モーニングサービス
「おはよう~。はい。俺の嫁さんがコレ持たしてくれたんだ」
朝の七時丁度に因幡さんは俺の部屋にやっってきた。代わりに出てもらった鳥栖がいつものニッコリとした笑顔で因幡さんを迎える。
「おはようございます! あっ、このパン屋人気なんてすよね♪ 嬉しいです」
ニコニコと受け取ろうとする鳥栖に因幡さんは手にもったパンの袋をひき中に入ってから俺にわたす。
「おはようございます。お気を使わせてしまい申し訳ありません」
よく鳥栖と共に出勤するのを見て、因幡さんもモーニング珈琲をウチで飲んてみたいという流れとなり今日のこの状況。半分社交辞令なのかな? とも思っていたのだが、シッカリ『いつ行けば大丈夫か』とコチラの都合まですぐ聞いてきたので本気である事を察した。考えて見たら因幡さんは明るく冗談を交えて話す朗らかな方ではあるものの、そういう所で適当な事をいう人ではない。
「いやいや~。美味しい珈琲頂くのに手ブラという訳にはいかないだろう」
俺は因幡さんに椅子を勧め座ってもらう。
美味しい素敵なパンが来たという事なので冷蔵庫から卵三個とベーコンだけを取り出した。フライパンにベーコンを並べ卵焼を三つ割り落とし少し水を入れて蓋をする。三枚の皿にサラダを取り分け、カットしたオレンジを添えた。
少し悩んだ結果ウガンダ産エルゴン山の豆を選んだ。ピーベリーと珍しいモノが手に入ったので折角来てくれた因幡さんに楽しんでもらいたい。ピーベリーならではの丸さのある豆をミルに入れてひいて立ち上る香りを楽しみドリッパにセットした。
「しかし……鳥栖なんでもういる? まさか昨晩からいるって事ないよな」
怪訝そうに鳥栖を見る因幡さん。
「まさか! 俺も今来た所です。
おぉ~♪ すぐ売り切れるという幻のクロワッサンもある!」
鳥栖は嬉しそうに、パンのはいった袋を上から眺め目を細める。俺は大きめの皿を渡すと、鳥栖はその皿に頂いたパンを並べてくれる。
因幡さんは呆れたように鳥栖を見ている。
「お前さ~杉田の家に馴染み寛ぎすぎだろ。ここんちの子か」
因幡さんのツッコミを気にする様子もない鳥栖。マイペースなのが鳥栖という男。
「そんな特別なパンありがとうございます」
そう俺がお礼を言うと因幡さんは少し照れた顔をする。
「いやな~。俺ではなく、嫁が単身赴任で頑張ってるお前にと、買ってきてくれたんだ」
なんか愛する妻の話をする因幡さんの雰囲気が微笑ましい。
「嬉しいです。奥様にも宜しく伝え下さい」
「あっ、いや~、ああ」
俺が豆をセットしてお湯を落とし始めていると、因幡さんはテーブルに座り部屋を見渡す。部屋に珈琲のアロマが広がっていく。
「にしても、杉田の部屋って想像していたのと……随分違うな~」
まあイルカグッズが散在していて、壁に息子達の書いたT-4の絵が貼ってあり、どちらかと言うと可愛くて、いい歳した男の一人暮らしのイメージとらかけ離れているとは思う。
「なんか落ち着きますよね、因幡さんはどういうの想像していました?」
鳥栖は順応力があるのでどこでも馴染み寛いでいられる気がする。
粉が膨らんで来た所で蒸らし 為一旦離れる。焼けた目玉焼きを皿に移しテーブルに置き、凹み初めていた珈琲豆にお湯を落とし再び抽出を再開する。
「家具もほとんどなくて、さっぱりした……お寺のお堂みたいで。そして床の間になんか有り難げな掛け軸がある。 みたいな?」
寛徳という名が、お坊さんイメージを強くしすぎているのを改めて感じる。
「それに、家事とか結構マメにする奴だったんだな。朝食もこんなにちゃんと作ってる」
目玉焼きにサラダという、いかにもモーニングという感じのお皿を見て因幡さんはしみじみという感じでつぶやく。
お湯で温めておいたカップに珈琲を注ぐ。黒猫が『ニャー』と手を挙げて鳴いている絵のついたカップを因幡さんは受け取る。ここは普通に陶器でシックなティーカップで出すべきだったが、今部屋にあるマグカップは皆このように可愛いのしかない。この黒猫のマグカップは俺の元所属の第八航空団のブラックパンサーをイメージして買ったカッブらしい。
「ウガンダです。ピーベリーという珍しい豆なので面白いかと。あっピーベリーは一つの果実の中で二粒ではなく、一粒のみで成長した豆で……」
