楽なものだ。

時代時代に考え方在れど、誰に流されること無く愛する事も難しいな。

お前の娘、私が引き受けよう。

お前のようにならぬと誓うぞ。

この庭に置いておくのも寂しくなろう、童に持たせてやろう。

「アーニャ? 」

『ダー 』

この木を持ち帰る。

『ハイ 』

アーニャが右手に持つ鴉の羽を、手鞠と猫が絡みついた椿に投げた。

羽は数枚から増えて天に舞い上がると、鷲や鳶より二回り程大きな三本足の鴉が降りてきた。 木を一本の足で掴むと何処かへ飛んで見えなくなる。

「猫又様……? 」

空を見上げて童は涙した。

「猫又は主の横におるだろう? 」

「あちきの全部が無くなってしまう 」

『…… 』

力無く沈み込む童をアーニャは抱き起こすか……

「餓鬼よ、選択を迫られている。 帝都に来て生きるか、ここで暮らすか 」

お前は母をこの地に繋ぎとめる結界であった。

お前の母は闇の番人よ、私が殺した。

退くも地獄、進むも地獄なら不倶戴天として私に使え生きても良い。

お前の生きたい地獄を選べ。

『アキツグ様 』

アーニャから離れ童が選んだ道。

「あなた様にお使えいたします。 この場所にあちきの居場所なぞ御座いませぬ。 歳も八なれば精一杯下女として従わせていただく所存に御座います 」

遊郭とは品にばかり拘るから馬鹿なのだ。

詞使いなどどうでも良い。 己の価値は己を知る所から始まる。

「お前の母となり姉となる、アーニャが側にいる。 名を改め久我を名乗れ、地獄の世とも知れぬ世界を見せてやる 」

決別の断罪を私が見せてやろう。

蘭丸を地面に突き刺して、合掌し右掌のみ下向きにずらすと左手の甲が胸の前に来る。

左右にゆっくり引き伸ばす。

蘭丸を中心に地面が凹むと、眼前に格式高い門が浮かぶのさ。

「山を射ろ 」

門がゆっくり開くと火の点いた矢が、突然の雨のように降りかかる。

その数数千、数万と知れず消し炭になるまで焼け続ける。

「ケシ坊主も畑も炭となって無になるな 」


「久我様! 後生です! 何故に山を焼き払う? 」

鬱陶しい蠅の言うことなど知らんわ。

蘭丸で切り殺すのは失礼に思うでな、これをくれてやろう。

乾いた音が四回、五回となった頃、こいつは死んだ。

「アヘンは人を駄目にするからな…… 」

他に殺されたい人間もおらぬなら、服を着替えて帰るとしよう。

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