輸送
人?登場?です。
ふわふわとした意識の中、僕は真っ白な空間に居た。
ああ、夢なんだな。と思っていると視線を感じた。
視線の感じる方向に目を向けると、龍が居た。
翼龍なのだろう。
草原を彷彿とさせる緑色の鱗に覆われた体から、畳まれた赤い翼膜が少しだけ見える。
ワイバーンと呼ぶのは憚られる、神聖な雰囲気を持っていた。
じっと、そのルビーのような瞳がこちらを見つめている。
怖さは感じなかった。
むしろ、母性を感じさせるようなその視線に僕は安心感を抱く。
しばらく見詰め合っていた。
何かをする訳ではない。でも、凄く居心地が良い。
不意に、グッと意識が引っ張られる。
眼が覚める前の感覚だ。僕は名残惜しさを感じた。
まだこの夢を見ていたい。
そんな思いに相反するように、意識を引っ張る力がどんどんと強くなる。
そして名残惜しさをかき消すように、意識が浮上した。
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ふっと目覚める。
なんだろう。凄く気持ちのいい夢を見ていた気がする。
記憶に残したいのに、もう忘れてしまっている。
そんな夢だったようだ。
そしてその気持ちよさは、目覚めの違和感に吹き飛んだ。
真っ暗なのに見えている。
まるで暗視スコープを着けているかのように、暗闇の中で目の前にある、低い天井の木目までがはっきりと見えている。
さらに固い床に寝かされていて、ガタガタと揺れるその空間に、僕の認識が追いつかない。
ここはどこだ?それに視界がなんか変だけど!?
なんとか首だけ持ち上げて周囲を見回すと、更に状況が分からなくなった。
どういう状況!?どうなってんの!?
すると、急に感情が落ち着いた。
今まで感じたことのない感情の動きに驚いたが、
自分が獲得したであろうスキルの事を思い出した。
混乱耐性か、冷静沈着が機能したのだろう。
これ幸いにと、冷静になった頭で一つずつ整理していく。
一気に処理するには、周囲を含めて自分の現状は複雑すぎた。
「そうだ・・・あの時の黄色い光・・・」
記憶復元のスキルの所為だろうか。
鮮明に思い出されたベヒーモスが放ったであろう一撃に、背筋に寒気が走る。
こんな鮮明に思い出させるのはちょっと勘弁して欲しい。
そんな思いを余所に、その後の光景が思い出される。
そうだ。吹き飛ばされたんだ。
そこからは意識が途切れ途切れだったのか、
はっきりとしない。しかし、色々な衝撃を感じていた。
そして、最後に『冷たい』と思ったところで記憶が完全に途切れる。
もしかして、川か何かに落ちたんだろうか?
川に流されて、拾われて・・・現在に至る。とか?
そこで不意に、背中に刺さった紫色の鱗が思い出された。
やめて!鮮明に記憶復元しないで!痛いところ思いださないでー!
便利なのか不便なのか、コントロールできないスキルにやきもきしながらも、自分の体を確認する。
どこも痛くは無い。固い床に寝かされている所為か、凝り固まったような痛みはあるが、
どこも怪我している様子は無さそうだ。
「誰かが手当てしてくれたのかな?もう完治してそうだし、もしかして回復魔法とか?」
左腕が動くか確認するために、右腕と一緒に持ち上げる。
「でも、これは嫌な予感しかしないよなぁ...」
両腕には、手首の所で手かせが嵌められていた。
鎖などではなく、手首に合わせた形状の板を前後で合わせたような形だ。
真ん中に宝石のような石が付いている。
その石は、暗闇でやっとわかるくらいに淡く紫色に光っている。
ぐっと足元を持ち上げてみる。
こちらも足かせが付いていて、間を鎖でつながれている。
多分、歩幅くらいの長さだろう。こちらは石は付いていない。
どちらも布を噛ませてから嵌められているため、嫌な痛みや辛さは無かった。
丁重な扱いに複雑な気持ちになる。
そして、起きてからずっと続いているガタガタとした振動。
何か乗り物に乗せられているのは間違い無さそうだ。
揺れが大きいので、未舗装路を走っているのだろう。
振動に合わせて床が左右に傾いたりするから、サスペンションとかは無さそうだ。
馬車だろうか?また別物だろうか?
うーん。この世界の技術レベルが分からない…
服は、麻のような貫頭衣になっていた。チクチクして着心地が悪い。
長方形の布の真ん中に穴を開けて、そこに頭を通した状態だ。わき腹の辺りで紐でとめられている。
そしてこの開放感。うーん。ノーパンだな!スースーするし恥ずかしい!
