176.文字
三郎はどうだったのだろう。
彼は自分のおみくじを開いたまま、木に結ぼうともせず眺めているだけだった。
興味もなく感慨もなさそうだ。
つまらなさそうにさえしている。
何が書かれているのだろう。
悪い運勢が出ていたとか。
気になったが、先の結城とのやり取りを思い出し躊躇する。
「…………」
「……ん? 見る?」
「いいの?」
「見ても、つまんないと思うけど」
結城とは打って変わって、すんなりみくじ紙を渡してきた。
占いの結果など信じていないのかもしれない。
彼に信心などなさそうだ。
なにしろ鬼三郎である。
神仏に対して唾を吐きかける姿の方が似合う。
「……なんだ、これ」
三郎から渡されたおみくじは僕を混乱させるに足る代物だった。
文字が暴れていた。
印刷された楷書体の一文字一文字が、てんでバラバラな場所に散っている。
囲われた罫線の中に収まらない。上下左右も無視し、統一の一切がなく好き放題グチャグチャに配置されていた。
中にはへんやつくりまでも分解されている文字もある。
文字の上に文字が乗って潰れただのシミになっているのもある。
読むことすらままならなかった。
印刷ミスだろうか。
インクジェットの下で紙が固定されなかったとか。
そんなことあるのか。
あったとして検品を通過してみくじ紙に混ぜてしまうことなど。
「不良品、かな……新しいのに取り替えて貰ってあげようか?」
「いや、いいよ。別のを貰っても同じだもん」
三郎が僕の持っているみくじ紙の上から指を這わせる。
表面の真ん中をなぞりながら、ついっと手前に引いた。
みくじ紙が前面に傾斜する。
ザーッと、音なき音がした。
バラバラだった文字が傾斜に従って滑り落ちていった。
自らがインクであることを忘れ、文字の形をした個体であるかのように。
動いた跡には何も残らず、文字だけが形を保ったまま紙から落ちていく。
地面に落下した文字は、液体であったことを思い出し赤いインクの水滴に溶けると、地面へ水分を吸い込まれていった。
文字の消えたみくじ紙に、後に残ったのは赤い罫線の長方形枠だけだった。
指の腹で紙を撫でてみる。
ほんの僅かなインクの凹凸の形跡すらない。
まっさらな、最初から何も書かれていない紙も同然だった。
「どう……して……」
三郎が乾いた笑い声を上げる。
僕と違って何も驚いていない。
当たり前だと言わんばかりに。
「さーやは神様に嫌われてるからね。御神託の文字も逃げちゃうよ」
「神様に……嫌われてる?」
「あーくんは、神様がいるとしたらどんな形してると思う?」
神様の形?
一般的に広くイメージされるのは、ウールの白いトガ(ローマ帝国時代の服装)を纏い、先端の膨らんだ杖を持った白ヒゲの老人。
海外ではキリスト・ユダヤの主は固有の形を持たない。インド神話は像頭の神だし、ヒンズーのシヴァは青肌多腕だ。
日本の八百万に至っては物の数だけ神の形が存在する。
「おじいさん……かな。白ヒゲのさ」
「うん、さーやもあーくんと同じ意見」