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ヤンデレ男の娘の取り扱い方  作者: 下妻 憂
ヤンデレ男の娘の取り扱い方2~デタラメブッキングデート~
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75.心療と白の隔絶

 部屋の中は、簡素な白いだけの内装だった。

 広さはあまりない。せいぜい7畳から8畳といった具合。

 窓があって机があって、向かい合わせに簡易椅子があるだけのシンプルさ。


 窓の向こうは中庭に繋がっているようで、花壇に植えたと思しきひまわりの群れが覗いている。


「遠慮せず座ってください」


「どうも……」


 彼女が椅子に座ったのを確認して、僕も向かいに腰掛ける。


 精神科に来るのは初めてなので勝手が分からない。

 どのように振る舞えば良いのか。

 部屋の中が気になるが、ひとまずあまりキョロキョロしない方が良いだろう。


「緊張せず普段通りで構いませんよ」


「そ……そうですか」


 見透かされたようでドキリとした。


「S・アビゲイルです」


「夕暮……秋貴です」


 アビゲイル?

 外国人なのか。

 日本語も流暢で、外見もそれほど日本人と乖離していない。

 ハーフ……にしても白人や黒人の血は薄そうだ。顔の彫りもさほど深くない。


「夕暮れ……綺麗な苗字ですね」


「あ……ありがとうございます」


 面と向かい合うと、彼女は最初の印象とやや違っていた。

 どこか穏やかで温かみがある。

 大きく異なる訳ではないが、受付の時ほどクールさを感じない。むしろ親しみやすい。


 見かけの年齢はやはり30前後くらい。

 歳のわりに化粧っ気はなく、最低限人前に出るだけといった具合で身なりを整えている。地味だが上品で清潔感がある。

 また年上の女性の色香は強すぎない。決して美人ではないが、丸みを帯びた輪郭は可愛らしいとさえ感じさせられる。


 一言で言うと安心感。そんな言葉がピッタリだ。


 ……そう言えば、いつだったかテレビのワイドショーで見聞きした。

 結婚詐欺師には十人並みの顔立ちが多いという。

 美人でも不細工でもなく、平均顔に近いほど他者から見て安心、あるいは油断するからだと。

 刺激の強い容姿は緊張を生み、印象が薄いほど警戒心が低下する。

 相手をリラックスさせる必要がある精神科医でも有効に働くスキルなのかもしれない。


 現に僕は、まだ初対面の彼女を前にして緊張感が薄い。

 心拍数も在宅中と同じくらいだ。


 ただ、そんな彼女を以てして、首から提げているペンダントだけは似合わなかった。

 異形の青い蛇。それも目だけが大きく痩せ細り、胴体の下半分が千切れている。

 最近どこかで見た気がするが、思い出せない。


「お話をお伺いしたいのですが、よろしいですか?」


「はい、大丈夫です」


 アビゲイル氏は手ぶらだ。

 カルテなど要らないのだろうか。

 それどころかこの部屋には医療品や治療器具など1つとしてない。


 ……いや、心療とは得てしてそういったものかもしれない。


「今日は、どういったお悩みでいらしたんですか?」


「えっと……そうですね……」


 言いたいことを頭の中で整理してきたつもりだが、いざ話すとなるとどこから切り出して良いのか。

 最初の異変は49日前のあの日……なのだろうが、もっと遡って僕や結城の人となりについて説明すべきなのか。

 簡潔にまとめられそうにない。


「1つ1つ、ゆっくりで結構ですよ。ここは、安心できる場所ですから」


 彼女は静かにニコリ。


 ……安心できる場所、とはどういう意味なのだろう。


 白い部屋、僕と女医、テーブルと簡易椅子と窓とひまわり。

 外からセミの鳴き声がする。だがそれも、異次元から漏れ聞こえるほどに遠い。


 廊下で感じた隔絶感。


 ゲシュタルト崩壊……とは少し違う。

 この場が、世界から切り離されたような錯覚に襲われる。

 広くない白い部屋。その白さが、まるで数万キロ先までずっとずっと続いているような……。

 白、白、白、地平線の果てまで白……。

 白いだけの、世界に……。

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