真心こめて営業中?
自衛隊の仕事というのは業務上機密が多い。その為に一般の人から見て謎だらけだろう。しかし第十一飛行隊の仕事は常に人の目に晒されていると言って良い。それは広報のカメラだけでなく、一般人も素人という粋を超えたカメラ装備で松島基地周辺、航空祭で構えているのだ。その素晴らしいカメラのレンズはアクロバット中の姿だけでなくハンガーまでバッチリ見える。
パイロットはもちろんキーパーまでが仕事中一挙手一投足を見られ続けるのだ。
その為訓練の時も見られているという事を意識した動きで乗り込み、降りて、ファンにも手を振ってサービスする事を義務付けられている。
妻にしてみたら、今まで基地で訓練している姿くらいしか空自ファンのサイトで見ることが出来なかった俺の様子が、この隊にきた事で桁違いにネットでアップされて嬉しいらしい。俺の画像や動画をコレクションする為に二テラのハードディスクを購入したと威張っていた。そんな俺コレクターの妻からのアドバイスにより、俺にしてはかなり笑えるようになったと思う。しかし今のドルフィンライダーにはすごい男がいる。
午前中の訓練は一番機から四番機での訓練だった為に鳥栖とその間は別場所での作業をしてお昼を食べ戻ってくると、ハンガーの隅で四番機のパイロットの藤田一等空尉が広報官と何やら揉めているようだ。
「だからそういうのって得意な奴にさせる方がいいだろ? 因幡とか鳥栖とかの方が親しみやすい笑顔でいい感じでこなす」
なにか取材の依頼をされて断っているようだ。
藤田一尉はジッタというタックネームをもつブルーインパルスの四番機のパイロット。四番機というのはブルーインパルスの隊形や課目を引き締める役割をもつ。隊長機を頭とすると四番機は背骨のような存在。隊列においては隊長の後ろを飛び隊形を美しく整え、ハートを描くバーティカルキューピットにおいてはハートを貫く矢の動きをしたり、レターエイトにおいては一機離れ旋回し戻り隊列を組んでみせたりという感じで技を華麗に決める。
それだけ視野の広く素晴らしい操縦ができるパイロットだが、この男には困った所が一つだけある。ブルーインパルスのパイロットなのにファンや広報のカメラに一切笑わない。普段決して笑わない男という訳でもないが、笑いたくない時に笑顔を無理やり作るという事をしないだけ。もうそういうパイロットとして有名ならしい。別の意味でも只者ではない男である。
苦手な俺でも、それも仕事だと自分言い聞かせ、引きつっているかも知れないが必死に笑顔をつくり挨拶しているというのに、藤田さんはやらない。顔も良く無愛想なわけでもなく、出来る筈なのにそういった事をしない。そして航空祭では素晴らしいアクロバットを全力で見せて喜ばせる。その割り切りが素晴らしい。ある意味アッパレである。
「藤田一尉、貴方はなんでそうなのですか! それから何度も言っていますがファンにはちゃんと笑顔で挨拶してください! 塩対応と言われるブルーのパイロットなんて前代未聞ですよ!」
藤田さんはめんどくさそうに顔を顰め、広報官から目を逸らす。その視線が俺と合いニヤリと笑う。
「しかし、杉田一尉と違って外に笑顔向けても、仲間に対して塩対応より良いだろ? アイツより、俺の方が一日の中で笑顔の時間は長いぞ」
藤田さんは嫌味とか、からかいで言ったのでは無く、こういう言い方でコミュニケーションを取ってくる男。悪意はまったくない。
「塩対応……」
しかし自分の行動はそのように見られる一面もあるのだろうか? そう思い返してみる……俺なりに相手に敬意を示し仲間と接して来たつもりだが、親しみを感じる人とは絶対思われてはいないだろう。チラリと隣の鳥栖を見るとニコリと笑いかけてくる。その表現が『大丈夫♪ 大丈夫♪』言ってくれたので、多分大丈夫なのだろう。
鳥栖の背後に午後の訓練飛行の為に打ち合わせに近付いてきたらしい茶屋さんがおり、目が合う。茶屋さんは視線を俺から藤田さんに向けて丸い目を眇め近づいていく。
「ジッタさん、違いますよ! 杉田一尉は塩対応なんかしていませんよ……塩ではなく……珈琲対応で接してくれます!
キーパーの為に暑くて喉渇くだろうと最近はアイスコーヒーまでそっと冷蔵庫に用意してくれていますし! 素晴らしいのです!」
藤田さんの言葉と俺の呟きが聞こえていたのだろう。なんか、怒ってくれているようだ。
「あ、そういやそうだな。確かに渋く香り高い珈琲対応だ。
いいね! それ新しいな」
睨まれた藤田さんは、怒る茶屋さんの事を気にした様子もなく楽しそうに笑っている。その顔は俳優のようで男の俺から見てもカッコイイ。こんな風に魅力的に笑える人なのだ。
藤田さんはハッとしとように顔を上げる。
「という事は今、旨い珈琲かアイスコーヒーが給湯室にあるのか? 飲んでこよう!
いただきます」
そう言い俺の肩をポンと叩き去っていった。広報官は藤田さんが離れてくのを、つい見守ってハッとした顔をした。
追いかけてこようとする広報官に、藤田さんは振り返る。
「鳥栖! 広報が何かお前に頼みたい事があるらしいぞ!」
そんな事いって鳥栖に押し付けて逃げていった。要は気を逸らせる為に話かけてきただけのようだ。自由な人だ。少し羨ましい。
「あの……茶屋さん」
俺の言葉に茶屋さんが藤田さんから俺に視線を戻す。
「ありがとう。でも……」
そこまで怒る必要はないよ。と言おうとした。
「分かっていますよ! 俺達は知っておりますから! カフェさんは冷たくてドライな人ではなくて、本当は面白くて優しくて良い人だと!」
言われた瞬間は嬉しかった。
「……ありがとう」
俺は照れながら、短くお礼を返す。しかしよくよく考えてみると、『本当は』と言われるという事は『冷たくてドライ』に見えているという事になる。それに『面白い』って何なのだろう? 色々と気になり俺は突き詰めて聞こうかなと口を開く。しかし仕事モードに戻った茶屋さんが仕事の話を始めたので諦め、気分を切り替えて仕事に集中する事にした。午後は通しで飛ぶ。茶屋さんの報告を聞きながら俺は気を引き締めた。
こちらの藤田さんは、饕餮さんからお借りしております。