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2 ショタコンじゃなかったんですか?

【神殿】


 もぬけの殻になった神殿では、居残りの巫女や神官たちがなおも右往左往していた。しかし彼らの混乱は、ある一人の『神』の到来によって一気に静まった。


「だらしないわね、リスティリス神殿の神官連中は! まるであの子そっくり!」


 真っ白な髪と生気の無い顔色は、彼女が人間ではないということを如実に示していた。神殿に他の神が訪れるだけで一大事であるのに、やってきた神が神だったので、神官たちはすくみ上がった。やってきた神の命令に従って一列に並ぶまで、五分とかからなかった。


「あんまりふぬけた様子を見せると、今この場で殺すわよ? 分かったらしゃきっとしなさい!」


 手に持っていた鞭を振るいながら、甲高い声で彼女は言う。やってきたこの女神サリエスは『死神』だった。リスティリスが生を司るとするならば、彼女は死を司る。彼女が振り回す鞭に指一本でも触れれば、たちまちその人間は地獄行きだ。


「……ったく。それで? 今は具体的に何をやっているの?」


「い、今は主要都市七つに捜索隊を送りました、可及的速やかに発見して――――」


「ばっかねえあんた達!」


 サリエスの容赦ない鞭が宙を舞う。顔色に見合わない程元気な振る舞いだ。神官達はがたがた震えた。巫女の中には腰が抜けて立てなくなる者もいた。


「あの子がそんな遠くに行くはずないでしょう! 肝が据わってるように見えて、とっても恐がりなんだから! いい? 港町よ。ここの丘を降りたところにあるあの中規模都市な港町を徹底的に洗うの。そしたら見つかるわ!」


「……誰が探すんですか?」


 神官の一人がぽつりと呟いた。瞬間、サリエスの鞭がその男の帽子を跳ね飛ばした。紙一重に死が迫ったものだから、男はぐったり気を失ってしまった。サリエスはそんなことを気にもとめずに罵声を放ち続ける。


「馬鹿ね! ここでもたもた無駄な時間を貪ってる奴らがいるじゃない! あんたたちのことよ! どうせリスティリスが帰ってこない限り、あんたたちが何人いても糞の役にも立たないんだから、さっさと探しに行きなさい! ほら、行った行った!」


「し、しかしサリエス様、神殿に誰もいないというのは流石に少々問題が……ただでさえリスティリス様が消えて神格がいない今、神官まで出払ってしまうというのは……」


「なに言ってるの? 神官ならここにいるじゃない!」


 そう言って、サリエスはない胸を張った。顔を見合わせる神官達。


「このあたし、『死』を司る女神サリエスが、あの子の代わりに応対してあげるわよ! 安心なさい、あたしはあの子より百年先輩なんだから、あの子がやってきたことなんて、簡単にできるにきまってるじゃない!」


 いやあ、流石に死神が子宝の神殿を受け持つのは……と神官達は思ったが、言える雰囲気ではない。結局鞭に追い立てられるような形で、数十名の神殿職員はぞろぞろ港町へと向かっていった。そしてごく数人だけ残した状態で、サリエスは普段リスティリスが腰掛けている椅子の上に腰を下ろした。


「さあ、あの子が勝手にいなくなったことで、困っている信者たちが一杯いるでしょう? そいつらを、次々私の前に連れてきなさい! 快刀乱麻の早業で、次々解決してあげるから!」


 サリエスは、自信満々で手招きした。人を殺すことしかできない彼女が一体何をしようというのか。僅かに残った職員はうっかり口走りそうになったが、寸前のところで踏みとどまった。


 ◆◆◆◆◆


 【路地裏】


 渾身の一手が空振りに終わった後、リスティリスはクレイを連れて再び路地裏で作戦会議を始めた。


「市場ともなると、既婚者ばかりだったのでしょうか。それであんな真似をすれば、避けられても仕方ありませんね」


「御言葉ですがリス様、貴方が避けられたのは既婚者がどうとかとは違う次元だと思います」


 クレイの冷静な指摘をリスティリスはスルーした。


「こうなったらクレイ、未婚者が多そうな場所へ私を連れて行ってください。既婚者に声を掛けるのは時間の無駄なばかりではなく、仮に関係が成立してしまった場合にお相手の奥様を傷つけうる悪しき所業です。私は愛し合う夫婦の仲を引き裂きたいわけではありません」