どうやら身包み剥がされたようだ…。
そして、一緒に寝かされている人たちに目を向けた。
この狭い空間には、僕を含めて4人並べて寝かされているようだ。
右側に1人、左側に2人いる。
皆、格好はお揃いだ。貫頭衣を着て、手かせと足かせを着けられている。
そして眠っているのだろうか?誰も起きている素振りを見せない。
くっ!せっかくこの世界で初めて人に会えたのに!
コミュニケーションさえ出来ないなんて!
あ、でも言葉がわからないかも・・・
いざ助かったとしても苦労しそうだなあ。
右隣の人?を見てみる。毛むくじゃらだ。
顔が毛に覆われていて見えない。髪との区別があるのかもわからない。
手元は毛が無いのか、指と爪が見えている。
体型と手元だけで、どうにか人型なんだと理解できた。
左隣はエルフだ。
海外のモデルさんのような顔立ちに長い耳。完全にイメージ通りだ。
耳を傷めないためだろうか?頭の下に枕のようなものが置かれていて、
動かないように頭に回した布が、額の所で縛られている。
少し体を起こしてエルフのその奥に目をやる。
そこには、猫型の獣人って表現がぴったりの人が居た。
手元はよく見えないが、肉球なのだろうか?気になる。
うーん。異世界の亜人であろう人々を見ても、そんなにテンションが上がらない。
眠っているってのもあるけど、それ以上に状況がなぁ。
「たぶん、奴隷商人ってやつだよな?」
僕、売られるのか・・・
というか、そもそも売れるの?
異世界人はお高いのか?
今の自分の扱いを見ると、商品としては丁寧に扱われるのかもしれない。
でも、奴隷と言う最底辺であろう階級には不安しか残らない。
逃げるにしたって、情報が不足しすぎている。
ベヒーモスやワイバーンが当たり前ように狩られる世界だったら、
僕なんて瞬殺だ。あ、でもそこまでいくと捕まえるのなんて簡単か。
それ以前に逃走できる可能性が0だ。笑ってしまう。
逃げる事に関しては一旦置いておいて、最後の疑問について考える。
暗視スコープのように見えている視界だ。
真っ暗なはずなのに、白黒だがはっきりと見えている。
なんだろう。意識の無い間に暗視のスキルでも獲得したのだろうか?
そういえば、周りの亜人たちは目覚めない。
まるで、僕だけが何かのきっかけで目覚めたようだ。
これもまたスキルだろうか?
意識の無いなかでもアナウンスされるのかな?
あー!もう!なんでスキル一覧とか見れないかな!?
答えの出ない疑問に考えがぐるぐると堂々巡りを始めた時、
ガタガタとした振動が止まった。
外から、男達の声が聞こえてくる。
壁が厚いのか、内容までは聞き取れない。
もしかして目的地に着いてしまったのかと不安がよぎる。
ドキドキしながら待ってみるが、一向に状況が変わらない。
男達の声が聞こえるだけだ。
すると、少し離れた場所からだろうか?
ドンという大きな音がしたかと思うと、男達の掛け声が聞こえてきた。
なんだろうこの状況?でも既視感があるような・・・
そうだ。キャンプ場だ。
昔家族でキャンプ場に行ったとき、
普段街中しか運転しないお父さんが車をぬかるみに嵌めてしまった時だ。
近くに居た人たちも手伝ってくれて、掛け声を合わせて車を押したっけ・・・
僕も一緒になって押したが、当時は小学生だ。
役にたってはいなかったはずなのに、周りの大人に凄い褒められたなぁ。
なんて思い出にふけっていると、掛け声が歓声に変わった。
すると、またガタガタと揺れ始めた。
バシャバシャと水音が聞こえたかと思うと、
何かを乗り越えるのだろうか?
部屋がふわりと持ち上げられた感じがした。
そして、嫌な予感がしたのと同時だった。
ドンという着地と同時に、天井に思いっきり頭をぶつける。
「痛っっ!!!」
思わず声が出てしまった。
焦って外の様子を伺う。
・・・先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。
外で誰かの怒号が飛んだ。
やばい。目覚めているのがばれてしまった・・・?
また、ガタガタと動き出すと、壁の直ぐ外から
「エイ!オー!」「エイ!オー!」
と掛け声が聞こえてくる。
どうやら、急な斜面を登っているようだ。
掛け声は世界が変わっても似たようなものなんだなという微笑ましい気持ちとは裏腹に、
その裏で聞こえてくる怒号と物音に、嫌な予感しかしない。
掛け声が止んだ。急斜面を登りきったようだ。
そして平坦になったところで、少しガタガタと走ったところで止まった。
外では怒号が飛び交っている中、足元からガチャガチャと鍵を開けるような音が聞こえてくる。
やばい!どうする?
この状況はどうするのが正解?
えーとあれだな?大人しくしとくのが正解かな!?
暴れたりしなければ殺される事はない筈だ!
僕は狸寝入りを決めることにした!