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3 死神には手が余ると思います!

【神殿】


 リスティリスが消えたのが分かったのは今朝のことで、慈悲を求めて神殿を訪れる信者たちが彼女の失踪を知っているはずがない。そのため今日も、神殿には多くの信者が訪れていた。

 最初に神の間へとやってきたのは、農家の若い夫婦だった。


「おらたちもいい歳だしそろそろ子供作んねえとなって話になったんだけどんも、うちの旦那が勃たなくなってしまって」


 夫はぐったり落ち込んだ様子で、妻はそんな夫を支えるように立っていた。


「女神様、どうかうちの旦那に御慈悲を……治していただけねえでしょうか?」


 サリエスはそんな二人を見下ろしながら冷ややかに笑った。女は、『あれ? なんか噂に聞いてた女神様と雰囲気が違うな』と思った。


「死の恐怖を味わうと、肉体ががビビって子孫を残そうと反応するそうよ。だからこれを使いなさい」


 そう言って、サリエスは女にナイフを手渡した。


「それで首筋をね、ぎゅっとやってやるのよ。さあ、おやりなさい」


「……ヒィッ!?」


 逃げていく夫婦。サリエスはそんな彼らを訝しげに眺めて溜息をついた。


「……不躾な信者だこと。お礼も言わずに去って行くだなんて。あの子が甘やかすからいけないのよ。私はなんにもおかしなことをしていないのに」


「おかしなことしかしてないですよ! なんですかナイフでギュって!」


 憤慨したのは傍らに控えていた受付担当の神官、マックである。この調子で神殿を荒らされてはたまったものではない。勇気を振り絞って、サリエスに食いかかった。


「えー、だって私こういうやり方しか知らないし?」


「だったらサリエス様、貴方にこの神殿の担当は無理ですよ! 神々にはそれぞれの適材適所が……ヒッ」


 ひゅんっ。サリエスの鞭が神官の首筋を掠めた。神官は心臓が縮み上がるような気分を味わった。


「……あたしに口答えするつもり?」


 サリエスの冷たい視線がマックを射貫く。恐怖を意味する悪い汗が彼の顔からどくどくと流れ出た。


「でしたらサリエス様、これから十組の信者がリスティリス様の御慈悲を求めてやってきます。そのうち一組の問題だけでも解決することができたら、その後もこのまま続けてくださって結構です。ですが一人も救えなかった場合は――――」


「いくらなんでも、神というものを侮りすぎよ。いいわ、あんたの挑発に乗ってあげようじゃない。でも、もしあたしが子宝の神殿の神として十分な働きを見せられたなら……そんときは、あんたの命を貰うわよ」


「……っ……」


 流石に躊躇するマックだったが、勇気を振り絞って頷いた。サリエスは楽しそうに鞭を地面に打ち付けた。


「いいわ! 順番に連れてきなさい! このあたし死神サリエスが、どんな悩みだってばったばったぶっ殺してあげるから!」


 ◆◆◆◆◆


【漁港】


 一方その頃、リスティリスとクレイは漁港にやってきていた。船をこれから出そうとするもの、早朝に済ませてこれから水揚げしようとするもの、様々ではあったが、確かにその場にいるのは男ばかりだった。


「漁師仕事は力仕事ですからね。女性もゼロじゃないですが、極めて少ないです。なのでここなら、概ね問題はないかと思いますよ」


「ありがとうございます、クレイ。では、例の権能を使ってみましょう……!」


 リスティリスが両手をばっと掲げると、彼女の頭上にピンク色のキューブが現れた。


「……あっ、クレイ。貴方は離れておいた方がいいですよ。それと可能ならば、遠くで殿方の変化を観察していてください」


 その配慮は全くもって見当違いではあるのだが、クレイはリスティリスから大人しく距離を取った。自分の意志とは関係なく発情させられるなどまっぴらごめんだ。そして彼は、途中の市場で手に入れた双眼鏡を取り出して、遠くからリスティリスの様子を観察する。


「さあ、子宝の女神が命じます! 漁師の皆さん、存分に盛り上がってください!」


 リスティリスの権能によって生み出されたキューブが弾け、周囲一帯に桃色の瘴気が広がった。漁師達は突然現れた桃色の大気に困惑していたが、一度吸いこんでしまうと目がもうトロンとなって、夢うつつという心地になって、足取りもふらふらとゾンビのように覚束なくなり、頬は紅潮し頭からは湯気が噴き出していた。


