続・私の人生計画では下級貴族に嫁ぐ予定だった
私は一緒に魂も漏れていそうなほど大きな溜息を吐き、柔らかなベッドへとダイブした。
「まさか王族と婚約する事になるとは……」
一昨日あった祝勝会を思い出す。
隣国リアナが私の住むマクダヴェル領へ侵攻して来たのはまだ昨今の出来事。
援軍に駆けつけてくれた王太子殿下と第二王子であるカイン。
その御蔭でリアナ国は撤退し、辺境伯爵城で祝勝会を開き私は両殿下の話相手に抜擢された。
当たり障りのない態度が気にいられて二人と話していたが、何がどうなったのかカインの婚約者候補になってしまった。
その婚約者候補という名前だけでもお腹いっぱいなのに次の日、お茶会の席で婚約者にさせられてしまったのだ。
「一夫多妻や王族は嫌って言ったらあっさり私だけを愛するだの、臣籍に下る予定だからとか言われたけど何処まで本気なんだろう」
そう思って柔らかそうな金髪に湖の様な碧い瞳を思い出す。
「ああ、見た目だけならドストライクなのよね……。本当にどうすれば良いのよー」
「さっきから一人で五月蠅いですよ。良いじゃないですか、お嬢様の心配していた事は全て問題なくなるんですから」
「あ、ああ。グラン居たの!?」
私の部屋の天井を外し天井裏から文句を言って来たマクダヴェル辺境伯爵家専属の諜報機関〝影〟のグランに私は油の切れた機械の様に引きつった声を洩らした。
「護衛なんですから当然じゃないですか。それで、何をそんなに悩んでいるんですか?」
「何馬鹿な事言っているんですか?」と副音声が着きそうなグランに私はぐうの音も出ない。今までの独り言を全て聞かれていたかと思うと羞恥で頬が赤くなる。
グランは天井裏から顔を覗かせ、その長い漆黒の髪をサラリとかき上げた。意思の感じさせない灰色の瞳は冷たく輝いている。顔は少し猫目な所を除き全体的に特徴はない。まったくの平凡顔である。
しかし、艶やかな射干玉の髪は天使の輪ができており確り手入れされている事が分かる。
ああ、本当に髪綺麗よね。
「何処まで本気なんだろうなって思って」
「嘘を吐いている様には思いませんでしたが」
「ええ、そうよね。……ちょっと待って、あの場に貴方も居たの?」
「居ましたが、それが?」
――王族とのお茶会の席に諜報機関が同席していた。ばれたらやばいんじゃないだろうか。
王族と会う時は戦場を除き武器は携帯しないのが常識だ。それを護衛とはいえ〝影〟が居たのでは武器を隠し持っているのと同義だ。
タラリと冷や汗が流れた。
それを二言で終わらせたグランって……。
「……、もうそんな危険な事はしないで」
ハアと溜息を吐き注意すれば何故か溜息を吐き返された。
「まったく影まで心配するからお譲様の事は心配なんだ。影なんて道具に過ぎないんですよ」
「道具何かじゃないわ! 貴方達は一個の人間よ。他の誰が何と言おうが言葉を翻したりしないわ」
何時もの如く冷たく言いきるグランに私は少し憤った。
私がそう言うとグランはまたしても溜息を吐くと天上の板を戻した。
もう話す事はないといわんばかりのその態度に少し悲しくなる。
「嘘を吐いているようには見えなかった、か……」
グランはその職業柄相手の真意を測るのが得意だ。
カインのあの言葉が本気なのだったら……、と惹かれてしまう自分の心に気付いた。
「なにはともあれ顔、あれは反則よね」
ドストライクな顔に悶えつつ、考えを放棄して眠りに着いた。
翌朝の朝食に王太子殿下とカインが同席する事になり、我が家は騒然としだした。
祖父は戦後処理に忙しく、祝勝会が終わり領地の仕事の減ったマクダヴェル領から父と兄は出て行ってしまった。王都での仕事が忙しいらしい。
そして御鉢は確り私へと回って来たのだ。
祖父は何とか出席できるように調整すると言っていたが、私も参加するように命じて来た。
朝からコルセットとメイクをして食堂へと向かうと既に祖父が席に着いていた。
「遅れてしまいましたでしょうか?」
「いや、殿下方はまだいらしていない。早く席に座るといい」
当主である祖父より遅くなるとは申し訳ない。下っ端である私が一番に着席していないといけないのに。
私が祖父と談笑していると王太子殿下とカインがやって来た。
「やっと食事が同席できて嬉しい限りだよ」
「仕事も目処が着いて来たしね。マリエッタ、もっと話がしたかったんだ」
王太子殿下、カインと挨拶がすみ席に着く。
今まで仕事が忙しくそれぞれで食事を取っていたため、食事を同席するのは初めてだ。
流れる様に食前酒が運ばれそれに口をつけていると、カインに呼ばれた。
「マリエッタ、これからはマリーって呼ぶね。で、父上と話したのだけど、僕と一緒に王都に来てくれないかな」
吹きそうになるのを堪え、婚約者になったのだからそうなるか。と何とか納得した。
「まだ、戦後処理には時間がかかる。帰るのは一月後位だ。それまでに準備をしていてもらいたい。王都での生活は辺境伯家の別邸でも良いし王城の部屋を用意するのでもどちらでも良い」
王太子殿下の話に目が点になる。
はあ!? 王城!?