「この調子ではいくらやっても、引き裂くことなんてできないと思いますけどね」


「どうしてそんな酷いことを言うんですか!? 貴方には、貴方が仕える神に対しての敬虔さが足りていないと思います!」


「足りてないというか現在進行形で目減りしてるんですよ。それにしても、未婚者が多そうな場所ですか……」


「はい。私はこの港町に詳しくありませんから。貴方はここ出身でしたよね?」


「ご存じだったんですか」


「自分の神殿に仕える者のプロフィールくらいは、一通り頭に入っていますよ」


「……そうですか。では少し考えてみます」


「よろしくお願いします。未婚者ですから、できるだけ若いお方が多い場所が好ましいかと。あと……奥ゆかしい人より、積極的な方が多いところの方がいいですね」


「なるほど。ではいいところがありますよ。このすぐ近くです。きっとリス様好みの男が揃っていると思いますから」


「本当ですか! 是非お願いします!」


 クレイはリスティリスの手を引く。リスティリスは、まるで餌を目の前にした子犬のように、ルンルン嬉しそうな顔になって、彼に手を引かれていった。


「楽しみですね~……ところで私好みの殿方なんて、貴方はどこで知ったんですか?」


「顔に書いてあるじゃないですか」


「……?」


 ◆◆◆◆◆


 【小学校】


「……」


「……どうでしょうか、リス様。港町で一番大きな、子供のための学校です。今日も船乗りや漁師、それから商人などの子供達が、毎日楽しく学んでいます」


 目の前には、広場と小さな校舎。中から子供特有の甲高い声が幾つも聞こえてくる。どうやら今は算術について学んでいるらしい。


「……この子達、十にも満たない子ばかりのように見えるんですけど」


「はいそうですね。七歳から十二歳までの子供達です。というわけでさあ、存分に声を掛けてきてください」


「はい!?」


「ああ、女の子にかけちゃだめですよ。非生産的ですからね」


「貴方は私のことをなんだと思っているんですか!?」


「えっ、子供好きで、愛に飢えている……ショタコンじゃないんですか?」


 クレイは生真面目である。彼は他人を冗談に巻き込んだりしない。彼は至って真面目にリスティリスを小学校まで連れてきたのだ。


「ショタコン……と言うと?」


 一方、リスティリスは神殿外のことについて知らない。多少は神官たちから教わっているものの、その知識には大幅な偏りがある。


「ええと、その……まだ未成熟な男性……男児に興奮する性癖、みたいな……」


「違いますよ!? 私は愛に飢えているわけではありませんし、子供好きと言ってもそういうふしだらな理由ではありません! 子宝と安産の女神がそんな悪趣味な性癖を持っていたらこの世の終わりですよ!」


「そうですよね。僕もそう思います。だからこそリス様には失望したんですよ」


 もっともクレイが失望した理由は決してそれだけには留まらなかったが。リスティリスは心外だと言わんばかりに顔を真っ赤にした。


「許されざる誤解に対して訂正を要求します! 子宝と安産の神リスティリスは、年端もいかない子供に欲情したりしません!」


 至って真実であった。神とは純粋な存在であり、時としてその純粋さは外見や能力に見合わない歪さを生み出す。リスティリスの場合も同様だった。彼女は子供に欲情するどころか、成長しきった立派な成年男性にすら性的興味を抱いていなかった。女性に対しては言うまでもない。そもそも彼女にそのような機能が備わっているのかどうかすら怪しいものである。


「では何故子供が欲しいんですか?」


「純粋な意味で子供が好きだからですよ! だって小さい子って可愛いし、それに、子供達のきらきら輝く瞳には、これから未来へと続く無限の可能性が詰まっているんですよ? この子達は、これからどんな風に成長していくんだろう。どんな風に大きくなっていくんだろう……って、想像しますよね?」


「そこまで豊かに想像するかは分かりませんが……」


「……ともかく! 子作りは私にとってあくまで過程なんです! プロセスなんです! 避けられないからやるだけで、別にパスできるならパスしたって構わないんです」


「無茶苦茶なことを言い出しましたね。それに付き合わされる相手の気持ちにもなってください。いえ、それ以上に生まれた子供の……」


 行為の中に愛がないという点では、行きずりの売女も大して変わらないだろうが、彼女の場合は一見好意的に見えて行為そのものに価値を見いだしていないのだからより質が悪い。仮に彼女と交わって子を為す男がいたとしたら、その二人から生まれた子供は落差にうちひしがれてしまうだろう。クレイは頭を抱えた。


「だからこそ、真っ当に同意を得られる成年男性をターゲットにしようと言っているんです。年端もいかない子供達を騙して、望まぬ子を為そうなどとは考えていません」


「……では、この場所では駄目だと?」


「駄目ですね」


 チャイムが鳴った。校舎から子供達が飛び出してくる。休み時間らしい。


「それは困りましたね。僕はここ以外に未婚男性が確実に集まる場所を知りません。あとはどうやっても既婚男性と入り交じってしまいます」


「ならばクレイ、この際比較的未婚男性が多い場所……いえ、男性しかいない場所ならどこだって構いません。力尽くでこっちに気持ちを引っ張り込んで、一人一人精査していく形にしたいと思います」


「力尽くって、レイプはしないと約束したじゃないですか」


「レイプじゃありません! 力を使うんです。神の権能を」


「力?」


「忘れましたか? 私は子宝と安産の神ですよ。そして子宝を授けるというのは単に恵まれない夫婦との間の子作りを成就させるというだけではなく、夫婦の一方が乗り気でないときに、やる気を出させるという役割も含んでいます」


「はあ」


「つまりですね、私の力があれば男だろうと女だろうと発情させ放題なんですよ」


「……最低だ!?」


「クレイ、適当に男性しかいない場所を教えてください。そこに向かって広域発情権能を仕掛けます。視界に及ぶ全ての人間は、むらむらして異性を求めることになるでしょう」


「待ってください、本気でやるつもりですか?」


「ちなみにクレイ、貴方は離れていた方がいいですよ。広域発情献納は見境がありませんから、貴方も巻き込んでしまいます。つまらないことで、純潔を失いたくはないでしょう? 神官としての資格を得るために、今までずっと守り抜いてきたんですから」


「……」


 ちなみにそんなルールはない。神殿によっては巫女に処女性を求めるところもあるが、リスティリスの神殿は子宝の神殿であるが故に、巫女ですら純潔を要求されていない。まして神官に童貞を強いている神殿など、世界中どこを探してもありはしなかった。


 つまりクレイが童貞なのは、彼自身の問題である。リスティリスはそれを知らない。先輩後輩の女神から中途半端な情報を聞かされて、自分の神殿にいる職員は全員童貞と処女ばかりだと信じ込んでいる。


「……既に面倒に巻き込んでいるのですから、これ以上酷いことはしませんよ。貴方は存分に純潔を守ってください、クレイ」


 余計なお世話とはこのことである。

 今ここで襲いかかったら、女神はどんな顔をするだろう。クレイの脳裏にそんな悪しき考えが過ぎったが、実行には移さなかった。

 何故なら彼は、生粋の童貞だったからである。

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