『一夜限りの夢』
「ガタン」
下、リビングから大きな音がした。
始まった。
毎晩のことだ。
「ーーーーー!」
「ーーーーーーーーー!!」
言い争う男女の声。父と母の喧嘩する声。
いつからだろう。こんな風になったのは。
その日はなごり雪が降る荒れた日だった。
締め切ったカーテン。電気をつけていないその部屋はまだ6時だというのに深夜を彷彿とさせる。
「愛波、話があるの」
私はそう言われてリビングのテーブルにつく。
リビングの明かりが眩しい。
・・・今日は珍しく喧嘩していなかった。
(あぁついにか)
父と母の表情を見てその ”話” がわかってしまった。
「愛波。落ち着いて聞いてね。
(っこうなることはわかってた。酷くなる喧嘩、でも、最近は静かなことが増えて)
お母さんとお父さんどうしても一緒にいられないの。
(こっそりリビングをのぞいたら2人で離婚の相談をしていた)
ごめんなさい・・・
(っ謝んないで。まるで私が悪いみたいじゃん嫌だ。離れたくないよ。2人とも仲良く過ごせないの?ハリボテで良い。完全じゃなくていい。お飾りでいい。だから、だからっ!!)
「「お母さんとお父さんは明日離婚します」」
嫌だ、ダメ、許さない。心の中でそう叫んだのに口にした言葉は・・・
「はい」
「愛波は物分かりがよくて助かるわ。親権はまだ考え中だから、愛波の意見も聞くわ」
「ああ。どちらに来てもいいし、来なくてもいい。もう高校生になるんだし一人暮らしでも良いだろう」
調子良くそんな事を言うお父さん。でも知ってるよ。もう外に新しい奥さんがいるんでしょ。子供もできたんだよね。本音はいらないんでしょ私みたいな醜い子。
「ええ。そうよ。お母さんがシングルになるからって遠慮しなくていいんだからね。愛波が高校、大学っていきたいのならちゃんと2人でお金出すしね?」
そんなこと言って。貴方が私にお金をかけるはずがない。若い男に貢いでるんでしょ。会社の金を横領してまで。
「2人ともありがとう。考えとくね。明日までに」
ほんとに、どうしようもない人達なのに・・・
「そうだな。よしっ、ご飯食べに行くぞ‼︎」
突然、父がそう言い出した。
家の近くのファミレス。
家族と来たのはいつぶりだろうか。
半年、1年。あるいは初めてかもしれない。
いつの間にか風はおさまり、雪が音もなく降り積もる。もう春だってのに。
3人で並んで歩くと普通の親子のようだ。
街灯に照らされた雪が幻想的で、これは夢なんじゃないかなんて思う。
いつもはみんなバラバラに食べるからどんな顔して食べればいいのか分からない。
でも、
「お、愛波のパスタうまそうだな一口食べていいか?」
そう言いながら私の手から奪ったフォークで残りの3分の1を食べるお父さん。
まだ、いいって言ってないのに。
「あら、お父さん。愛波ももう高校生なんだからそんな事すると嫌われるわよ!ねー愛波」
クスクスと笑いながらそう言うお母さん。
「えっ!そうなのか愛波!嫌わないでくれ〜」
手を合わせて情けなく頭を下げるお父さん。
「もーお父さん。私まだいいって言ってないんだけどー?お父さんのももーらい!!」
私がそう言って、お父さんの皿からステーキを2切れ貰えば・・・
「「「ふふふっあははっ!!」」」
なんて3人で笑い合って。ちょとドリンクバーで遊んでお母さんに注意されて。3ヶ月後の私の誕生日の話をしたり、春休みの思い出を語ったり。
家の前で3人で写真を撮った。
地面から込み上げる冷気が寒いから3人でくっついた。
おいしかったねって自然に笑顔になって。
保存したどんな写真よりも仲良く撮れた。
リビングでテレビを見てるとお父さんが来て勝手にチャンネルを変えて、少し私は怒った。
お母さんが掃除をして「お風呂沸いたよー」なんて、誰が1番に入るかで揉めてジャンケン三回勝負を本気でやって。結果お母さんが勝った。お母さんはあんまり1番にこだわらないからって私に譲ってくれた。
1番風呂を堪能して上がるとお母さんとお父さんが仲良くソファに座っている。
離婚なんて嘘でしょってくらいに仲良く話していた。
そーと近づいて後ろから、わっ!!ってやったらこちょこちょの刑に処されました。みんながお風呂から上がった後冷凍庫のアイスを食べて。つめた〜いとか言いながらみんなでバライティー番組を見た。クイズ番組はお父さんが強くて、流石有名大学を出てるだけあるなんて思った。
そんな事してたら結構いい時間になって、お母さんに「もう寝なさい」って怒られちゃった。
「はーい。もう寝まーす」「お休み!!」
って言えば
「はーい、お休み」「今日は冷え込むからちゃんとあったかくしてねるのよ」
なんて返事が返ってきた。
部屋に入ってもまだなんかふわふわとしてあったかい何かに包まれているようだった。
いつの間にか私は寝ていた。
朝、アラームで起きると家は静かだった。まだ朝の4時。支度をして家を出る。何でこんな朝早く?って思うかもしれないが私の日課だ。慣れればそう辛くもない。本当に誰もいない道路を歩く。閑静な住宅街を抜け、街を一望できる公園へ向かう。特に何をするわけでもなくただブラブラと歩く。たまに大声で歌ったり、絵を描いたり、写真を撮ったりする。
しばらくすると犬の散歩をしている人がちらほらと現れる。常連となった名前も知らない人と挨拶をして教えてもらった犬の名前を呼んで一緒に遊ぶ。
小さい頃から動物には懐かれた。そういう体質なんだと思う。
いつもは喧嘩する犬同士も、私と遊んでいる時だけは仲良しなんだそうだ。
そうやって1時間くらい遊んだ後家に帰る。
シャワーを浴びて、朝ご飯を作って・・・
何だろう、いつもは閑静な住宅街が騒がしい。
何やら黒煙が見える。うちの近くだ。
火事だろうか?お母さんとお父さんは大丈夫かな?
