プロローグ 心の鬼
――人の心の奥底に、愛色に燃える闇がある。
――それはDNAに刻まれた原初の狂気。
――人が生まれながらにして持つ、深い深い、深層意識の狂乱。
「ふんふふーん♪ ふ♪ ふーんふんふん♪」
高台から見える夜の街並み。
家、ビル、工場、店。
色彩豊かな人の営みの灯りが、乱反射とフレアを繰り返し夜景を創り上げている。
「ふ♪ ふふーん♪ ふ♪ ふんふふーん♪」
かつて夜には魔物が住んでいた。
人も獣も、日が昇れば起き、暗くなったら眠りにつく。
闇の時間、それは人ならざる病みたちの逢魔が時だった。
「ふんふーん♪ ふんふふーん♪……フフフ」
だがその中で、夜を支配した生き物が人間だった。
闇に火を灯し、暗がりを闊歩する。
昼夜を眠れぬ種族。
魔物は夜の世界からも追いやられた。
訳ではなかった。
彼らは人の社会に溶けた。
融和し、その体と心の狭間で息を潜めた。
また魔物は別の名で、こう呼ばれることもあった。
鬼と。
「フフ……変わらないなぁ、この街も。景色も……臭いも」
高台に建てられた、地上6階の某製薬会社ビル。
屋上の縁に腰かけ、足をブラブラさせながら、その人物は街を見下ろしていた。
機嫌が良いとも悪いとも付かない調子で、幼さの残る声色で、
「もう何年になるんだろ……4年くらいだったかなぁ。……覚えてるかな」
彼はビルの縁で立ち上がる。
激しく吹く風が、服を髪を暴れさせる。
だがまったく意に解さぬ様子で、唇だけ曲げて笑う。
声に低く掠れが混じる。
「でも、まぁいいか。彼が覚えてようと覚えていまいと、だったら思い出させればいい」
彼は膝を曲げる。
「会うの、楽しみだな……あーくん」
屋上の端を蹴りつける。
コンクリートが小さく粉砕した。
小柄な体躯が宙を舞う。
遠く遠く、街の夜景へと落ちて消えていった。