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ブルーの流れの中で

 毎日訓練を行いそしてイベントの日にその成果を披露する。華やかに思えるブルーインパルスのパイロットの日常はハードな仕事ではあるものの意外と単調である。訓練と対話を繰り返し重ねてよりチームワークを育む。そんな変わらぬ日常が続いているようで少しずつ変化をしている。

 白勢一尉が三番機の後部座席に乗るようになり、津村三佐が一番機の操縦席に座るようになるのを見かけるようになると、彼らとも共に飛べる悦びと、いずれ訪れる別れの予兆に若干の寂しさを覚える。

 ブルーインパルスの任期は基本三年。初年度は訓練待機(TR)(Training Readiness)パイロットとしてアナウンサー等の広報活動を行いつつ技術を先輩パイロットに学び習得し、二年目は任務待機(OR)(Operation Readiness)パイロットとして展示飛行等の活動を行い、三年目は任務待機パイロットとして活動を行いつつ訓練待機パイロットを指導し技術を伝授する。それを繰り返していく。

 ブルーインパルスの一員となるとは、個の誉れの為という意味合いより、輝かしい歴史の一部分を担える栄誉を受けるということ。伝統をしっかり受け継ぎ、さらに後任者にそれを引き継がせブルーインパルスの伝統を守り、誇りを胸に人々に感動を与え続けること。

 俺は大きなブルーインパルスという流れの中で、先代五番機パイロットからの指導をうけ、卒業していく先輩を見送り二年目の今任務待機パイロットとして飛んでいるに過ぎない。そして来年は後任者を指導して去っていく。それだけ。去る分には基本元の基地に戻ったりするだけで、変わらぬ忙しい空自での日々が続くので寂しさはそこまで深くないのだろう。しかし松島基地内で当たり前のように共にいた人が去られるのは、それが予め決められている流れだとしても寂しいものだ。

 三番機の因幡一尉は後継パイロット候補だった人物が事情により外れる事になり不在になった事で、異例なことに今年で四年目を迎えている。それだけに待ち望んだ後継パイロットが来た事が嬉しいのだろう。白勢一尉の事を可愛がっている。白勢一尉とキーパーらを交えて笑いながら賑やかに雑談しながら指導をしているようだ。

 一方一番機の玉置隊長と津村三佐は年齢も近い事もあり穏やかでかつ冷静なやり取りで対話し関係を深めている。二人とも一番機パイロットに選ばれているだけに優れたリーダーシップをもつ人物、三番機の師弟コンビに比べると大人な関係に見える。隣にいた鳥栖が俺の視線を追って目を細め頷く。

「あぁ……」

 鳥栖にしては珍しく言葉を続ける事はなかったが、同じ思いを抱いたからだろう。

 鳥栖はここの隊において同期なこともあり、ポジションは異なるものの共に努力し悩み学び成長してきた。こちらに転任し自分では冷静にこなしてきたつもりだが、修得するべき事も多く、さらに広報的意味も多くて人にその姿を晒されている。ということもあり緊張もより大きいし、必死だった。任務待機になった最近になり漸く落ち着いて周りをゆっくり見る事が出来てきてきた気がする。


 俺の前任者は寺田三等空佐でいつも穏やかな笑みを浮かべている優しい人物だった。ガッツリした身体と顔をしており、最初の印象は【大仏】。見事なまでの福耳と額の真ん中にある大きな黒子がより大仏感を濃くしている。俺より三つ上だが基地の中で一番年上に見える福々しい貫禄を持っていた。思えば俺が僧侶扱いされるのも、寺田三佐の横にいつも居たからだと思う。

 口数も多くはなく、『良いね~』『さすが杉田くん』『見事だったよ』と褒めて伸ばそうとしてくれていたようだ。仏顔を崩して怒られた記憶が全くない。注意する時も『あそこの動きはもう少しキレを持たせた方がもっと、格好よくなるから』と特別な秘術を授けるかのように何故か嬉しそうに伝えてくる。そんな面白い所があった。唯一何度も注意されたのは『折角楽しく仕事しているんだから、それを顔に出そうよ~笑おうよ』という表情について。笑っているつもりでも余りそう見えないのが俺の困った所。寺田三佐は鳥栖以外の他のメンバーとは異なり、顔に出にくい俺の感情を察してくれる人だったようで、表情の作り方だけをやんわり注意してきた。

「君はイケメンなのだから笑うと魅力も倍増だよ」

 そのような言い方もして俺を戸惑わせる事もあった。

「イケメン?」

 俺は首を傾げるしかない

「そうだろ、端正な顔をしてシュッとしている。羨ましいよ」

「そうですか?」

 俺の冷静な返しに寺田三佐は大げさに溜息をつく。俺が煽てられて照れるのを期待していたようだ。

「イケメンだよ~君は。渋い落ち着いた感じの!