ピーベリーは枝の先とか出来る条件がかなり厳しいが、他の種により成長を邪魔されずに成長した為に丸く育つ事が特徴。しかも全体の収穫量の五パーセント程度しか生まれず希少な豆なのだ。
因幡さんは感心した顔で聞きながら受けとり、その香りを楽しみフワリと優しく笑う。
「いい香りだな~。いつもはポットに入っているものしか飲めないが、今日は淹れたてが飲める」
因幡さんは一口飲んで満足げな溜息をつく。鳥栖はいつものように手を合わせ食事前の挨拶をしてから、珈琲を楽しみ明るく笑い『旨い! 今日のは優しい酸味だな!』と感想を言う。因幡さんはまずじっくりと珈琲を楽しんでいるようだ。義父があんな偏屈な性格で喫茶店を始めた理由が少し分かる気がした。珈琲は自分だけで楽しむのも良いのだが、こうして、自分が淹れた珈琲を人が嬉しそうに飲んでくれる事はもっと嬉しいものだ。美味しそうに飲む二人の様子に思わず目を細めてしまう。二人が大人で味の違いも分かりかつ感性の豊かな人間であるので、余計にその風味が楽しめるのかもしれない。
「お~い、そのパン、トリが、一番に食うのか? 嫁が杉田の為にと買ってきたもんだぞ」
隣の鳥栖にお笑い芸人のようにツッコむ因幡さん。
「奥さんありがとうございます! コレ美味しいです! バターの香りも最高! 珈琲との相性もバッチリで美味しいです」
お礼をを返す鳥栖は呑気な様子。いつもよりさらに楽しい賑やかさが増している。
俺も笑いながらクロワッサンを手にして『頂きます』と因幡さんに挨拶してから食べてみる。大ぶりでサクッととした食感と、小麦の芳ばしい香りとバターの風味のマリアージュも絶妙。
「美味しい」
思わず声をだしてしまう。ソレを見て因幡さんは何故か苦笑する。
「そう言う言葉も、杉田はトリとは違ってクールに言うんだな~」
俺は言っている意味が分からず首を傾げる。
「クール……というより無邪気に喜んでいるしか見えないけど……」
鳥栖の言葉に因幡さんはハァと息を吐く。
「鳥栖にはそう見えてるんだよな、杉田の感情」
「俺は普通にしていたつもりですが……」
因幡さんは俺をジッ真面目な顔で見つめてから、フフッと笑う。
「お前の事、少し心配だったんだ。
今単身赴任中だし……嫁や子供も離れて三年過ごすなんて……俺だったら寂しくて死ぬぞ~」
因幡さんは後継パイロットが不在で一年延長となっているので、もし単身赴任であったら余計に辛かっただろう。
「因幡さんはうさぎですから寂しさに弱そうですものね」
鳥栖が因幡さんのタックネームを出してからかう。
「まあ、俺は距離関係なく賑やかに接してくる家族がいるので、寂しくとか辛くとかはないですね。今はこういう時代ネットも発達しているのでコミュニケーションとる手段も多いですし」
俺は視線を通信機能付きのフォトフレームに視線を向ける。そこには毎日送られてくる家族の写真が次々表示されている。スマートメディアカードが直ぐにいっぱいになるのでパソコンに移動させる必要があり、その作業も俺の楽しい時間。
「かわいいな~ウチの子と同じくらいか」
因幡さんもフォトフレームを見つめて目を細める。
「四歳と三歳です」
息子二人はいつもずっと喋っている。二人で会話しているとか、誰かに話しかけていうのではなく、頭に浮かんだ言葉を次々言葉にしている感じである。静かだな? と見ると、何か食べているいたり、電池切れて眠っている。賑やかでいることが通常運行。遊んでいる時も、話している時も、食べている時も全力で一生懸命な様子が本当に可愛いて堪らない。
写真を見つめながら、二人の息子の事を考えていたら、因幡さんと鳥栖が俺を見ていた。鳥栖は何故か楽しそうな顔で、因幡さんは優しく微笑んでいる。
「なんか今日、この部屋とか、お前が朝食作り珈琲淹れてくれる姿とか見て、本当の杉田が理解出来た気がする」
そう言って因幡さんは頭をかく。
「お前って表情や言葉に弱音とか全く出さないだろ? だから玉置隊長も心配していたんだ。
でも表情出てないだけで、結構楽しそうに色々やっていたんだな~」
そこまで俺って分かり辛いのだろうか? 鳥栖を見ると笑いながら因幡さんに視線を向ける。