「勿論、王都の別邸を使わせていただきます。王城なんて畏れ多い」
「え? 王城でも良いよ。父上にも早く紹介したいし」
断ると心底不思議そうなカインと目があった。
「もっとお茶会の時の様に素の君と話がしたいな。それにしてもヴォルフガング殿、戦後処理の書類に交じって国に上げる書類も混じっているのですが……」
「ハッハッハ、王都に持って行っても後回しにされそうですのでな。此処で殿下方に処理させていただければ助かるという物です」
祖父よ、ぶっちゃけ過ぎだ。
それにしても戦後処理に一月もかかるのは、かかり過ぎと思っていたら祖父のせいだった。
「……ちゃんと国の行政を通して下さい。これではいつまでたってもマリーを父上に紹介できない」
早く帰りたいというカインに祖父は呵々大笑した。
「思った以上に孫娘の事を思っていて下さるようで安心しました。そうですな……。マリエッタ、殿下方の仕事の手伝いをしなさい」
「ケホッ。か、畏まりました」
祖父よ、いきなり何を言いだす。前菜が喉に詰まったじゃないか。
「ほう、マリエッタ嬢は行政がおわかりに?」
「一通り詰め込ませましたからな。領政なら十分にこなせます」
驚きを露わにする王太子殿下に祖父は笑いながら頷いた。
そうよね。女性ってそこまで行政に関わらないものね。王妃様とか一部の高位貴族の女性を除いて。うちも高位貴族だけどね、あははは。
乾いた笑いが漏れそうになった。
食事が終わり私は殿下方に着いて殿下方の執務室に御邪魔した。
「マリーこの書類の仕分けを頼める? 緊急の物はここ、僕達じゃなくても決済できる物はこっち。後は種類ごとに分けてもらえば良いから。分からない事があったら気軽に声をかけてね」
「分かりました」
「もっと肩の力を抜いて話して」
カインから書類を受け取り運び込まれた机に向かうと、私の言葉遣いが堅苦しいと言われた。そんな事言ったって王太子殿下の前だよ!
「私の事は気にしなくて良い、何と言ってもカインの婚約者だ。堅苦しい事は言わないよ」
王太子殿下からオーケー出ちゃったよ。
パラパラと書類を整理して行くと次々書類が持ち込まれる。
うー、お爺様め。どんどん書類を持って来させる。
食事の席でカインも言っていたが王都に上げる書類が結構ある。
書類整理が一段落つき息を吐くと机の上に冷めた紅茶が置かれていた。
「ふふふ、それにしても凄い集中力だね。そろそろお茶でも飲んだらどうだい」
私の様子に気づいたカインが紅茶を進めてくれる。
「カイン、ごめんなさいね。祖父が結構戦後処理以外の書類を紛れ込ませているわ」
「確かに結構な数だよね。でもヴォルフガング殿の考えも分からないではないんだ。王都の官吏に任せても決済されるまでに時間がかかるしね」
私が祖父の事について謝るとカインは苦笑して許してくれた。
「それにしても書類の整理上手いね、慣れているの? 惚れ直しちゃったな」
「はい、え?」
書類の整理について言われたので素直に頷くと褒め言葉が続き、カインは本当に私の事が好きだったのかと思った。
突然の事に私の頬が赤くなったのが分かった。
「ふふ、マリーは可愛いね」
「か、からかわないで下さい」
更に続く賛辞に私は照れてそっぽを向いた。
何これ、何これ! 笑顔のカインの顔が良すぎる。性格も少し強引だったり、黒い所を除けばかなりまともだ。
貴族なんて少なからず強引な所がある、それを考えれば妥協範囲だ。
一夫多妻はしないでくれるというが、臣籍に下るというのは本当だろうか?
私がカインの方を向くと目があった。
「どうかしたのかい?」
「臣籍に下るというのは本当ですか?」
「ああ、その事。本当だよ。父上とも話してマリーと結婚したら断絶した公爵の家を再建するつもりだ」
私はその言葉にホッと息を吐きだした。
「ほう、マリエッタ嬢は本当に王族になりたくないのだな」
私の反応に王太子殿下驚いた声を上げた。
「そうなんですよ兄上。最高でしょう」
「ああ、そうだね。良い婚約者を見つけたな」
ニコニコ話すカインと王太子殿下。仲の良い兄弟だな。
というか、カインの中の私への高感度が凄い。
「……何故カインはそんなに私が良いの?」
王太子殿下が居るが勇気を出して聞いてみた。後で怒られるかもしれないがそれはその時だ。
「見た目も勿論、マリーの考え方かな。君みたいな相手をずっと探していたんだ」
そう言うとカインは席を立ち私の元まで歩いて来て膝を着く。
歩く姿すら様になり私は息を飲む。
「マリー、是非僕と結婚して下さい」
「か、カイン」
「ちゃんと求婚して居なかったからね。此処には兄上も居るし見届け人になってくれるでしょう」
「ああ、見届けた」
カインの求婚に頭まで沸騰するように熱くなるのが分かった。
このちょっと腹黒い所もかっこいいと思うのはもう惚れているからなのだろうか。
カインが私の手を取り、口づけを送って来た。
もう駄目、頭が沸騰する。
「さあ、返事は」
「……はい」
沸騰した頭は理性をかなぐり捨て本心を露わにする。
結局のところ私は一目ぼれしていたのかもしれない。