35.冷やし中華
結城がベッドの上のゲーム機や、食べかけのお菓子を片づけながら聞いてくる。
「あ、昼食の用意してあるから、先にご飯にしようか」
僕は衣装箪笥を開け、今日の一着を選びながら返事をする。
「ありがと、メニューは何?」
彼が枕カバーを外しながら、悪戯っぽい調子で問いかけを返す。
「うふふ、何だと思う?」
昨日の冷蔵庫に残っていた食材は、確か……卵、きゅうり……上は適当なシャツで良いとして、下は薄手のデニムパンツにするかスラックスにするか……。
いけない、服を選びながら昼食の予想を立てると思考がこんがらがる。
冷蔵庫に夏野菜が多く貯蔵されていた。
それ以外だとカレールーとか白魚とかハムとかベーコンとか、中華麺……?
「冷やし中華……かな?」
「当たり。まだ日中は暑いからね。冷たい物食べたいでしょ?」
あてずっぽうだが当たってたようだ。
今夏だけでも6~7回は食卓に並んでいたので、低い確率でもない。
適当に残った具材を混ぜ合わせた創作料理などならお手上げだったが。
ごくたまに、半端な残量の食材を消化する為だけに作られた謎料理が食卓に並ぶこともある。
「冷やし中華かぁ……」
「よく当てられたね。どうして分かったの?」
「昨日、冷蔵庫物色した時にそれっぽい具材があったからさ」
「冷やし中華、嫌い?」
「いや好きだけど、ちょっと飽きてきたな……」
箪笥内に吊るされたハンガーから、薄水色の襟付きシャツと白いスラックスを取りながらそうぼやく。
大勢に会う訳でもないし、適度に動きやすい服装でも良いか。
「飽きてきたって、失礼な。それなら何食べたいかリクエストしてよ。今度から作っておくから。……そのシャツなら下は暗色の方が合うと思う」
布団カバーを外しつつ、結城が軽く憤慨しながら、そう指摘する。
白いスラックスを戻す。
紺色の長ズボンにしよう。
……面と向かって食べたい物と言われても、いまひとつ思い浮かばない。
「食べたい物、食べたい物かぁ……。こう……夏らしくて、重すぎず、適度に満腹感をいただける斬新でいて、舌触りの良い……美味しい物」
「余計に困る! 何なのよ、その面倒くさい注文は」
「……言ってみただけだよ」
食事メニューがローテーションしてマンネリ化しているからこそ、たまには違った味が食べたくなる。
そしてそれは不意打ちであって欲しい。
自分の想像の範疇を超えてきてほしいのだ。
「ふぅむ……サプライズがほしいってことだよね。分からないでもないかな。なら今度、何か考えておくね」
「……ありがとう」
選んだ上着とズボンと靴下を持って部屋を出ていく。
僕の背中に、ベランダで布団を干そうとしている結城の声が投げかけられる。
「あ、言い忘れてたけど、あーちゃんパジャマ裏返しに着ちゃってるよ。それと、脱いだ服は洗濯機に入れといてくれると嬉しいな」
「りょーかい」
今は、自然に会話が出来ていたように思える。
ぎこちなくなっていた関係だったが、知らぬ間に上手く修復されていたのだろうか。