(何故自分は昼間っから発情した男の顔を眺めさせられているんだろう……)


 クレイは深いことを考えないことにした。彼の視線は続いて瘴気の中心部にあって、今は発情した漁師達の前に躍り出て誘惑を図ろうとしているリスティリスに移った。


「さあどうぞ! ムラムラしたら私のところへ! 子を為したいという欲望を、存分に叩きつけてください!」


 そう言ってリスティリスは両手をぱたぱたと動かした。恐らくは彼女なりの誘惑のポーズなのだろうが、色気も何もあったものではない。性欲というものを理解していないのだから仕方のないことなのかもしれないが、あれでは寄ってくる男も寄ってこないだろう。

 そう思いながら観察していたクレイだったが、すると不思議なことに、本当に彼女に寄ってくる漁師は一人もいなかった。すぐ傍を通り過ぎる者はいても、彼女に


「……あれ?」


 諸手を広げたリスティリスは呆然とその場に立ち尽くした。クレイも流石に驚いた。その場には屈強で性豪そうな海の男達が十数人、いや数十人はいるというのに、誰も彼もリスティリスに目もくれない。めいめいに仕事を中断して、どこかにとぼとぼ去って行くばかりだ。いくらリスティリスの振る舞いに色気の欠片もないとしても、これだけスルーされるのはどう考えてもおかしい。


「……っ、うっ、うううっ……」


 気付けばリスティリスは誰もいなくなった漁港に一人取り残され、ぼたぼた大粒の涙を流していた。流石にこうなっては放っておくわけにもいかない。ピンクの靄が消えたところで、クレイは再び彼女の元へと駆け寄っていった。


 ◆◆◆◆◆


【神殿】


《一組目》 商家の夫妻。


「子供を授かりたいんです! どうか女神様、御慈悲を!」

「一人殺せば一人生まれてくるんじゃない? バランス的に」

「……へっ?」


《二組目》 身なりの良い軍人の夫妻。


「お願い申し上げます! 我ら夫婦の間に、どうか子供を!」

「あら? アンタ前にうちの神殿にも来てなかったっけ? 

「な、何故貴方がここに……?」

「人の命を奪っておいて自分は新しい命が欲しいなんて随分と良いご身分ね」

「あっ、ああっ……!」


《三組目》 領主のハーレムの三号さん。


「あの人の心を奪うためには子供が必要なんです! どうか、どうか私にお恵みを!」

「面倒ね。ライバルは皆殺しちゃいなさいよ。それともあたしがやってあげようか?」

「さ、流石にそれは……」


《四組目》 病弱な妻を持つ男


「妻は病弱で、子供を無事産めるか分かりません。どうか女神様のご加護をいただきたく……」

「奥さんが大切なのね。じゃあお腹の子を殺してしまえばいいんじゃないかしら?」

「な、なっ……」

「あたしなら遠隔でできるわよ」


《五組目》 年老いた老婆


「忙しい息子夫妻に代わってお願いに参りました。どうか息子夫妻の間に子供を……」

「……そんなことよりアンタが死ぬことの方が大事なんじゃない?」

「ひ、酷い……!」


《六組目》 横恋慕を続ける女性


「既成事実を作れば、きっとあの人も振り向いてくれると思うんです! 後戻りできなくするだけの物証をください!」

「それ以前に何不倫とかしてんのよ。馬鹿? 死ねばいいのに」

「ヒ、ヒィッ!?」


《七組目》 年若い夫婦


「子供さえできれば、親も僕達の関係に何も言えなくなると思うんだ! だからお願いします、僕達の間に子供を……」

「ごちゃごちゃ言わず殺しなさいよ。親より大事な愛なんでしょう?」

「こ、殺す……?」


《八組目》 漁師の夫婦


「家を継いで貰うために、後継ぎがどうしても入り用なんです。ですから女神様、どうぞ御慈悲を……」

「他所からもってきたらいいじゃない。適当な孤児が必要なら、私が作ってあげようか?」

「だ、駄目ですよそんなのはっ?!」


《九組目》 屈強な男性同士のカップル


「ずっと、子供が欲しいと思っていましたが、男二人で子供が生まれるわけもなく……ですから、女神様だけが頼りなんです!」

「同性愛者として生きるなら、そのくらい諦めなさいよ。もしくは来世に期待しなさい」

「な……」

「私が二人一緒に殺してあげようか? 同時期に転生できる可能性は高くなるわよ」

「あ、あんまりだ……」


《十組目》 家具職人の夫妻


「女神様、どうか私達夫婦に子宝をお授けください」

「さっき同じようなの聞いたわ! 願いがありきたりなのよ! 死ね!」

「そ、そんなあ!?」


 しめて十組。逃げ出さない者は誰一人としていなかった。一通り終わった後、サリエスはどこからともなく取り出した髑髏の盃に、血のように真っ赤なジュースをなみなみと注いで一気に飲み干した。


