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花火

作者: 速水凛

ヒュー、ドドン!

空気を揺らすような打ち上げ花火の振動が締め切った窓を通して伝わる。夏に1日だけ行われる花火大会はこの田舎での夏の一大イベントといっても過言ではない。一ヶ月前からマドンナが誰と行くだの浮き足立っていた我がクラスメイトの大半は今頃りんご飴など食べながら肌で振動を味わっていることだろう。 そんな中僕は、

ギシッ、ギシッ、ギシッ

…どうして廃校舎に忍び込んでいるのだろうか。


話はちょうど1ヶ月前にさかのぼる。 花火大会の日程が公示されたその日、僕は部活後幼地味の女子と帰っていた。他愛のない話をして帰った代わり映えのない日と、彼女は言うだろう。…僕にとっては自分史上最も緊張した日だったけど。普段通りを装いながらついでとばかりに言えるように必死にタイミングをはかって、でも口を開けると空気しか出なくて。そんなことを繰り返していたその時爆弾は急に落とされた。

「ねぇ、そういえば花火大会さ、」

彼女がそう言った瞬間、蝉の声に負けないくらい大きく心臓が跳ねる。思わずポケットに手を突っ込むとじんわりと不快な感触が伝わった。

「おー。」

喉から絞り出した声で必死に平静さを装う。蝉の声も聞こえないほど心臓がうるさいのに「花火大会」って言葉が頭の中でぐわんぐわんと反響して頭の中がぐちゃぐちゃだ。 そんな自分が見透かされそうで、そっと目線を車道側に向けた。そんな僕の心境を全く知らないのであろう彼女はなおも続けた。

「なんか廃校舎の屋上で観るとお化けが出てくるんだって。」

一瞬何も聞こえなくなる。

「…は?」

音がするほど勢いよく彼女の方を向くと赤くなった頰でへらりと笑っていた。 …その赤さが僕のせいならどれだけいいか。

「だからさ、本当かどうか一緒に確かめに行こうよ!花火大会の日なら誰もいないだろうしさ。」

呆然としてる僕を黙って見ていた彼女は徐々にふくれっ面になりわざとらしく腕を組むと目を眇めて僕を見た。

「…別に嫌なら他の子誘うからいいよ?」

ちょっと待て!僕は勢いよく首を横に振った。 少し逡巡してから目線を落として息を吸う。

「…花火大会暑いだけだし、涼しい廃校舎の方が幾分かマシだろ。」

あぁ、素直に動かないこの口が憎らしい。君と一緒なら、他の奴らの牽制になれるならどんなに暑くたって行きたいというのに!

「じゃあよかった! 待ち合わせ場所とかは明日決めよっか。それじゃあまた明日。」

そう言って曲がり角で走り去る彼女をぼんやりと眺める。見えなくなった後僕はゆっくりと膝をついた。 …あぁ、神様。どうして僕は好きな子と一緒に花火ではなくお化けを観に行くことになってしまったのでしょうか。


「階段あったよ!ほら、はやくー!!」

彼女の声がやや先の方から聞こえる。

「お前はやすぎ。」

呆れたようにそういうと僕はいつもより僅かにはやく歩を進めた。

近くに来たことを確認して満足げに笑うと彼女は階段を登り始めた。木造である旧校舎はギシギシと床の音を鳴らす。その音が2つであることに密かに安堵しながら階段を登る。この学校は少し変わっていて階段が西側と東側に互い違いにある。そのため1階を含めれば廊下を計3回歩かなければいけない。屋上が4階だから、あと2階のはずだ。

蒸し暑い校舎の中、しばらく廊下を歩く足音と互いの息遣いだけが響く。3階の階段が見えた時ふと口を開いた。

「なぁ、なんで花火大会でお化けが出るんだ?」

花火自体が明るく派手なものであるせいか、幽霊と花火がうまくつながらなかったのだ。この地域特有の幽霊が出てきそうな要因というのも聞かないし。

「ふっふっふ、いい質問だね!」

彼女はそういうと息切れをしながらも揚々と話し出した。

年の離れた彼女の姉曰く、この旧校舎の前には病院が建っていたという。ある時、そこに入院していたとある少女は骨折して病院に通っていた青年と出逢い恋仲になったらしい。しかし少女の容体は日に日に悪化し、ついには歩けないほどになった。毎年外で鮮やかな花火を観ることを楽しみにしていた彼女は絶対安静を言いつけられた。だが諦めきれなかった彼女は青年や看護婦がこない時間を見計らって車いすでそっと病室を抜け出し屋上へ花火を見に行った。エレベーターもない時代だから階段は歩きである。手すりにつかまりながら一歩一歩ゆっくりと歩いた彼女は震える手でドアを開けると同時に力を使い果たし、花火の振動を肌で感じながらも観ることなく倒れてしまった。という話らしい。