「もし仲間だけでなく友達でもある杉田が、深刻な様子だったら俺もこんなふうに能天気でいませんよ。もっと真剣に向き合って助けようとしますよ」
鳥栖の言葉に嬉しさと照れ臭さが込み上げる。
「申し訳ないです。皆さんに色々気遣いやご心配おかけしていたみたいで」
頭下げる俺に因幡さんは慌ててたように首を横に振る。
「いやいや~、俺らが勝手に心配していただけで。ほら! 先週お前がロッカールームで突然スマフォで家族に愛の言葉を連呼していたとか聞いたから。家族と離れてつらいのかなと……」
俺はあの時の様子が他人からどう見えていたかという事を改めて気が付き恥ずかしくなり顔を伏せる。
「いや、アレは、息子が俺に連呼して遊んでいたからそれに付き合って応えていただけで、いつもあんなこと言っている訳ではないですよ」
因幡さんも鳥栖と似たようなニヤニヤ顔で笑っている。
「面白くていいよ。お前は。
いいな、こういう朝も。これからも時々来ても良いか?」
「……ええ、こんなので良ければ」
因幡さんはニヤリと笑う。
「酒でなく、珈琲飲みながら語り合うというのもなかなかクールで良くないか」
確かに仕事を離れた付き合いというのも必要かもしれない。俺は笑いながら頷く。多分笑っているのは相手には伝わっているとは思う。
そのまま他愛ない会話を楽しみ三人で一緒に松島基地に出勤した。
ブリーフィングルームに行き玉置隊長を見つけ俺は挨拶をして近づく。
「あの、隊長少しお話が」
俺がそう切り出すと玉置隊長は顔から笑みをひき、仕事中の緊張した真面目で厳しめな顔になる。
「別室で話した方が良いか?」
そう聞かれ俺は首を横にふる。
「いえ、そんな大した話ではありませんから」
俺の顔をジッと見つめ案ずるような隊長表情に、思っていた以上に心配かけていた事に改めて気が付く。そして前の椅子を勧められ改めて向き合う形での対話がはじまる。他の隊員の何事かと、コチラを気にする視線が少し恥ずかしい。
「因幡一尉から話を聞きました。私の事で隊長に色々ご心配おかけいていたこと申し訳なくて」
玉置隊長の視線が部屋にいる因幡さんに向き軽く睨んでいる。
「これだけは伝えたくて、私は隊長の元でこの今の任務出来て光栄ですし幸せに思っております」
玉置隊長は目を見開いて俺を不思議そうに首を傾げ見てくる。
「あ、ああ。ならば良かった」
俺は頷き会話を続ける。
「そしてこの様に言って良いのか分かりませんが、今までにない程楽しく就かせて頂いております。皆と共に飛ぶことも、その姿を家族が楽しんでくれている事も、嬉しくてたまらないのです。ですからご心配はいりません」
玉置隊長は俺の顔を若干戸惑った様子で見つめている。まだ心配されているようだ。そんなに辛そうに仕事しているように見えていたのだろうか?
「あ、ああ」
「今後は、しっかり他者に理解して貰う為に想いを伝えていくようしていきたいと思いますので。宜しくお願いします」
そう宣言してお辞儀して離れる事にした。ブリーフィングも始めるし、こういう宣言は気恥しいものがあったから。そしていつもの朝が、始まるのもあり、俺は気を引き締めた。
そしてその後結論からいうと、仲間との対話はかなり増えた。しかしそれは俺が発してというより、皆が前より話かけてくれるようになったからだ。しかしよく分からないのはダジャレとかギャグを言ってから『笑えた?』『ウケた?』とか聞いてくる人が出てきた事。
一週間程後、休場くんが満面の笑顔で俺の所にやって来た。
「杉田一尉! 俺が優勝しました! どんな珈琲豆頂けるのか楽しみです」
そう謎の報告してくる。俺にはどういう経緯でどんな競技が開催されていたのか? 何も分からなかったが、豆と直ぐに手軽に楽しめるようにカフェプッシュという珈琲抽出器具も付けて贈っておいた。アレだとお湯を注ぐだけでフレンチブレスとドリップの間の味を楽しめるから直ぐに美味しく楽しめるだろう。豆も賞品となるとそれなりの豆にするべきだろうもブラジルのサンマヌエル農園の完熟豆にしておいた。多分そのくらいのレベルのモノであれば賞品として充分だろうが、もう少し何か付けてあげた方が良かったのだろうか?
こちらの作品に出てくる【因幡一尉】は鏡野ゆうさんの【今日も青空、イルカ日和】に登場する人物です。鳥栖さんは佐伯瑠璃さんからお借りしています。