下車
私用のゴタゴタが終わったので再開です。
バチリと全身に電流が駆け巡ったような痛みで飛び起きる。
「いたっ!」
ゴツンと天井に頭をぶつけ、そのままずるりと荷台から滑り落ちる。
ドスンとしりもちをついて見上げると、鋭い眼光が飛んできた。
目の前には仁王立ちの大男。
その隣にはローブを着た少年が杖を持って立っていた。
「立て」
大男のドスの聞いた声に思わずスクッと立ち上がる。
あまりの迫力に、考える前に体が動いてしまった。
するとクラリと眩暈がして、ふらつく。
思わず荷台に寄りかかる。
やばい。どれ位寝てたのだろう。
ジュラ紀の森の時と同じように、脱水症状が出てるようだ。
すると皮鎧の男が走ってきて、目の前に小樽を突き出した。
小樽に金属性の取手がついて、ジョッキのようになっている。
中で液体がチャポンと揺れた。
透き通っているところをみると水かな?
「飲め」
またドスの効いた声が飛んでくる。
少し不安だが、喉の渇きは本物だ。
手かせの付いた手で何とか受け取って、飲む。
あまり綺麗な水ではないのだろうか?
若干混じる土の味。
さらに小樽ゆえか少し木の香り。
そして何か入っているようで、薬っぽい味がした。
1ℓはあろうそれを、体が求めるままに一気に飲み干す。
ふうと一息つくと、皮鎧の男に小樽をひったくるように奪われる。
そして、それはやってきた。
そう。人間、入れたら出すのだ。
やばい。そうだ。こっち来てから一回もトイレ行ってない!
大も小も同時に襲い掛かってくる。
ヤバイ!我慢とかそういうレベルじゃない!!
額に脂汗がにじむ。
すると大男がスッと指差した。
「厠はあそこだ」
バッとそちらを見ると、木造の仮設トイレのようなものがあった。
初めてドスを効かせていない声だったが、そんなもの関係なく、
ギリギリ限界ラインを見極めながら全力でそちらに向かう。
「ジェシカ!俺は交渉をしてくる!絶対に逃がすなよ!」
「はいはい。私が逃がすわけないだろう?」
「よし。カシー!いつでも発動できるよう準備しとけ。」
「ちょっと!私を信用してないのかい!?」
「念のためだ。カシー、加護越えられるようにしっかりな。」
「はい!」
そんな声が後ろから聞こえて来たがそれ所ではない。
僕の目はしっかりとトイレのドアノブに向いていた。
どうにか無事に辿り着き扉を開ける。
中は木造りの床に楕円形の穴が開いていて、奥側に板が立っている。
昔の汲み取り式の和式便所にそっくりだ。
しかしながら汚れも無く、悪臭もしない。
奥の壁の木窓が開かれていて、中は比較的明るい。
何とか扉を閉めて、貫頭衣を捲り上げる。
ふと、足かせが外されているのに気が付いた。
これ幸いにとまたがって用を足す。
・・・ふぅ。乗り切った。
そして気づく。
拭くものがない・・・!
ここはそういう文化なんだろうか?
室内を見回してみるが、何も無い。
海外だと木の棒とか、水桶とかも聞くけど、
そういったものも一切無かった。
どうしようかと悩んでいると、
ふと、自分が着ている貫頭衣が目に入る。
これ、裂けないかな?
そう思った瞬間だった。
何かやわらかいものがぺちゃりとお尻に張り付いた。
「ぎゃあ!」
言葉にならない感触に飛び上がる。
ばっと後ろを振り返ると、粘液のような触手が穴から伸びていた。
フルフルと周囲を探るような動きをした後、するりと穴の奥に戻っていた。
「おい!どうした?」
何が起きたのか理解できないでいると、外から女性の声が聞こえてきた。
「い、いや、なんか黒い触手みたいのが・・・」
「ああ、スライムか。何だお前?スライムも飼えないような土地の出身か?
害はないから安心しな。綺麗になったろ?済んだなら出て来い。」
・・・確かに、違和感はなくスッキリしている。
なんだか初めてウォシュレットを使った時と気分が似ている。
しずしずと捲り上げた貫頭衣を下ろして、トイレの外へ出た。
外には二人立っていた。
ローブを着たカシーと呼ばれていたであろう少年と、女性だ。
二十台後半か三十台前半だろう。
皮鎧を着て、背中に弓とだずさえて、腰には矢筒が見える。
初めて見る人だなと思うのと同時に、包囲された時の記憶が蘇った。
左脇に刺さった矢。
思いだされた感触にバッと左わき腹を確認する。
「あっはっはっ!あん時はすまないねぇ。しかしあんたの加護は本当に凄いね!
矢を抜いたとたんに治っちまうんだもの!」
えっ?と顔を女性に向けると、少年が話しに割り込んできた。
「ちょっとジェシカさん!奴隷と話しちゃ駄目ですよ!」
「ええ?別にちょっと位いいじゃないか。どうせ旦那はしばらく帰ってこないし。」
「えっ。で、でも・・・」
「気にしすぎだって!それで、あんた。そんな加護一体どこで手に入れたんだい?」
急に問いかけられて、あたふたとしてしまう。
この世界に来て初めての会話だ。
加護を得た時を思い出そうとして記憶復元される。
痛い記憶を無視して、なんとか答えを返す。
「え、えっと、背中に魔物?の鱗が刺さった・・・から?」
そう答えると、二人の目が大きく開かれた。
「はぁ!?あんた・・・血肉を取り込んでってそりゃあ・・・」
「えっ。それで加護って・・・魔物じゃなくて魔従?でももっと上って・・・もしかして魔主!?」
『どんな器してんの!?』『なんで生きてるんですか!?』
二人に同時に問いかけられる。
どちらの質問も意味が理解しきれない。
器ってなんの?魔主って何?