「だから花火をみれなかった彼女の亡霊が毎年出るらしいのだよ。」

そういうと彼女は話を締めくくった。ちょうどと言わんばかりに再び階段が見えてきた。これを登れば屋上だ。彼女の方をさりげなさを装ってチラッとみると真剣な目で屋上の方を真っ直ぐ見ていた。手が僅かに震えているのが目に入る。…そういえば昔はこいつほんとお化けの類苦手だったからな。 普段飄々としてるこいつでもやっぱり緊張してるんだろう。

…勇気を出すんだ、僕。

彼女の手を掴むと自分のカバンに押し付けた。

「この階段急だし掴まってれば。」

頰が熱くて熱くて、そっぽを向く。

「…いざという時には道連れにするからね。」

ぶっきらぼうな声が聞こえて喉で笑ってしまう。 彼女が軽く背中を叩いたので悪い、と軽く謝ると階段に足をかけた。

ガチャッ

思ったよりも軽い音を立てて扉が開く。

ドーン!!!

そして視界一面に色とりどりの花火が広がった。

「わぁぁ! すごい、特等席だねっ。」

彼女は感嘆の息を漏らすと手すりの方に駆け寄っていった。間接的とはいえ離れてしまった熱に一抹の寂しさを感じながらもせっかく来た屋上を散策していると背後からコツッという足音が聞こえた。

「こんなところで花火見物とは粋ですね。」

叫びそうになった口を必死に抑える。後ろには見知らぬお爺さんが立っていた。その人は僕の返答を知っているかのように続けた。

「大丈夫、誰にも言いませんよ。私も許可は取っていませんし。」

そういうと彼は薄く微笑んだ。ようやく頭が回り始めた僕は口を開いた。

「あなたはここの卒業生ですか?」

すると彼はクスリと笑った。

「ここは私にとって思い出の場所なんですよ。昔ここに通っていたもので。」

そういうと彼は懐かしそうに目を細めた。…まさか本当にここの卒業生だったとは。

「ここにくる人がまだいたとは思いませんでしたけどね。」

そういうと、こっちを向いてニコリと微笑んだ。

「貴方は毎年ここに来ていたのですか?」

「はい、毎年妻と見ていました。彼女はここから見る花火が好きなもので。…今年はもう一緒に見れないのですけどね。」

寂しそうに呟かれた一言に僕は息を飲んだ。彼はなおも続ける。

「貴方はそこの彼女と?」

僕はそっと頭を縦に振った。それを見て彼はちょっと困った風な顔をした。

「そんな顔をしないでください。私はもう十分に彼女と添い遂げられたのですから。」

「でも…」

僕が躊躇っていると彼は少し怖い顔になった。

「人を傷つけることを過剰に恐れてはいけませんよ。大事なものを他の人から守る時、貴方は必ず人を傷つけることとなる。要はその覚悟を持てるかどうかです。」

ードドドーン!

