43.いっぱい食べてね
「オクラっと……」
結城は既に卓上にあった付箋メモに書き込んでいる。
……まぁ、いいかな。
彼の料理が美味なことは変わらない。
例えそれが、麺を湯で具材を切って並べただけのものだとしても。
新鮮な夏野菜と、まるで機械のように正確に刻まれたハムや錦糸卵は飽きにも勝る。
1週間後くらいにまた冷やし中華を出されたとしても、僕はささやかな不満を持ちながらもズルズル召し上がってしまうのだろう。
麺類なだけに。
ただいつもいつも多少、量を作り過ぎることを除けば。
何度か要望をしても、何故か彼は腹9~10分目いっぱいまで計算する。
「いっぱい食べてね」の一言と笑顔にごり押しされる。
彼自身がわりとよく食べる方だとしても、僕へ回る分量がギリギリなのだ。
食べすぎが体に悪いことくらい分かっているはずだが……。
「あーちゃん、美味しい?」
これもよく言われる。
食事で彼の言葉のレパートリーは多くない。
メロドラマで使われるようなやり取りがお望みなのか。
「……結城も、もっと食べなよ」
他意はないのに皮肉っぽくなってしまった……。
「あ……うん……でも……」
「でも……?」
結城は俯いて顔を赤らめる。
自分の受け皿に取った麺を、箸で突いたり絡めたりする。
「あんまり食べて太っちゃったら……あーちゃんに嫌われちゃう……」
ボソボソ声でそう応えた。
「痩せてるから、大丈夫じゃない?」
お世辞でも嫌味でもない。
実質的な帰宅部でありながら、彼の月当たりのカロリー消費は同年代の運動部坊主と比べても遜色がない。
それで太る訳がない。
「うー……でもでもぉ、油断すると筋肉や脂肪が付いちゃうんだもん」
「全然気にならないよ。むしろ同世代の女子と比べても細いくらいだ」
「と……とにかく! 食べ過ぎは駄目なの!」
筋肉はあり得るかもしれない。
男の遺伝子が細胞の負担に順応しようと筋繊維を肥大させる。
ただ内在的な体脂肪率はどうか分からないが、見た目の上で彼は酷く華奢である。
筋肉の鋭角な隆起は愚か、女性特有の丸みさえある。
今夏にクラスメイト達と共に行った海で見せた水着さえ。
「あ、エッチなこと考えてるでしょう」
鼻の下が伸びてただろうか。
「考えてないよ」
「考えてるよ、その顔は。すぐに分かっちゃうんだから」
「……自室の掃除は構わないけど、思考のプライバシーは侵害しないでくれ」
「体を動かさないから、ヨコシマな思考に陥るんじゃないの。さ、早く食べてお出かけしよう」
違いない。
元来生き物は運動する存在だ。
日がな寝転がって電子遊戯やフィクション本の海に沈んでいたりすれば、血流が滞って悪感情に支配されるも致し方なし。
散歩でもすれば、気分も晴れるかもしれない。