一晩寝る前に靴箱にラブレターが入っていた件 前編
俺は今日起きた出来事は一生忘れないと思う。答えは簡単で、それぐらい人生において多分、いや絶対特別な日になったからだ!
* * *
【5月10日】
今日、俺は人生で初めてラブレターを貰った。俺でも信じられないことだが、本当のことなので仕方がない。
俺、会原亮平はいつも通り自分の通う高校に通学していた。高校1年生になってから約1ヶ月、俺の高校生活は側から見れば平凡な男子高校生だろう。
特に部活に入ってるわけではなく青春を謳歌しているというよりかは新しくできた友人とおしゃべりしながら学業を全うする日々を過ごしている。
そして、今日も朝起きてから母が作った目玉焼きとトーストといったごく普通の朝ごはんを食べ、準備して家を出る。
自転車を漕ぎながら近くの川の河川敷に出て心地よい風に揺られながらひたすら漕ぐこと30分、運動部の輝かしい掛け声が響く高校に着く。
自転車を学校の駐輪場に置きながら、
「帰宅部の部長って誰なんだろ…」
などと意味不明なことを呟きながら昇降口に向かう。そんなことを口に出しながら登校する男子高校生はちょっとばかし気持ち悪いと俺でも思う。
そう、ここまでは特に変わったことのないいつも通りの風景だ。
だからこそ、次に昇降口に入り、俺の靴箱に開けた時に上履き以外の、昨日までは入っていない物が入っていて一瞬困惑した。
「ん?」
なんだろう?この紙は。入っていたのはきれいに鎮座した一枚の封筒。
俺はその封筒をきれいに開けた。その中身を見た瞬間…
「っ!!」
俺はこれを見たとき、心臓が跳ね上がるのを感じた。
中には手紙が入っていて、その手紙に書いてあったのは『放課後、校舎裏で待ってます』だけだった。そして、とてもきれいな文字だった。
なあ、わかるだろ。
そう、封筒に入っていたのは一通のラブレターだった!
「少女漫画の世界かよ!」
一瞬小声でツッコミを入れるが、既に頭の中が真っ白になっていくのを感じた。昇降口を出入りする人々の声が遠のく。
そして俺は、もう一度その紙を見る。中身は変わらず『放課後、校舎裏で待ってます』の文字。
遂に、これは夢かもしれないと現実逃避を始めようとした時だった。
「おっはよう!会原君!ってえっ!?なにそれなにそれ!」
後ろから同じクラスの少女に声をかけられ、再び昇降口の音が耳に入るのを感じた。
身長は160㎝弱、緑髪のショートヘアーでアホ毛がぴょこっと生えた、学年でも人気の少女だ。おそらく部活の朝練のあとなのか少々汗ばんでいる。それでいて、その少女は俺の持っている封筒と手紙を見て目を輝かせていた。
俺はなにかイヤな予感がした。そっと、その手紙を隠そうとした。
「別に見せるような内容じゃ…」
「みぃせてーっと!」
しかし、残念ながら、少女は俺の持っていた手紙を奪い、中身を読んでしまった。
短い文だったこともあり、少女の目はすぐにサファイアのようにまで輝き、頬が少しずつ赤く染め始めた。
ものすごくイヤな予感がした。
「これって、も、も、もしかして、いやもしかしなくてもラブレターですよねっ!!」
少女、同級生の向日葵若葉は周りにも聞こえる声で言った。
昇降口にいる全員が聞こえるくらいの大きな声で。
「こ、声が大きいって」
「この学校通い始めて以来のビックニュース、みんなに伝えないと!」
「ちょっ、まだラブレターと決まったわけじゃ…」
気付けば若葉は廊下を走り始めたところだった。
思えば今日この日からいつも通りの朝は来なくなったと後の俺は語ることになるのだが、この時の俺はそんなことを微塵にも思わずにただただ廊下に突っ立っていた。
若葉は陸上部に所属しているスポーツ少女だ。天真爛漫な笑顔でいつしか部活の華になっていた。
つまり何が言いたいのかというと、ちょっと目を離しただけですぐにいなくなるのである。