「ふぅ~~~……よくあの子、こんな退屈な仕事してるわね? どうして皆、子供の話しかしないのかしらね」


「そういう神殿なんだから当たり前でしょう!? っていうか貴方の采配はなんだ! いくらなんでも酷すぎだ!」


 憤ったマックが投げつけた神官帽を、サリエスは鞭ではじき飛ばした。


「そんなこと言ったって、私には殺すことしかできないんだから仕方ないでしょう。割とたびたび、いいアドバイスをしてあげたと思うわよ? 根性無しだから逃げてっちゃったけど」


 あまりの所業に怒りが勝って、もはや鞭を恐れもしなくなっていたマックは、彼女が座る椅子にずかずかと近づいた。


「……誰もそんなアドバイスを求めてないんですよ、この神殿でね! 死神様! 貴方にはこの神殿を切り盛りする能力はありません!」


 そんなマックの振る舞いを、サリエスはどこか面白そうに見た。そしてやれやれと立ち上がると、鞭をくるくる回しながら出口へと向かっていった。


「死神に対して随分な啖呵を切るじゃない。でもその気勢は気に入ったわ。いいわ、行ってあげる。その代わり、あんたもついてきなさい」


「……どこに行くつもりですか?」


「リスティリス探しよ。あんたらに任せておいたら、いつ終わるか分かったものじゃないでしょ。だからあたしが手伝ってあげるのよ」


「……死神様なら、リスティリス様を見つけられると?」


「そりゃそうよ。だってあんたたち、あの子がどうしていなくなったのかも良く分かっていないでしょう」


「貴方は、知っているというのですか」


「私達神は、それぞれが司る権能に対する衝動に支配されている。だからこそ自分の中だけで完結せずに、他の存在の『欲望』すらも代行する。私が日頃誰かを殺したくって殺したくってたまらないように、あの子だって同じやり方で自分の欲望を満たしているの。つまりあの子は昔から、子供が欲しくて欲しくてたまらなかったはず……」


 マックははっと息を飲んだ。サリエスは続ける。


「だけど、人のことばかり構っていて、それで満足できるわけじゃない。あたしだって偶には人の為じゃなく自分の為に殺したくなるし、あの子だって――――」


「……随分と物騒な思想を内に秘めているんですね」


 マックの心臓がきゅっと縮む。彼女が神殿にいる内に、一人の死者も出なくて良かった。


「――――あの子だって、きっと自分の子供が欲しいと思って、その感情を抑えきれなくなって、それで神殿を出て行ったに違いないと思うわ」


「では、リスティリス様が神殿を飛び出したのは、伴侶を見つけるためだということですか!?」


「そんな大層な試みがあの子にあるとは思えないわね。あの子はただ、自分の子供を手に入れるという目的の為に、つがいを探しているだけに過ぎないんじゃないかしら。ほらあの子、子宝の女神なんて担当している癖して、詳しいことはあんまり分かってなさそうだったでしょ?」


 確かに……マックにも心当たりがあった。神官や巫女たちがそもそも彼女の前でそういう会話を避けてきたし、信者達にもあまり品のない物言いはしないように言いつけてあった。恐らく何百年も前からそうだったのだろう。その結果、彼女は生きてきた年数に比べて異様に知識の偏った女神となった……。


「だからこそあの子の企みは無邪気で、そして同時に危険なのよ。自分の体の価値が分かっていないし、平気でそこらの男と寝たりしかねない。だから、さっさと止めないといけない」


 マックの額から冷や汗が流れ落ちる。数千年の間守られてきた女神の純潔が、こんな下らないことで散らされていいはずがあるものか。一刻も早くリスティリスを見つけ出し、彼女の狂乱を終わらせなければならない。彼女の貞操のためと――――


「まあ、もし間に合わなかったら……その時はあの子に手を出した糞野郎をぶち殺してやるだけだけどね……!」


 ――――それから巻き込まれて死にかねない、哀れな『つがい』が生まれないために。

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