帰る足を速めて、ほとんど走って向かう。人影が見えて、黒煙の原因が見えた。
私の家の一階が無くなっていた。変わりに、石を積んだトレーラーが突き刺さっていた。トレーラーから黒煙が出ている。
茫然と立ち尽くす私。
はっ!そうだ。お父さんとお母さんは?二階にいるからまだ無事なはず。助けなきゃ。
「お父さん!お母さん!!」
私は叫んだ。無意識だった。こんなにも必死になるのも、2人をなくしたくないと思うのも。
(まだ、続いて欲しい。例え張りぼてでも、偽りでも)
「ちょっと、愛波ちゃん!危ないからダメよ!」
誰かがそう言う。
(家に帰ればお帰りって言って欲しい)
「もうすぐ、消防の方が来るから」
誰かがそう言う。
(たまにご飯に行って、笑ったり怒られたりして)
「ね、後は大人に任せて」
・・・皆、そう言った。
誰も助けようとはしないくせに。
肯定しないくせに。
何も知らないくせに。
(あの温かさをもう一度・・・)
「・・・哀れみの目を向けないで」
(一夜限りの夢なんて、言わないで)
家の家庭状況はこの辺りでは有名だ。児童相談所の職員が訪ねてきたのも幾度とある。
それでも隠してきたのは、この幸せの名残を欠片を手放したく無かったから。
バァァンッッ!!
轟音と、熱風と、衝撃波が私を襲った。
何があったか、分かんなかった。
立ち昇る轟火。
立ち込める爆煙。
逃げ惑う野次馬。
響くサイレン。
家が燃える音がする。ゴウカに飲み込まれる我が家。
思う感情は 《虚無》
警察と消防が来て、しばらくして火は消し止められて周囲への被害なく終われた。
警察は辛いと思うけど少し聞かなきゃいけないんだ。と言われて警察署で事情聴取された。
体の中から感情が抜け落ちたかのように何も感じない私は事情聴取もそこそこに児童養護施設に引き取られた。
落ち着いてきて、色々と知った。
2人はすでに離婚していたこと。
2人とも私を引き取るつもりはなく、元からこの施設に預ける事になっていた事。
事故以来、感情の抜け落ちた私は周りと馴染めなかった。
ついたあだ名は人形。
しばらくして、里親が見つかった。厳重な査定の後、私を娘にしたいという夫婦と面会する事になった。
普通、高校生になって引き取る人はいない。
正直断ろうと思っていた。泣くも、笑うもしない人形なんて要らないだろう?
応接室に入ると、
「こんにちは!君が愛波ちゃん?」
そこには仲良くソファに座る2人の姿があった。
あの日のように。
「お父さん、お母さん・・・」
しかし、幻想は一瞬でとけ若い夫婦が見えた。
そうだよね、もういるはずがない。葬儀には出席した。泣いている人もかなりいた。夫婦になる予定だった人も来ていた。相変わらず親戚からは嫌われていたけれど、堂々と2人の娘として見送った。やっぱり、泣けなかったけど。
だから、
「こんにちは。愛波です」
そう作った笑顔で挨拶した。
数ヶ月後、私は引き取られた。
あの若い夫婦に。
2人は私に愛をくれた。しばらくして2人の子供ができた。それでも、私も愛してくれた。平等に。
嬉しい事も悲しい事もあった。けれど私の感情は戻らない。むしろ、3人称で考えて演技するのが上手くなった。
嬉しいだろうな、笑顔を作る。
怒ってるだろうな、怒った振りをする。
哀しいだろうな、涙をこぼしてみる。
楽しいだろうな、声を出して笑う。
そんな日常。みーんな騙されてる。お義父さんもお義母さんも。義弟でさえ。
あなたたちが見てるのは幻想。
本当の私は、そう、きっと、
あの日、一夜の夢と共に、決して「良い」とは言えないお父さんとお母さんと共に、消えていったんだ。
ハッピーエンド、バットエンド。あなたはどっちでしたか?
また気が向いたら書いて、『今夜限りの』シリーズにしたいです。
読んでいただきありがとうございました!