97.ミスマッチ
結城がアーケードの柱時計で時刻を確認する。
「時間、はまだ全然余裕があるけど……お祭りの日にまでゲーセンか」
渋るほどではないが、複雑そうに口の中で唸り声を上げた。
彼の心情としてはお祭りの気分に水を差したくないのだろう。
気持ちは分かる。
夏祭りの雰囲気にゲームセンターはそぐわない。
祭りの肝は非電源を用いた古い文化の中にある。それはお囃子の和楽器であり、緋色の提灯の灯りであり、神社の神楽であり、盆踊りであるのだ。
その原始性にこそ神秘があり、風情がある。
もちろん、お囃子の演奏に電子楽器が使われたり、提灯の中身は安全を考慮された電灯で、盆踊りで流れる曲がカセットテープであったとしてもだ。
良い悪いではなく、ミスマッチなのだ。
「ねぇーえ、あーくんいいでしょうー?」
三郎が僕の腕にまとわりついて猫なで声を出す。
両腕がするりと右手に絡み込んできた。
しなっと寄りかかってくるような所作。
とっさに手を避けようとしたが、一見肌に触れている程度にしか見えない手首が、万力の如き力でガッチリ極められていた。
「えっと……そうだね……どうしよっか? 結城」
「ま、良いんじゃない。お祭りだからってお祭りらしいことをしなくちゃいけない、なんてこともないしさ。それにゲームセンターだって郷に入っては郷に従うって感じみたい」
結城が両手をひらひらと振って肩をすくめる。
顎で示した先、ガラスのウインドウに手書きのポップがベタベタと貼られている。
「お祭り特設イベントやってます!」「夏まつり限定プライズ!クレーンゲーム!」「ジャンクフード10%OFF!」などなど。
大小さまざまなコピー用紙、あるいは厚紙。
これでも喰らえと言わんばかりに何枚も何枚も、ベッタベタにたくさん貼り付けられている。
もはや町内会の掲示板だった。
原色使いの多い玄関に、山車や法被や金魚の手描きイラストの水彩が乱れる。
無理に取って付けたような和風。
まさにミスマッチである。
しかしそれもまた、現古の入り混じった近代の祭りと言えるのかもしれない。
「じゃあ、早く入ろうよ、あーくん」
三郎が僕の手を引き、店内に引っ張りこもうとする。
それを結城の一声が制止した。
「待った。ゲーセン入るなら、先にコインロッカーに寄ろう。荷物持ったままウロウロしたくないよ」
彼が自らの着替えた服の入った紙袋を肩の高さに掲げる。
手首に細い麻紐の跡が、赤く付いていた。
ゲームセンターの店内は、いつものように騒々しい。
鳴り響く電子音、スピーカーから流れる音楽、人の喧騒。
ともすれば会話さえ聞き取れない音の洪水が渾然一体となっている。
耳慣れれば心地良く、不慣れなら不快さえあるかもしれない。
甘ったるく胃にもたれるジャンクフードの匂いも充満している。
キャラメルとキャンディとチョコの入り混じったようなそれ。
腹のもたれる臭気が鼻腔から胃に落ちていく。
ただ、今日に限っては普段と趣をやや異にしていた。
まず照度が全体的に低く、薄暗い。メインの室内灯の昼光色を半分以下にまで落とし、補助の色付き照明を点灯させている。
周期的に色や明るさや照らされる方向が変わり、明滅する。
室内の色味が遷り変っていく。白紫、赤紫、青、白からレモン色など。
普段とも雰囲気が違う。ちょっとしたナイトクラブのような様相を呈していた。
これは確か、イベント用に設置された照明だ。
天井に開けられた穴に埋め込まれたマルチカラーLEDを、パソコンから遠隔したコンピュータ制御で動作させている。
元々の建物にあった施設設備とは別に追加した物らしく、以前に1度だけメイン照明とは別の配電盤を従業員が操作しているのを見たこともある。
しかし当初の思惑が外れたのか、滅多に使われない。
足へ運ぶことの多い僕でさえ、過去に2~3回目にしたかしないかくらいだ。
イベントルームが2階にあり、1階を選んで企画が行われることがほぼない。
おまけに色とりどりの光が飛び交うと、本来の営業目的であるゲーム筐体の使用に支障が出る。
実際、暗い室内に色味の違う光が発光することで、筐体の画面に反射して気が散る。
それとなく、今日は筐体前に齧り付いている客も少ない。
見た目以外にあまり利点のない、諸刃の剣だった。
祭日のように催し物に特化した日でなければやるリターンがない。