 その点、俺はね。中学の時から既に【オッサン】呼ばわりだった。君にはそんな経験ないだろ! 子供の友達のお母さんからも、『杉田さんの旦那様、素敵よね♥』『カッコイイわね~♥』とか言われているタイプだろ? 君は」

 そりゃ本人を前に、『怖そう』とか『微妙ね』とかは言わないだろう。

「それは社交辞令では?」

 そう返すと寺田三佐は目を細めて俺を見上げてくる。

「あのな、女性はその点正直だそ~! 俺なんて『優しそうな人ね』『頼りがいありそうね』とかしか言われないぞ」

 『神々しい』『徳が高そう』とは言われなかった事が意外である。妻は寺田三佐の事を実際そう言っていて、俺を任せて安心と喜んでいた。

「お前、今失礼事を考えていないか?」

「いえ、まったく」

 共にいて会話をそれほど活発に交わすわけでもないが、全く苦にもならず落ち着いた気持ちで過ごせた。会話していてもこのようにどこか惚けた話ばかりをしていた気がする。

 賑やかな三番機のメンバーを見つめながら去年のそんなやりとりを思い出していたら、鳥栖が何故か笑い出す。

「いや、給湯室での寺田三佐の様子を思い出して」

 俺が首を傾げると、鳥栖はニコニコと説明する。鳥栖の不思議な所は、俺が正に今頭に思い浮かべていた風景が見えているのではないかというタイミングで話を始める所。丁度給湯室での会話を思い返していただけに、そんな俺の頭の中を見て笑い出したのだろうか? と一瞬馬鹿な事を考えてしまった。

「荘厳なお堂に入ったかのような雰囲気になっていて、皆つい手を合わせそうになっていたよ」

 俺はフッっと笑ってしまう。美味しそうに珈琲を飲む寺田三佐の表情は、それは後光を背負っているのではないかというくらい神々しい素晴らしい表情だったから。

「(寺田三佐の)あの雰囲気は見事だったからな。(祈ればご利益間違いないという感じで)」

 鳥栖はチラリ何か言いたげに俺を見つめる。

「杉田との相乗効果も凄まじかったからな」

「何だよ、それ」

 鳥栖はイマイチ話がみえない俺にニコニコと笑う。

「ああいう【有難い】雰囲気って、無意識にしているから良いんだろうね……。

 カフェ~珈琲飲みたいな~」

 鳥栖が珈琲をせがんでくるので、珈琲を淹れに行くことにした。

 鳥栖は冷蔵庫に凭れ楽しそうに珈琲の粉が、お湯を落とすことで膨らんでいく様子を見つめている。

 お湯を豆の上に注ぎながら俺は来年の事を考えていた。

 ある程度粉が膨らんだタイミングで、俺は一旦お湯を落とすのを止め蒸らしに入る。

 来年は指導する立場になる。もちろん今まで沢山の上官に指導され、そして自分自身も部下を指導してきた。寺田三佐もそうだったが、俺の指導官には口数は多くはなく、『見て感じて覚えろ!』というタイプばかりだった。それで俺自身はまったく困らなかったので、俺もそういうスタンスで教えてきた。

 その方法だと八割は何事もなく成長を見せてくれる。しかし一割は自分で気付き見つけるのに時間がかかり、一割は激しく自己嫌悪に陥り悩みを深くしていった。ブルーインパルスパイロットの訓練待機の期間は覚える事の多さに比べ短い。そんな深く悩まれたりする時間はない。

「淹れている最中の香りって本当に最高だよな~」

 鳥栖のそんな声に今日の珈琲豆の説明をしつつ、再びお湯を注ぎ本格的に抽出を初める。ポタッポタッと落ちていたお湯が細い筋となって落ちていく。

 やがて落ちてきた珈琲がある量まで達した所でサーバをガラスポットから外し抽出をやめる。折角の珈琲に雑味を入ることを止める為に。

 カップに注いだ珈琲を、美味しそうに飲み、いつもながらに的確にその味の特徴を理解し表現する鳥栖に感心する。

「お前は……」

 俺の言葉に視線を上げる。

「ん?」

「来年、訓練待機パイロットが来ても良い指導官になるんだろうな」

 俺の言葉に鳥栖はウーンと言葉を出して考える。

「まあ、来た所で、相手とのフィーリングで頑張るしかないかな」

 そう言って明るく笑う。この明るさと物事を的確で冷静に見極める判断力。柔軟性もあるから容易く指導していけそうである。

「お前の下に来る奴は幸せよだよな~。悩んでいても『コレでも飲め』とか言われてクールに珈琲を出される! もう『先輩! ついて行きます!』となるしかないよな。俺もそうだったけど。そこでガッツリ心を掴まれた」

「何言っているんだ……」

 鳥栖の言葉にフッと思わず吹き出してしまう。俺の言動を見て、俺が今感じた(ささ)やかな不安を察した鳥栖の優しいエールの言葉だというのも理解した。

 学ぶべきは操縦技術だけでない。ここには空自でもあらゆる意味で一級な人間が揃っている。学ぶべき事も多い。別れの予感に感傷に浸る場合ではなく、玉置隊長や因幡さんをはじめそれぞれの姿をみせて頂き、学び今後に生かすことがここでの出会いをより意味のあるものになるのではないだろうか? だったらより今の彼らとの時間を大切にしていかないとならない。そう思うと気持ちも楽になり、よりここでの時間を楽しる気もした。

 


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