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スマート杖とストーカー美少女はいるけどゴブリンとオークだけが友だちさ  作者: 明野れい
第1章 ボーイ・ミーツ・オーク!
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第3話 ハローオーク!

ハローワークじゃないよ。

 にわかに降り出した、夕立ならぬドラゴン立が止むと、僕と女の子は静かに立ち上がって服についた砂埃をはらった。

 

「い、今のはあなたが……?」


 まだ今起きた出来事を受け止めきれないというような表情で僕を見つめる。

 僕は首を傾げるようなうなずくような曖昧な角度で首を振った。

 

「僕……というか、この杖が? でも指示を出したのは僕だから『殺ドラゴン教唆』の罪は僕にあることにはなるかな」

「殺ドラゴン」

「殺竜の方がいいかも」


 いやどっちでもいいわ。

 

「とにかく、街を救ってくれたのは確かですよね。お礼を言わせてください。まず……お名前を伺ってもいいですか?」


 澄んだ瞳でまっすぐに見つめてくる。危機が去って落ち着いたところでやっと気づいたけど、この子かなりの美人だ。街に1人いるかいないかというような、それこそ僕を付け回してた子と同じくらい。


「ええと、その……」


 交番の中でにこやかに手を振るあの子の姿と一緒に、僕は教訓を思い出した。

 ――女子とは関わり合いになるべきじゃない。

 うん、そうだ。よくない。これはよくないぞ。この子と関わったらまたゴミ収集車にはねられるかもしれない。もしくはドラゴンに轢かれるとか。

 よし、決まりだ。今すぐ逃げよう。

 

「名乗るほどの者でもないですしお礼とかも本当いらないので」


 両手を振って右足を後ろに下げる。


「そういうわけには……」


 女の子が1歩詰め寄る。僕は杖を持つ右手を上げた。


「――ヘイ、杖!」


 僕は鋭く言い放つ。

 

「僕をどっかに飛ばして!」

『ロドッカの森 に 転送します』


 あった! なんかそれっぽい名前の森があった! いやまあ、認識精度的には間違ってるんだけど今回はよくやった、杖!

 小さくガッツポーズをするように拳を握る。その直後、杖が光を放つと同時に視界が一瞬真っ暗になった。

 少ししてから恐る恐る目を開いてみる。

 目の前にに広がっていたのは一面の緑。なんと呼ぶかと聞かれれば、森と答えるしかないと思う。どうやら無事ロドッカの森とやらに来ることができたようだ。

 といっても、残念ながら僕はゴリラでも妖精でもないので森で暮らす心得はない。まずはこの森を抜けて人里に出るのが先決だ。

 

「ヘイ、杖」


 杖の宝玉が光る。

 

「近くの街に移動して」

『近くに マッチ が 見つかりませんでした』


 森に火でも放つのか僕は。

 これ以上繰り返すとイライラしそうだからやめておこう。とりあえず適当に歩いてみて抜けられそうになかったらまた試してみればいい。

 

 

 そうして勘に従って真っすぐ歩き始めて約10分後、僕は変わらぬ景色の森の中で立ち止まっていた。

 視線の先には、何か見たことのない大きな生き物がいた。

 後ろ姿しか見えないけどあぐらをかいているように見える。つまり人型。でも座高だけですでに僕の身長を超えている。よっぽど短足じゃない限り、立ち上がれば3メートル近い体長があることになる。

 危険な生き物かもしれないけど、ちょうど大木の影に隠れていたせいで直前まで気づくことができずにすぐ近くまで来てしまった。

 杖が当てになるかはわからない。音を立てないようにしてこの場を離れよう。

 僕は静かに、ゆっくりと右足を後ろに引いた。

 

「あ」


 1歩目で木の根に引っかかった。

 そのまま見事に尻もちをつく。視線の先にいた生き物が腰をひねり、僕の方を向いた。

 

「……オーク」


 その顔を見た僕は思わずつぶやいていた。

 こちらを見つめる顔は醜く、中心についた豚のような鼻と、口からはみ出た下顎の牙は以前ゲームで見たある種族を思い起こさせた。

 この生き物の正体はわからないけど、外見には間違いなく威圧感があり、僕の警戒心は先程よりもかなり増していた。

 ……ここは強気に出るべきだな。

 僕は熊と出くわしたときのセオリーを思い出していた。変に逃げようとするより、こちらが脅威になり得ることを相手にわからせた方がいい。実際僕はドラゴンを爆破できる杖を持っている。

 ひとまずこいつのことはオークと呼ぶことにしよう。

 僕はオークをにらみつけながら、ゆっくりと立ち上がった。

 オークはそれを見ると目をまん丸に見開き、慌てて腰を上げた。

 

