給湯室で営業中
真っ青な空から照りつける太陽が二機のTー4のホワイトとブルーの機体をより鮮やかに輝かせる。
耐Gスーツにより身体をキツく締め付けられた状態で狭いコックピットに座る。決して快適な状況とは言えないのだが、俺の気持ちは高揚していく。エンジンの振動が心にも伝わり震わせて身体という殻を溶かし俺とTー4を融合させていく。専任整備員と手信号を交わし最後の点検作業を終えてから瞼を一旦閉じてカッと見開く。
滑走路に機体を滑らせそのまま低空で飛行を続け、一気に晴れ渡った空へ垂直に真っ直ぐ飛び込んだ。
ゆっくりと反転していく大地と空を眺めながら、華麗に螺旋を描き飛んでいるバードこと鳥栖の操縦する六番機の動きを確認する。相変わらず自由で鳥のような動きで、それを見て俺のテンションも上がる。
不思議なことに高速で飛行していると、スローに物が動いて見える。自分が重力からも時間からも自由になったような不思議な感覚がここにある。
それぞれのソロ課目を交えながらデュエルソロ課目の動きを二機で確認する。簡潔に交わされるコール、心地よい緊張感。まるで二機で一つの存在になったような一体感それを楽しみながら午前中の訓練を行う。
着陸しエンジンが止まると時間は元のスピードを思い出し、周りの人も普通に速さで機体の周りで動いていく。
ハッチをあけマスクを外すと心地よい風が俺の顔を撫でてきた。直に感じる風を瞳を閉じて味わい、T-4に乗った時の身の引き締まる緊迫感とは逆の開放感という喜びを楽しむ。自分が無機質な戦闘機の部品となるような乗り込む時の感覚と、人間に戻る感覚どちらが楽しく面白いかというと難しく、どちらも俺のお気に入りの瞬間。
降りて遠くに視線を向けると、離れた金網の所がキラっとしたいくつかの光を放つ。
ブルーインパルスファンの持つカメラのレンズの反射だ。俺は手を挙げ出来る限りぎこちなくならないように笑顔を作り挨拶をしてから格納庫へと歩き出した。六番機に乗っていた鳥栖が笑顔で近づき笑いかけてくる。目を細め視線を合わせるだけで、今の互いの満足な気持ちが通じあった。
鳥栖は俺と同じ航空自衛隊の一等空尉で宮城県松島基地の第四航空団所属する第十一飛行隊所属の六番機のパイロット。春陽という名前がまさにピッタリな穏やかで温かい男で、職場においても癒しの存在である。そして俺は杉田寛徳、カフェというタックネームをもつ五番機のパイロット。
第十一飛行隊……ブルーインパルスと言った方が分かり易いかもしれない。言わずと知れた航空自衛隊の広報を主として飛行部隊。六機のブルーとホワイトに塗装されたT-4という戦闘機でスモークを使ったアクロバット飛行を見せている。六機とも同じように飛んでいるように思われているが、実はそれぞれにキッチリと役割分担がある。
俺と鳥栖が操る五番機と六番機は単独機と呼ばれる事からも分かるように、他の四機とは別に課目を披露する事が与えられた役割。それぞれソロで課目みせたり、または二機で行うデュアルソロ課目を披露したりする。一番機から四番機が技を披露して観客の視界から消えたら、単独機がそこに侵入し別の技を見せるという感じで、広い空の舞台で観客を待たせず飽きさせずに効率的に課目を披露するためのシステムなのだ。
そんなブルーインパルスの五番機の候補として俺が挙げられた時、一番に感じたのは『何故俺が?』という言葉。
第十一飛行隊のパイロットになるのにはいくつかの条件がある。大雑把にいうと、高い戦闘機の操縦能力を持つ事と、協調性と社交性がある事を求められている。常に訓練を行い鍛えてきただけに操縦能力には自信はあった。そこを認められたという事は素直に嬉しい。実際そういう飛行をしてみたいという好奇心もあった。しかしもう一つの必須条件については首を傾げるしかない。十年以上空自で生きてきただけに協調性はそれなりにはあるとは思うが、社交的とは言い辛い。内気なつもりはないが、取っ付き難く思われる事が多いようだ。