一際大きな花火に照らされながら彼は優しく微笑んだ。

「…さて、花火も終わったことですしこれ以上夜遅くにここにいるのは推奨出来ません。夜道を帰らせるわけにも行きませんし、あなたと、その彼女も一緒に送りましょう。」

そういうと彼は歩き始めた。黙っている僕に気づいたのか振り返ると彼は老人の戯言と聞き流してくださって結構なのですが、と前置きをしてからこう言った。

「私たちが思っている永遠というのは想像以上に短いものです。後悔しないようにしなさい。」

僕は、目を閉じて彼女のことを考えるとゆっくりと目を開けた。大丈夫、の意を込めて僕は声を出す。

「はい、ありがとうございます。」

そんな僕の顔を見ると彼は満足げに笑った。

「その顔つきならば大丈夫そうですね。」


「楽しかったねー。」

家の近くで別れたあと、歩きながら彼女は笑った。この笑顔を僕に向けてもらえるのは一体いつまでなのだろう。ふと頭の中にあの人の言葉が蘇る。

ー後悔しないようにしなさいー

僕は立ち止まってギュッと拳を握った。心臓がかつてないほどに大きく鳴っている。

「…英ちゃん?」

着いて来ていない僕に彼女が振り返って声をかける。

「好きだ。」

今まで口から出さないよう務めていたはずだったその言葉は思った以上にするりと口からこぼれ落ちた。彼女が大きく目を見開く。

「え、なんで私?」

その言葉にムッと眉をひそめる。

「なんでってなんで。」

「だって私背が高いし」

ー目線を合わせやすくて好きだ。

「声だって妙に高くて」

ーどこにいたってすぐにわかる

「性格だってめんどくさいし」

ーだからこそ放っておけない

え、あ、う、なんて挙動不審な彼女の目をまっすぐに見つめると僕は目に精一杯の愛しさを込めて微笑んだ。

「なんて言い訳したってさ、無理だから諦めなよ。僕はそれら全てがお前を構成しているから好きになったんだから。」

そういうと彼女は堰を切ったように泣き出してしまって、僕は彼女が泣き止むまでその細い体をそっと抱きしめていた。

その後手を繋いでいつもよりもゆっくり歩いた帰り道。その日、間違いなく僕は世界一幸せな男だった。


ぎこちなくも幼地味から2人で恋人への道を歩み始めたある日、偶然にも帰省していた彼女の姉、真琴と下校の時にあった。

「あれ、姉ちゃんどうしたの?」

「お線香あげにちょっとね。」

昔お世話になった先生が亡くなってしまったらしくお線香をあげに行った帰りらしい。

「そういえばあんた、あの子と付き合ってるんだって?」

世間話をしながら歩くこと数分、爆弾は唐突に落とされた。

「え、は、ちょっ」

ニヤニヤと笑っている姉ちゃんを見ると益々頬が熱くなった。姉ちゃんはなおも続ける。

「しかも花火大会旧校舎の屋上で見たんでしょ?隅に置けないやつだね。」

それに違和感を感じたままに問いかける。

「花火大会の日屋上で観るとオバケが出るって噂、姉ちゃんがあいつに言ったんだよね。」

目を見開いた姉ちゃんが思わずと言った風に呟く。

「それ、あの子が言ったの?」

目がまん丸になっているその顔は彼女とよく似ていて思わず口角が上がる。

「うん。なんか連れてかれた。」

そういうと、姉ちゃんは盛大に笑い始めた。

「うわー、マジかぁ。我が妹ながら中々にめんどくさいな。それ、違うよ。」

姉ちゃんはチラリと後ろを見ると少し背伸びをして口を耳に寄せて…

「こらー!!」

後ろから急に彼女の声が耳に飛び込んで来た。それと同時に肩に重みがかかる。

「お姉ちゃん彼氏居るんだから浮気しちゃダメだよ!!!」

僕の肩に手をつくと姉ちゃんに怒鳴る。ムーって丸く膨らんでいる頬っぺたが可愛い。

「ゴメンゴメン。いいこと教えてあげるから許して。」

姉ちゃんは反省のかけらもないようで、手を前にあわせると満面の笑みで謝った。

「いいこと?」

訝しげな顔をした彼女にニヤリと笑うと楽しそうな顔で爆弾を落とした。

「花火大会を屋上で見るとね、オバケが出るんじゃなくて一生一緒にいられるってこと。」

「…へ?」

僕はバッと音がしそうなほどの速さで彼女を見ると目を見開いた。

「…うあ、あ。」

カァァという音がしそうなほど顔を真っ赤に染めると僕の存在に気づいたようだ。思わずにやけてしまう。

「え、あの、そのね、えっと…先帰るね!!!」

そういうと彼女は家の方向へものすごいスピードで走り出した。

呆然としている僕に後ろから声がかかる。

「追いかけてあげなくていーのー?」

そんなの、言われなくても行くに決まってる。僕は何も言うことなく走り出した。


「いやー、青春だね。」

1人取り残された真琴は2人が走り去った方を見ていた。伊達に昔から2人を見守っていたわけではない。お互いが好き合っていたことなどとうの昔からわかっていたのだ。でも、2人が結ばれたというのなら自分があの話をしたかいもあったというものだ。

あの子にはそう言ったけど、本当は旧校舎の屋上で花火を見ると永遠に一緒に居れるというよりは後押しをしてくれるというのが正しい。しかも、毎年来ている例の病院の話の夫婦がお互いをそっと後押ししてくれるというものだったりする。でも、おそらく彼は自分の力でなんとかしたのだろう。花火大会の前日、夫であり私の恩師であるその人はこの世を去ったのだから。いや、先生なら霊体でもになっても手助けしそうだな。そう思ってクスリと笑った。

「先生、あの子達を手伝ってくれてありがとうございました。」

そういうと私は空を見上げた。


雲の上で先生が笑った気がした。


読んでいただきありがとうございました!

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