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渇き予防にすいとう

 ドルフィンキーパーの仕事が他のキーパーと違うことは磨きという作業があること。他の機体でも整備のあと洗浄する事はするが普通に泥や埃を流すレベル。スーパーカーなどのように綺麗に隅の隅まで拭き磨き上げる事はしない。

 しかしブルーインパルスは整備した後の機体をそれはもう丁寧に隅々まで美しく磨き上げるのだ。カメラに映ることを前提にされた為。写真に映るブルーインパルスが何時でも美しくキラキラしているのはドルフィンキーパーが愛情を込めて磨いているからだ。普段ても他の戦闘機に比べ綺麗なのに、航空祭の前日はキーバーは遅くまで居残り、それはもう触るのを躊躇うレベルまで磨き上げてくる。


 俺は朝ハンガーの中で美術品のように輝き神々しいT-4を見つめため息をついてしまう。戦闘機は乗るもので飛行能力と機動性や性能の方を気にして注目してしまいがちな俺だが、こうして美しく整えられたT-4を見ると見惚れてしまう。

「美しいな」

 感嘆の言葉を口にしてしまう。それを隣にいて聞いていたらしい休場(やすば)くんが何故かギョッとした顔をする。まさか休場くんに対して言ったと勘違いされたのだろうか? 休場くんは童顔で小柄の為に高校生くらいに見える。甲子園球児のようで素朴な雰囲気。まあ可愛いという感じであるが、男であるし綺麗だと思った事もない。

「いや、T-4の事」

 人に話した言葉ではなかったが、また主語が抜けていたから捕捉する。

「それは、分かっていますよ! ただ杉田一尉がそういう事を口にするタイプに思えなかったので」

 俺は首を傾げる。

「綺麗だよ。いつも思っている。

 君達の仕事が素晴らしいからだけど」

 休場くんは照れながら『ありがとうございます』と答える。

「……一尉って……」

 休場くんが顔を上げて怖ず怖ずと声をかけてくる。

「ん?」

「奥様にも、さっきみたいに『美しい』とか『綺麗だ』とか……それに……あ……『愛してる』とか言われる方なのですか?」

 俺は顔を傾けると、休場くんは少し身体をビクリとさせる。

「? ああ」

 休場くんの目から緊張が消え好奇心の光が灯る。

「それは、良く言われるという事ですか?」

 俺は、妻とのやり取りを頭の中で思い返す。妻は俺に対して『素敵』『格好いい(いわない)』と口癖のように言ってくる。しかし俺は?

「妻程では無いかな? 妻の十分の一くらいしか言えてない」

 休場くんは悩んだ顔をして黙り込んでしまったので、俺はそのまま妻とのやり取りを思い返す。


()いとうと』


 福岡の筑豊地方の『愛してる』とか『好きだ』という意味の方言。その妻の言葉が記憶から蘇り、心がジンワリと熱くなる。あの独特なイントネーションで紡がれる愛の言葉。世界中のどんな言葉よりも素敵な言葉に思える。俺を満たしてくれる魔法の言葉。

「もっと返すべきか……愛していると」

 独り言だったのだが、休場くんだけでなく茶屋(さや)さん呑香(のみか)さん顔が動き視線がこちらに向けられている気配を感じる。独り言を聞かれると恥ずかしいものだ。

「一尉って、実はかなりの愛妻家だったのですね……」

 俺はその言葉に首を傾げる。

「普通だと思うが」

 愛しているから結婚式したし、愛しいから一緒にいたい、大切にしたい。当たり前の事である。

「いえ、なんか羨ましく感じます。

 全然どういう夫婦か分かりませんが、雰囲気で、なんかそう思いました。素敵な夫婦だと」

 こないだ妻がクッキーを焼いたりした事を言っているのだろう。そう納得する。

「……そうか」

「はい! 俺も頑張ります」

 休場くんは元気にそう答えた。何を頑張るつもりかは分からないが、頑張る事は良い事だと思うので俺は頷く。休場くんなら前向きに努力して良い結果に繋げる事も出来るだろう。応援することにした。


 ピカピカのT-4に乗り訓練を午前中に一区分、午後は天気がイマイチだったので軽く流れの確認をして終わる。やはり綺麗なの機体だとこのように天気が微妙でも飛んでいて気持ちよい。

