100.変
僕は財布から100円硬貨を2枚取り出す。
後から店員が手書きして貼り付けたと思われる紙に、1プレイ100円とあった。
安くも高くもない。普通の料金体系だ。
硬貨を投入口に入れる。
縦長の穴に200円が飲みこまれた。カシャンと音が内部から発せられる。
その一部始終を、僕の手元を、三郎がじっと見ているのでやりづらい。
最初に音が聞こえた。
幻聴と勘違いするほどに、小さな音だった。
コーン……コーン……と、鍾乳洞で反響するような澄んだ単音。
次に画面が赤白くぼんやり発光する。あちこちで緑色の火花が散っている。
ゲームタイトルがジワリと浮かび上がってきた。
同時にドン……ドン……ドン……とサブウーファーの低音に似たような音も響き始める。
やはり変なゲームだと感想を抱いた時、一瞬、頭がクラリとした。
軽い立ちくらみのような。
視界の像が二重にブレた。
変な気分とはこれか?
このゲームのおかしなエフェクト演出や音が、脳を揺さぶったのだろうか。
隣の三郎はボーッと画面に向かって、頭をポリポリ掻いているだけだった。
何か不調はなかったか聞いてみたかったが、何と尋ねるべきか迷った。
「変なの……」
彼が小声でそう呟いた気がした。
ドォォォン……!
爆発に類似した破裂音が響く。
「Psycho-Gestital-Modality!」。無理やりネイティヴに似せようとした下手くそなイントネーションでタイトルコール。
どこかで見たような、モード選択のインターフェースが表示された。
「あーくん、これどうするの?」
「ちょっと待ってね、プレイできるようにするから」
ガンコントローラーを画面に向けて、引き金を引く。
2人プレイ。難易度はノーマル。
「Methyl Nodeを有効にしますか?」と意味不明な選択を迫られたので、いいえを選ぶ。メチルノードって何だ?
画面が暗転する。
フェードを挟んで、3Dモデリングで構築された、どこかの外国の廃村が映し出された。
新しい筐体のわりに、粗くチープな作りのモデルデータだった。ところどころジャギーやノイズが走っていて、演出なのかそうでないのか。
十数年くらい前だったらありふれていたかもしれない品質。
Get Ready。
Go!。
画面内の景色がゆっくりと前進していく。
説明もなかったが、この廃村を進んでいくというシチュエーションらしいと想像が付いた。
前進・後退のフットペダルがなく、ガンコントローラーにも引き金しか付いていない。
自動で移動が行われ、登場した敵キャラクターを射殺したら次のステージへと進む。典型的なレール式と呼ばれるタイプだ。
「ねぇねぇ、もう出来る?」
「あぁ、青色のレティクル……丸と線があるだろう? それがさーやの照準。僕のは赤色。銃口を合わせて引き金を引けば撃てるはずだよ」
バスバスバス!
僕の説明を聞き終わらないうちに、三郎が3発立て続けに発射した。
画面の何もない空間に着弾表示。
右下の残弾を示す数字カウントが減少する。
「あはははは!」
まだ敵が出てきていないよ、弾の無駄遣いだ、そう注意しようとして止める。
最初にあまりあれこれ言わない方が良い。好きにやらせよう。
くどく説明されると嫌になってしまうかもしれない。
娯楽とは得てしてそういうもの。
手とり足とりが必ずしも親切ではない。
『オォォオォ……』
やがて不気味な効果音と共に、ステージの前進が停止し、敵キャラクターが地面からせり上がるように現れた。
おそらく立ち上がった、という表現なのだろうが、ただ上体を煩雑に起こしただけのモーションで下からスライドしただけだった。
舞台のせりを彷彿とさせる。
敵キャラクターは麻の服を着た農夫風の男性。
上着もズボンも麦わら帽も全身ボロボロで血のりが付着し、目は血走り、右手に持った草刈鎌を振り上げている。
それが左右に揺れながら、少しずつこちらに近づいてくる。
こちらも背景同様、粗い3Dモデリングだった。表情は顔に貼り付けたように変わらず、まばたきさえしない。
しかし中途半端に作りが粗い分、高精度でなめらかな近年のホラーゲームより不気味さが増している。
何事か、英語でもない言語で台詞を発した。
妙に篭った、質の悪い録音音声だった。
肌色は白人なのか黒人なのか判然としない。いったい何人種なのだろうか。
一見ゾンビのようにも見えるが、体に欠損もないので異常者や野盗という設定かもしれない。