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ヤンデレ男の娘の取り扱い方  作者: 下妻 憂
ヤンデレ男の娘の取り扱い方1
9/238

7.昼時

 4時限目が終わる。

 イの一番に結城がこちらの席に歩み寄ってきた。

 両手に弁当の大柄な包みを持っている。


 彼がやや小声で囁きかけてくる。


「あーちゃん、さっき考えてたんだけどね。食べる場所、屋上にしない?」


「屋上? でも、うちの屋上って立ち入り禁止のはずだけれど……」


 結城が前髪の毛先を弄り回す。

 少し落ち着かない様子だ。


「うーん……そうなんだけどさぁ……。せっかく2人きりのお昼だしぃ……」


「だからって、勝手に入ってら怒られるんじゃ……」


 うちの学校の屋上は、元々誰でも入れるように開放されていた。


 それが去年の夏頃。どこの悪ガキか知らないが、授業を抜け出して屋上でタバコを吹かす不届き物が現れた。

 地面が吸殻で汚れ、一部は風に舞っていったそうだ。

 おまけに校内で売っていないはずのアルコール缶まで見つかってしまい、即日出入り禁止とされてしまった。

 

 第三仮心中学校は勤勉な部類の学校である。

 しかし生徒の全員が全員、学生の模範となるべき人柄かといえば、そうでもない。

 むしろやや厳しい校則で縛られている分、反発したり鬱屈する悪感情を育てやすい環境でもある。


 結城がニカリと笑い、強引に僕の手を引いて立たせる。


「大丈夫大丈夫、なんとかするから」


「うーん……駄目なんじゃないかなぁ」


 煮え切らない僕を、彼がグイグイ引っ張って連れて行く。



 しんと静まり返った誰もいない廊下。

 遠くでほんの小さく誰かの声が聞こえる。


 東校舎三階の最奥。

 直前の茶道部部室を抜けた先に、上下階への階段がある。

 下階へは普段使われているものの、上階へ続く先は立ち入りを禁じられていた。


 プラスチックの鎖が腰の高さに渡されている。

 それは跨ぎ越すも潜り抜けるも容易く、新入を防ぐ物理的な障壁となり得ない。

 ただニューマン効果というべきか、『封鎖されている』という事実が精神的な圧迫として、鎖から先への侵入に抵抗感を生じさせる。


 結城が辺りを見回し、誰もいないことを確認する。


「さ、ほら、今なら大丈夫。見つからないうちに入っちゃおう」


 彼が鎖を跨ぎ越し、ズンズン階段を上ってしまう。

 躊躇いのない足取りで。

 

 どうしようか……。

 1人その場で立っていると妙に心細い。かといって結城を説得して引き返す自信もない。

 彼は存外、ガンコな一面がある。


 諦めて後を追う。



 最上階。

 階段がそこで途切れている。


 小さな踊り場に、屋上への扉があった。

 他には一つだけのロッカー、出しっぱなしの箒と塵取り。

 それに学園祭か何かで使用したと思われる、奇妙なピエロの頭を模したオブジェだけが置いてある。


「むむむ……」


 扉を前に、結城が二の足を踏めずにいる。


 ドアノブを片手で回そうと試みる。

 ガチッガチッ。

 施錠されている。


 さらに壁に据え付けた金具からチェーンが延びている。

 それにも鍵穴があり、開錠しないとチェーンが外れないようになっていた。

 ドアノブとチェーン、扉の開放に2つの鍵が必要らしい。


 説得する切り口になりそうだ。


「ほら、やっぱり鍵が閉まっているじゃないか。教室で食べよう」


 結城が一度こちらを振り返る。

 ドアノブをじーっと見つめる。


「あーちゃん、ちょっとこれ持ってて」


 弁当の包みを渡された。


 結城は短く呼気を吐き出し、気合を入れる。


「こんなの平気!」


 彼が膝を小さく曲げた。

 右足が弧を描いて頭上に上がる。

 小さく息を吐いて、振り下ろす。


 ガンッ!

 鈍く大きな音が響く。


 ドアノブに踵が直撃した。

 足が弾かれる。破壊できていない。

 だが、半壊している。

 チタンかステンレスか知らないが、重くて硬そうなノブがひん曲がっていた。


「ちょっと結城……!」


 僕は止めようとしたが遅かった。

 彼はもう一度右足を上げ、振り下ろす。


 ガツンッ……! カツッ……

 衝撃音、そして落下音。


 今度は右足が弾かれず、下まで振り下ろされた。

 ドアノブがドアの根っこから離別する。

 ドアの向こう側でも何か金属の落ちる音が響く。

 もう全壊だった。


「あ……あー……!」


 目の前で行われた凄惨な破壊劇に、そんなマヌケな悔やみが喉から漏れるしかない。


 結城が振り向いてニッコリ笑う。有無を言わせない威圧を含んでいる。


「ね? これなら入れるよ」


 繋ぎを失くしたドアが簡単に開かれる。

 彼が鼻歌混じりのご機嫌で先に進む。


「あ……あーあ……」


 もう仕方ない、バレた時は後で謝るか。


 結城の後に続いて屋上に出る。

 ドアを通る寸前、圧壊されたドアノブが視界に入る。頑丈そうだ。

 いくら踵落しをしても、あんな風にひしゃげるだろうか。


「あーちゃん、早くー」

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