落下
それは5月の終わり、初夏の気配がして来た日。
梅雨入りはまだのようで、快晴だった。
僕は午前中に高校二年生になって初めての中間テストを終え、最高にハッピーな気分で自転車を漕いでいた。いつもの通学路が輝いて見える。
テストのプレッシャーから解放され、更にはきつい部活も無い。
ん?テストの結果だと?
そんなもの、答案が返って来てから困れば良いのだ!
さて、これからどうしよう?
まっすぐ家に帰って、今ハマってるレトロなRPGの続きをしようか…?
それとも駅前まで足を伸ばして、たこ焼きで腹ごなししてからゲーセンでも…
「えっ?」
目の前に黒い穴があった。
これからの予定を考えるのに気を取られていたせいか、気付いた時にはもう前輪が穴に入っていた。
なすすべもなく、僕は穴に落ちた。
「あ、死ぬ…?」
と、思ったら底は意外と浅く、ガシャンと音を立てて着地した。
「〜〜〜〜!」
体を自転車のフレームにぶつけて、声にならない痛みが走る。
ギュッと目をつむってうずくまりながら、
一体誰だこんなところに穴を掘った奴は!
と、怒りをしこたま抱えながら痛みが引くのをじっと待つ。
…やっと落ち着いて来た。
血が出て無ないといいなぁ。
と、目を開けると違和感に気づいた。
周りが凄く明るい。
そして濃厚な草と土の匂い。
あれ?穴に落ちたんだよな…?
顔あげるとジュラ紀だった。
何を言ってるかわからない?僕もわからない。
目の前の景色が、N◯Kでやってるジュラ紀の再現VTRと全く同じだったのだ。
見たことの無い草や木が生え茂り、先ほどまでの気候が嘘のようにムワッと蒸し暑さがやって来る。
ブレザーを着た体が汗ばむ。
「ジュ、ジュラシックパークにでも来ちゃったのか…?」
はっと気がつき、周りを見回す。
幸い、恐竜は居なかった。
そして、自分が落ちて着た穴を確認しようと上を見上げる。
高さ2m位の所に大きなひび割れがあった。まさに空間が割れてる。アニメとかSFとかの表現そのままだ。そしてその先には、木々が生い茂る周りの空とは大違いの、先ほどまでの快晴の空があった。
「ずけぇ…アニメとかでよく見るやつ…」
と感心したのも束の間、どんどんひび割れが閉じて行ってるのに気がついた。
「とりあえず戻らないと!って痛ッ!」
無理に立ち上がろうとすると、先ほどの打ち身が痛む。骨は折れて無い…よな!?
何とか立ち上がり、ひび割れに手を伸ばす。
そして、手がすり抜けた。
「えっ!?嘘だろ!?」
掴めない。ひび割れには手が届くのに、周りが掴めない。その先には先ほどのアスファルトの地面があるはずなのに。
伸ばした手には、初夏の風が当たるのに。
「えっ、ちょっと待ってくれ!」
いくら手を伸ばしても、すり抜ける。
その間にもドンドンとひび割れは小さくなって行く。
「待ってくれ!お、おーい!誰か!誰かいないのか!?助けてくれー!!」
呼びかけても反応が無い。もうひび割れは人がギリギリ通れる大きさしか無い。
「そうだ!物を使えば!」
ブレザーを脱いで、向こうとの繋がりとする為に、手に持って振る。
しかし、それでもすり抜ける。
「そんな!待って!待ってくれ!」
「っうわ!?」
みるみる小さくなったひび割れは、最後に伸ばした手を異物のように弾き飛ばした。
その勢いで尻餅をついた僕は、呆然と先ほどまでひび割れがあった空間を眺める事しか出来なかった。
そして頭の中に声が響いた。
<苦痛耐性Lv.1>を取得しました。
<状態異常:絶望(小)>になりました。