 業務を終えロッカーで着替える。業務中はロッカーの棚の上にしまったままのスマフォを手に取り、電源を入れる。起動画面の後、満面の笑顔の妻と二人の息子の映った待ち受けが現れる。春の陽射しのような妻の笑みに、弾けるように眩しい夏の太陽のような明るさをもつ二人の息子の笑顔。

 俺は無意識に画面をスライドして通話を押していた。

『ケンちゃん、どうしたと?』

 軽やかな妻の声がスピーカーから響く。後ろで『だれだれ?』『とーちゃん? とーちゃん!』という息子の声が聞こえる。

「ん? 何となく」

『嬉しいわ~♪

 今な、保育園から帰っとるの、三人で夕飯のお買い物中』

 賑やかな商店街の空気を感じる。

「ほう」

『この時間に、珍しいね~』

 妻の話し声になんかホッと癒されるのを感じる。

笑美(えみ)達に伝えたくなって」

 『父ちゃん、今日な~夜は唐揚げやで~』『とおちゃん今日な~』電話の向こうから息子のそんな声が聞こえる。

『何を?』

「愛してる」

 フフフと笑う声。

『ちゃーと知っとうよ! でもこうして改めて言われると嬉しいな~。 私もケンちゃんの事世界で一番すいとうと』

「俺もすいとー」

 なんかこの言葉を俺も使いたくなった。妻の楽しげな笑い声。

『うーん、ケンちゃん福岡に暮らして結構経つのに、こっちの言葉上達せえへんな~

 【すいとうと】はい! リピート アフタ ミー』

「すいとうと」

 同じように返して見るがしっくりこない。

『なんかちょっちちゃうのよね~

 はい!【すいとうと】』『とーちゃん! オレもとーちゃんのことすいとう~よ!』『オレもすいとーよ! にいちゃんよりも』

 電話の向こうで妻に続き、筑豊弁のネイティブな息子達の愛の言葉が響いてくる。

「すいとうよ。(お前達の事)俺も大好きだ」

『やっぱ、ケンちゃん東京弁の方がしっくりくるな。どっちも愛は感じるけど、ケンちゃん本来の言葉の方が胸にグッとくると~♥』

 やはり俺にはまだ、筑豊弁での『好いとう』は修行不足だったようだ。とは言え俺は東北生まれで東京どころか関東でも過ごした事がないので東京弁を喋っているつもりはないが、あまり訛りがないから妻には標準語を喋っているように思われているようだ。

『父ちゃんも、あんたらの事も好いとうって! とぉぅっても大好きっやって!』

 無邪気な歓声の声が二つ聞こえる。『オレも父ちゃんの事、世界で一番すいとう!』『俺は宇宙でいっと~すいとう!』と声が聞こえる。俺もそれに『大好きだ』だとまた応える。その無邪気な繰り返しを楽しんだ。

 妻達が八百屋に着いたということで通話は終わる。なんか一日の仕事の疲れも吹っ飛び元気になった。

 電話を切り周りを見ると、何故かロッカールームにいた人の視線が俺に注目していた事に気がつく。スマフォに視線を向戻すとと可愛いイルカのストラップが下がりそれがキラキラとロッカールームの蛍光灯の光を受け輝いて揺れている。男がというか俺が付けるにしては可愛すぎると思われたのだろうか? 

「……お疲れ様です」

 その視線に取り敢えず挨拶を返す。

「あ、お疲れ様です……」

 そう返して何故か恥ずかしそうな照れた様子で視線を逸らされた。呆れられたという雰囲気ではなさそうだが、何とも不思議な空気に俺は首を傾げながらロッカールームを後にした。

 部屋に戻りながら、先程の家族とのやり取りを思い返す。互いに通じていると思っていても、家族であっても、やはり想いをきちんと口にするのって大切だなと改めて感じる。妻からの【すいとうと】に息子達からの【すいとう】。今日のやりとりによって俺の大切で好きな言葉が増えたようだ。


 次の日、職場に行くと玉置隊長が真剣な表情で俺の顔を見ると近づいてくる。

「杉田くん、ホームシックとかになってないか? もし何か悩み事があれば相談に乗るから!」

 何故か心配の言葉をかけられた。


玉置隊長は鏡野ゆうさんからお借りしています。

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