18.音楽ゲーム
体感ゲームコーナーまで逃げる。
写真シール機から距離を置いて、ほっと胸を撫でおろす。
知人と鉢合わせなかった。
翌日登校したら、黒板に僕たちの名前と相合傘が書かれているといった危険はなくなる。
「そんなに焦らなくても、知り合いはいなかったよ」
結城に僕の心中を見透かされていた。
「わかっていたなら、もう少し目立たないようにしてくれ」
「あーちゃん心配しすぎ。ちょっとシール一緒に撮ったくらいで冷やかされないよ。今日日、小学生でもね」
「万が一ってことも……」
「シール機なんかより、こっちの方がよっぽど勘違いされちゃうんじゃないの?」
彼は自分の左手を指差す。
いまだ僕が彼の手首を掴んだままだった。
「あっ……」
慌てて手を離す。
自ら風評の種をバラ撒くところだった。
「チェッ……言わなければ良かったなぁ」
結城が残念そうに、しかし愉快そうに手首を名残惜しむ。
からかわれている。
手の平で弄ばれている気がしてならない。
だが過剰な気疲れをしているのは僕ばかりだ。
彼は彼で、周囲に注意を払っているのだろう。
結城にとっても関係の露呈が有益に働かない。
今朝のホームルームの話も十二分に理解しているはずだ。
僕がジタバタするより、彼を信頼して安心しまうべきか。
「次、何にする?」
「あまり引っ付かないゲーム」
「はいはい。心配性だなぁ、あーちゃんは」
体感ゲームと音楽ゲームコーナーの境目。
この辺りなら、体を寄せ合い誰かに勘違いされる物もないはず。
「あ、ボクこれにしよっと」
結城が音楽ゲームの一台に近づき、一段高くなった台座に上る。
ゲームセンターに来ると、ほぼ毎回プレイしている彼のお気に入りだ。
「またそれ?」
「ケチつけないで。好きなんだから」
『Hand Clap Nightmare』
10年以上前から続く音楽アーケードゲームの中堅シリーズ。
ルールは一般的な音楽ゲームとほぼ同じ。
8色の記号が画面上部から流れてくるので、対応した床パネルを踏む。
違う色のパネルを踏んだり、タイミングを外すと減点となる。
ミスを減らして、より高得点を狙うのが目標である。
ただし、それに付加してスタンプ力という独特な操作性がある。
床パネルに感圧機が仕込まれており、高難度では弱・中・強で踏みつける強さまで指定される。
これは男女とも20歳の平均体重を基準に感度が設定されているが、体格によって力の入れ具合が違ってしまう。
体で覚えるしかないので酷評されていた。
高品質なわりに、この複雑で誤操作を起こしやすい設計が仇となり、売れ行きは今一つらしい。
一方で、ツボにハマったコアなマニアもいる。
結城もその1人だった。
台座の上で彼が振り返る。
「あーちゃんも一緒にやらない?」
「僕はここから見てるだけで良いよ」
数歩離れて、床から生えた黄色いパイプのような管に体重を預ける。
手をひらひら振って応援を送る。
2人で対戦プレイもできるが、負けることが明らかな勝負はしたくない。
「新しい曲入ってないかなぁ……あ、何曲かアップデートされてる。やったぁ、発表されたばかりの新曲も入ってる! どれにしよっかなー」
結城がゲームカードを通して、プレイする楽曲を選別している。
変わらないな。
朝食、お昼時、下校、写真シール機。
いずれも事あるごとに恋人の一文を持ち出し、結城の気分がいつもより浮ついている、ように見える。
ただ、本質的なところで彼はブレない。
恋は盲目なんて言われるが、僕らに同じ格言は適さないかもしれない。
家族同然の、今までと変わらない関係がこのまま続くのではないか。
体裁上で恋人になっても、深い部分では兄弟のような。
「この曲にしよっかなー」
「その曲、前回来た時もやってなかった?」
「いいの! 好きなんだから! 難易度はMAXにして……って、あー!」
「どうしたの?」
「ボクの記録、また塗り替えられてる! せっかく地区トップだったのに! 誰なのよ、このYAMIKOって!」
前回来た時も、結城の記録が上塗りされていた。
YAMIKOのユーザーネームがYU-KIの上に、数ポイントだけスコア更新され記載されていた。
スコアランキングは全国と地区に分かれている。
地区は隣数県を包括して、直プレイをリアルタイム更新している。
プレイ可能な曲数も50曲以上で、それらも個別にランキングが存在する。
それでも地区で稼働する筐体の1日当たりのプレイ数は数万~数十万。
同じユーザーネームと繰り返し張り合うのも珍しいが、決してあり得ない話でもない。
「コイツ、絶対ボクのこと意識してるでしょ!」
「ライバルだね」
「ムカつく! 今回でパーフェクト取って、引導を渡してやるわ!」
「がんばって」