追いつくのは困難に思えた。まあ、考えるだけ無駄である。
足は教室へ、ゆっくりと足を進める。今頃若葉がクラスメートの皆にラブレターの一件を話している最中だろう。そんな中ゆっくりと歩くのはいささか余裕ある行動に見える。
けれどもちろん俺に余裕なんてあるわけがない。脳裏にはまだあの手紙の文字がくっきりと刻まれている。齢16にして初めて告白されるかもしれないと思うと心臓がドキドキして、とても走る気分にはなれなかった。
階段を登り、少し廊下を歩くと自分のクラスの教室が見える。教室の目の前までくると、ほらきた、独特の緊張が体を駆け巡る。腕が急に重くなり、教室に入ることを体が拒んでいる。もう既に俺がラブレターをもらったことはクラス全員に知られたことだろう。そうなると視線が俺に集中し、何言われるか想像したくない。
それでも、俺は深呼吸して教室のドアを開いた。これ以上、この話が他人に伝播するのは避けたいところだ。
騒がしかった教室が俺が入ることによって一瞬静寂になった。予想はしていたが教室にいた全員の視線を俺は浴びることになった。
俺は何も言わずに周りの視線を受けながら自分の席に座る。窓際の一番前の席、入学式の日から変わらない席だった。
そして、横の席には友人の木村が座っていて、それを中心に男子の何人かが集まっていた。
「お、今日の主役の登場だぜ」
「うるせーよ、木村」
「あはは、でも会原も隅におけないなぁ〜」
「おいおい~、お前は何か勘違いをしてないか?」
「勘違い?会原がラブレターを貰ったことが、か?」
辺りは再び静寂になる。たまに皆が一瞬だけ会話しない空間が生まれるような、そんな空気感だ。誰もが俺の次の言葉を聞こうと耳を傾けている。まあ、絶賛小説を読んでいる一人の少女を除いて。
「ラブレター?俺がいつそんなものを貰ったんだと思ってるんだ?」
「で、でも!ここに動かぬ証拠があるじゃん!」
そう言うのは先程俺の手から手紙を盗んだ犯人、向日葵若葉だ。そして、彼女の手には『放課後、校舎裏で待ってます』と書かれた手紙を高々と掲げている。俺は少し呆れた。おいおい、手紙泥棒の犯人の次は取り調べの警察官気取りか?
「『放課後、校舎裏で待ってます』、これのどこがラブレターじゃないと思ってるの?」
先程の目の輝きはどこに行ったのだろうか、全然キラキラ輝いていない。それどころかメラメラと燃える炎が見える。
まるで、それはこれがラブレターじゃないと困ると言いたそうであり、どうしてもこれをラブレターとしたいとの願望が詰まった炎であった。
「じゃあ、逆に聞くけどこれが果たし状と思わなかったわけ?」
辺りは再び騒然になった。貰った本人である会原亮平がこの手紙をラブレターではないと否定したのだ。
実のところ、俺はこれはラブレターなんかじゃないと否定したいわけではない。もっと言えば、初めてラブレターを貰ったことへの言い表せないくらいの喜びを誰かにぶちまけたいくらいなのに。
「は、果たし状ですって?」
「ああ、これが本当に果たし状じゃないという証拠はないだろ?」
「で、でも!この字は女の子の字だよ!ほら!」
「女の子と決まったわけじゃないだろ」
「でも、そっちだってこれが果たし状かどうかの証拠なんでないんでしょ?」
「ああ、もちろんこれがラブレターじゃないという証拠なんてない。ないからこそ、これが本当に何を指すかなんていうのはまだわからない。わからないのにラブレターだと決めつけて、ことを大きくするのはどうかと思うぜ」
「ぐぬぬ…」
何も言い返してこない。痛いところを突かれたのだろう。
まったく、人生で初めてのラブレターを貰ったってのに、そのエピソードを台無しにしないでほしい。
若葉はついに黙った。顔をしかめながら。しかし、それも一瞬だった。
「…ジュース一本」
「は?」
急に何を?