寡黙な職人
密教の修行僧
そのように何故か揶揄られる。名前が杉田寛徳と渋すぎる名前であることもその要因だとは思う。
ハンガーに入ると訓練を見守っていた一番機のパイロットで十一飛行隊の隊長である玉置二等空佐が笑顔で俺達を迎える。
「見事な飛行だった」
「ありがとうございます」
二人揃って返事を返すが、玉置隊長は俺の顔を見て何故か苦笑する。
「アレだけの飛行をした後なのに、杉田は相変わらずクールだな」
俺は顔を少し傾げる。隣の鳥栖を見ると同じように感じたのか首を傾げている。
「今日のカフェはご機嫌で、とても楽しそうに見えますが」
玉置隊長は何故か困った顔をする。
「そうなのか……飛んでいる時は、通常キレキレの操縦している所が、キレッキレッな動きになるからまだ分かるが……」
どうも俺の感情は人から分かり辛い所があるようだ。しかし無表情や無感情という訳ではない。妻や鳥栖といった一部の人からは『嘘が絶対つけない顔、すぐ顔に出る人』と言われ続けている。そういう繕うという事で下手だからこそ、広報という役割の強いこの隊でやっていく事が心配だったのだ。しかし蓋をあけてみると隊内では何故かストイックで冷静沈着なパイロットという事になっているようだ。この隊に来て一年。広報的な仕事をしていくうちに周りの見え方ではなく、妻と鳥栖の見え方の方が特殊なのだと俺自身も理解できてきた。運が良いのか恵まれているのか常に身近に察してくれる人が現れてくれたので認識がかなり遅れてしまっていた。
逆にそういった人が常に代弁しフォローされてきてくれた為に甘えてきたこともある。その為油断したその調子で他の人の接していると、共に真顔で無言という居心地の悪い間を生み出すことになる。普通にしているとコチラの意志や感情が伝わっていない事が流石に分かってきたので、最近は気を付けて言葉で補足するようにはしている。それでも色々足りていな事を実感する今日この頃である。微妙に噛み合わない感情にどうしたものかと思ってしまう。無性にカフェインが欲しくなってきた。
五番機担当の三人のキーパーとの業務上の連絡を交わし一人給湯室に向かうことにする。スっと横に鳥栖も歩いている事に気がつく。
「一杯頂きます」
目があうとそんな事を言ってくる。ここで言う一杯は酒の事ではなく珈琲の事。大の珈琲好きの俺は仕事の合間を見て珈琲を淹れて楽しむのが習慣になっている。
冷蔵庫から私物の豆を取り出しそれで珈琲を淹れ、鳥栖の分と俺の分をカップに注ぎ、残りをお湯で一旦温めた小さめの保温ポットに移し替えておく。こうしておくと珈琲を飲みたくなった人があと三人までは楽しめるからだ。
飲みながら【グァテマラ ラ・メルセー農場 シティーロースト】とポストイットに書き貼り付けておいた。コレが今このポットに珈琲が入っているサイン。よく分からないがこれに印が更に入りあと何杯分残っているか分かるような事になっていて、最後のやつが紙を捨てポットを洗うのが暗黙のルール。その紙に視線をやりながら鳥栖はニコニコとした笑顔で淹れたての珈琲を飲んでいる。
「染みるね~」
「そうだな」
鳥栖の言葉に俺は頷く。しっかりしたボディーなのに柑橘系な爽やかさも持つ。基地内で飲むには最適な味にも思える。珈琲が入りリフレッシュした所で休憩を終え仕事に戻る事にした。
コチラの作品に出てくる玉置隊長は鏡野ゆうさん、鳥栖さんは佐伯瑠璃さんからお借りしています。際アドバイス頂き色々ありがとうございます