「こ、怖くないよー! 大丈夫! 襲ったりしないから!」


 オークは敵意のないことを示すように両手を上げ、野太い声で、しかし優しげなトーンで話しかけてきた。さらに気味の悪い笑顔を浮かべて続ける。

 

「怖くない、ほーら、怖くないよー……」

 

 僕は愛玩動物か何かか。いや、向こうにしてみれば人間にとっての犬か猫かくらいの大きさでしかないのかもしれないけど。

 困惑にしばらく黙り込んでから、僕は恐る恐る口を開いた。

 

「……オマエ、ボク、タベナイ?」


 僕が言うと、オークは眉根を寄せて首を傾げた。数秒固まったあと、戸惑いの表情のまま大げさに2度うなずいた。

 

「ボク、キミ、タベナイ」

「……ウソ、チガウ?」


 うたぐるように真っすぐに見据えると、オークは微妙な表情でまた首を縦に振る。

 

「モチロン、ウソ、ジャナイ」


 僕は黙ってオークを見つめる。オークも真面目な顔で僕を見つめ返す。

 そのまま10秒ほど無言で時間が流れる。

 先に口を開いたのは眉間にしわを寄せたオークだった。

 

「……ねえ、ボク、最初普通に話しかけなかった?」


 言われて僕は我に返った。

 

「ソウイエバ、ソウダッタ」

「…………」

「……うん、ごめん。なんか先入観でつい」


 いやほら、異文化コミュニケーション的なお約束ってあるじゃん。ここまで生き物としての在り方が違うと、ナチュラルに会話できる気がしないというか。

 でもどうやら、このオークは僕のイメージよりずっと知能が高いらしい。

 ただ、知能が高いということは、僕を騙そうとしている可能性もある、ということだ。

 

「怖くない、とか言って油断させようとしても無駄だぞ」


 僕はこちらの優位を知らしめるため、杖を右方向にある木に向けた。

 

「ヘイ、杖」


 オークから視線をそらさずに言う。

 

「なんかすごいことやって」


 これくらいざっくりしてれば何かしらはやってくれるんじゃないか――なんて雑な期待をかけた僕が馬鹿だった。

 

『破壊光線 を 発射します』

「えっ?」

「えっ?」


 僕とオークが同じような声を上げた直後、杖がまばゆい閃光を放つ。杖を持った右手に小さな衝撃が走ると同時、視界の右側が光の奔流で真っ白に染まった。

 眩しさに目を細めながら見たオークの顔は、口をあんぐり開けて非常に間抜けだった。でも多分僕も同じような顔をしてると思う。

 やがて光が収まると、代わりに現れたのは幅5メートルくらいの更地だった。林立していたはずの木が消し炭どころか跡形もなく消え去り、大地が焼け焦げていた。

 

「怖っ! え、怖っ!? ボクよりキミの方が何百倍も怖いよ!?」


 僕じゃない。怖いのは僕じゃなくてこの杖だ。でもまあ効果はてきめんらしい。

 

「ど、どうだ! 僕を襲おうとするとこうなる……のか?」

「なんで疑問型」


 僕にもよくわからないからしょうがない。もっとおとなしめの攻撃になるかもしれないし、もっと残酷な責め苦になるかもしれない。すべては杖のみぞ知る。

 

「そんなことしなくても、ボクは人を襲ったりしないよ」

「ふ、どうだか」


 しかし、もともとがどういうつもりだったからわからないけど、さすがにそれでもこれを見てまだ襲いかかろうとするほど馬鹿ではないだろう。

 

「餌を探してるんじゃないならこんな森で何をしてる?」


 僕が尋ねると、なぜかオークは気まずそうに目をそらしてうつむいた。

 

「それは……言いたくない」


 僕は杖を向けた。

 

「言います! 言いますからそれはやめて!」


 オークはものすごい勢いで両手を上げた。腕がロケットになりそうな勢いだった。

 

「じゃあ何しにここに来たんだ?」

「それは……その……」


 言いよどんで足元を指さした。僕はそれにつられて視線を落とす。

 

「……花を摘みに」


 それを聞いた僕はとっさに顔の真ん中を手で隠した。


「鼻? ……やっぱ食べる気か?」

「花! そっちの鼻じゃなくてお花の方! 鼻だけ食べるとかマニアックすぎるから!」

「じゃあやっぱり鼻以外なら食べるんだな?」

「言葉の綾!」


 オークはフンスフンス言いながら僕の追及に対して必死に否定の言葉を返す。

 ……なんだろう、こいつ、本当に無害なのかもしれないな。

 

「わかった。お前の言葉を信じるよ」

「やっとわかってくれた……」


 疲れ果てた様子のオークはため息をつくとまたその場に腰を下ろした。

そうそう、オークと言えばお花好きですよね。

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