「違かった方がジュース一本奢る!これでどう?」
「…いいだろう。その勝負受けて立つ!」
正直なところ、ジュース一本というのはいささか安い賭けではないだろうか。しかし、勢いでオッケーの返事を出した俺はしまったと思った。この場に注目されているのは、俺と若葉。大事にしたくないという思いとはかけ離れる結果となった。また、若葉の方も皆に注目されることは本望だろう。つまりこの勝負は、俺が決闘を受けたことにより既に敗北していた。
しかし、ぴりついた空気も学校の本鈴により、緩和されることになった。担任教諭が教室に入り、生徒全員が自席につく。その時に、木村から、
「い、大丈夫なのかよ」
と、ひそひそ聞いてきたが、俺は、「大丈夫なわけないだろ…」と震える声で答えることしかできなかった。
そして、若葉は席に着く前に俺に手紙を返して、
「勝手に盗ってごめん」
と小さく謝っていたが、次の瞬間には席についていて、俺は言葉を発することができなかった。
* * *
昼休み。それは、授業の疲れを一時的に休める時間である。購買で爆買いしたパンを食べる大食い生徒や、校庭でボールを投げ合っている生徒たち、自撮りし合っている生徒など、さまざまだ。俺もいつも通りであれば、この一カ月の間でできた友人としゃべり合うのだが、今日は全然そんな余裕がない。
「おーい、会原、生きてるかー?」
「いや、数時間前に地獄に落とされたわ」
気付けば、周りに木村含め友人が何人かたむろっている。そして、周囲の視線も感じた。ピリピリとした視線は、精神的に落ち着かない。当の若葉は、俺のいる場所とは反対側の場所におり、若葉を中心に十数人の女子が集まって弁当を食べている。もちろん、若葉にも視線は集まるのだが、臆する様子を見せない。それどころか、楽しんでいるようだった。
木村は、笑って見せると、俺の机に座ってくる。高い位置から木村が何とも言えない笑顔でこちらを覗いてくるあたり、木村もこの事態を楽しんでいるのだろうか。
「ねえさ、俺にもあのラブレターを見せてくれよ」
「やだ、断る、絶対に見せない。あと、俺がもらったのは果たし状だ」
「なら、俺にも見せてくれてもいいだろ。って、目が怖い!」
少し睨んでみせる。臆する木村だったが、まだ諦めてはなさそうだ。
「で、ちなみにその手紙は誰からなのかわかるでやんすか?」
横の席に座る、、、えっと誰だっけ?ああ、そうだ、松尾がそんなことを聞いてくる。今時、「やんす」を語尾にする人などいるだろうか。現に目の前にいるからいるのだろうが、違和感しか感じない。
「いや、差出人が書かれてない。ていうか、普通書くか?」
「いや、書くと思うでやんす。果たし状なら」
そうなのだろうか。というか、こいつ昔果たし状もらったことがあるのだろうか。まるでもらったことあるような口ぶりだ。
「名前を書かねえ果たし状もあるんだよ。だからこそ、誰からなのかすごく気になるのだが」
もし送り主がこのクラスの人であれば、俺を見て、葛藤するのだろうが、今日は視線が集まりすぎてわからない。ただ、葛藤するのは俺の方でもあり、このクラスの誰かが書いたかもしれない、何てこと考えると、心がモヤモヤした。
「まあ、なんにせよ友人の中から初の彼女持ちが出るんだ。俺は清々しいよ」
とても言われてうれしい言葉を投げる木村。しかし、目が笑っていない。嫉妬って怖い。
「別に、この中で彼女持ちは一人くらいいるんじゃねーの」
「いやいや、おらんだろう、なあ?」
木村が即行否定する。周りの男子も頷きながら答える。
「うん」「いたことない」「いないでやんす」「最近振られた…」「実はいる」
「「「はァ?」」」
昼休み。それは、授業の疲れた体と心を休める時間。しかし、俺は全然休まらなかった。
* * *
「起立、気を付け、礼」
「「「さようなら」」」
放課後に突入。心拍数、上昇。異常なし。
ついに、訪れた放課後。今日の一日は特に長かったと感じる。周りからの視線はもう慣れた。人間の慣れってホント怖い。
木村から、背中を叩かれ、野球部所属で丸刈り頭の岡島からも「がんばれよ」と激励され、若葉からは「ジュースは『フォンタ ブドウ味』ね!」と、既に勝利宣言をぶちかまされた。
ちなみに、フォンタとは、最近若者に人気な炭酸飲料で、最近は有名人の『橋本のぞみ』がCMをやっていたはずだ。この学校の自動販売機でも売っていて、よく売切れの文字を見る。
ゆっくりと、一人校舎裏へと向かう。教室は四階のため、それも相まって長く感じた。
外は晴れており、運動部の皆様方が準備したり、談笑したりしていた。しかし、校舎裏へと行くと、誰もいなかった。まあ、誰も来なそうなところだ。実際俺も来るのは初めてだ。
雰囲気からして、告白する場所にはぴったりの場所だった。
俺は、数分の間、待った。運動部の声が遠くから聞こえる。鳥や虫の鳴き声がかすかに聞こえた。
さあ、果たし状なのか、それとも、
「おまたせ、会原君」