「あの・・・器と魔王ってなんですか?」
「おい。」
質問を返した瞬間だった。二人の後ろから大男が声を掛けてきた。
「奴隷と話すなといっただろうが。」
「す、すいません!」
「なんだい。ちょっとした雑談じゃないか。しかしずいぶん早かったねぇ。」
「ああ、ちょっとな。それよりお前ら挨拶はいいのか?打ち首にされるぞ?」
そう言うと、大男の後ろからひょこりと人が現れた。
素人目に見ても物凄く仕立ての良いスーツの中にベストを着込んだ服装、さらりとした金髪。
狐目に緑の瞳、にやりと人を食ったような笑みを浮かべている。
そしてもっとも印象的なのは頭の上にある獣耳と、体の後ろで揺れる尻尾だった。
小金色で先が白くなるそれは、完全に狐だ。
「変化に失敗した狐じゃねーか!」と、心の中で突っ込んでいると、
「「申し訳ございません!!」」
二人が同時に跪いた。
「いえいえ~。良いですよ~?その顔を見れただけで満足ですから~。」
狐はへらへらと笑うと、僕に目を向ける。
スッと狐目が開かれて真顔になると、恐ろしく美形なのが分かる。
「これがザングツェルの連れてきた奴隷ですか~?」
「おい。今はザグだ。そんな大層な名前じゃねぇ。」
「そうでしたね~。それで?」
「はぁ。もう勘弁してくれ。奴隷はそれだ。」
「試しても~?」
「ああ、いいぞ。」
そんなやり取りが終わると、目の前に緑のもやが現れる。
「うわ!また!」
<呪文耐性Lv.1>を取得しました。
ばたばたと暴れているとアナウンスが流れた。
何!?呪文ってなんか掛けられてるの!?
「本物ですね~。これで欠片?」
「ああ。ジョシュが伺い立てた。」
「あの生臭坊主ですか~。彼なら間違いないでしょうね。入る宗派以外は~。」
「言ってやるな。良いやつだからな。それで、寝かすか?」
「ええ。その方が簡単そうです~。」
「ジェシカ!カシー!立ち上がっていいぞ。カシーは準備しろ。ジェシカは逃がすなよ?」
「はい!」「あいよ!」
途端に三人からの視線が刺さる。
狐は相変わらずニヤニヤと笑っている。
えっ?なに!?これどうしたらいいの!?
ここにきて初めてまわりを見回した。
近くに大きくて白い門があり、門から城壁のようなものが続いている。
ここは門に入るに馬車を降りるスペースのようだ。
先に見える多きなエリアには、馬以外にも、ステゴサウルスな生き物や、
大きな虎のような生き物、凶暴そうな牛のような生き物が繋がれているのが見える。
反対側は町並みが続いている。
白い門に向かう道は石畳のようになっていて、道沿いの建物はヨーロッパの町並みのようだ。
ふと行きかう人々を見てみると、そこには多種多様な人が居た。
黒人に白人にアジア人。頭までまるっと犬人に猫人に蜥蜴人。
獣耳に尻尾つき、角有りに肌だけ鱗っぽい人も居る。
さらにエルフにオーガというか鬼?さらにはゴブリンまで!?
町並みのあまりの人種の坩堝っぷりに、ポカンと呆けてしまった。
「おい!腹に力入れろよ!」
大男の声にはっとして、目を向ける。
その瞬間、大男から圧力が吹き出した。
物理的に周りの空気から押し付けられる感覚。
体が押さえつけられて息苦しい。
何とか抜け出そうと身をよじるが、抜け出すには至らない。
「この威圧で動きますか。ザグが買い取りを拒むわけですね~」
そんな言葉はあっさりと耳に届いた。
「いけます!」
「よし!いけ!」
少年のペンダントが紫に光る。
また強烈な眠気が襲ってくるが、今回は抵抗できる感触があった。
グッと奥歯をかみ締めて眠気を堪える。
「なっ!」
「おやおや~?」
ぐっと堪えていると、眠気が嘘のように吹き飛んだ。
「すいません・・・限界です・・・」
そういって少年が膝を突いた。
「おいおい、道中は効いたのにこりゃあ・・・」
「この短期間で耐性を得たのでしょうね~。」
「ちょっと手荒になるがいいか?」
「いえ、私がやりましょう~。それと、先ほどの条件は飲みますよ。」
「助かるが・・・本当にいいのか?」
「ええ。ここまでのモノだと捕まえるのも大変ですし、金額は多分・・・凄いことになりますよ~?」
「そこまでか。思わぬ拾い物だな。」
「喜ぶのは早いかもしれませんよ?縁ができちゃてますからね~。」
そういって狐は指揮棒のようなものを取り出した。
会話の間、大分弱くなった圧力から逃げようと頑張ったが、一歩踏み出すのが限界だった。
そして指揮棒がこちらに向けられ、軽く2回振られた。
すると魔方陣のようなものが浮かびあがるのと同時に、また緑のもやが出てくる。
何とか逃れようともがいていると、急に体が動かなくなった。
「ザグ、もういいですよ~」
「相変わらずのスピードだな。」
「魔方陣を読まない相手だから楽勝ですよ~。さあ、きびきび歩きなさ~い」
ふっと指揮棒を振ると、僕の体は勝手に動いて歩き出した。
「何なんだこれ!?」
「お口は閉じましょうね~。」
途端に口が閉じられ、僕は意思とは関係なく、白い門へ向かって歩き出した。
「ではザグ、落札を楽しみにしててくださいね~。一攫千金ですよ~?」
そんな声が後ろから聞こえた。