必然の選択
いつものバーで出逢った男の能力は……
「今日はココに居られましたか」
そういって見知らぬ男は私の隣に座り、水割りを注文した。
いつものバー。
久しぶりに仕事帰りの一杯を楽しんでいた私にとって無理矢理割り込んできて無粋なヤツだ。
と、文句の1つもいいたい気分ではあったのだが、文句より先に疑問が湧いて出る。
「私が何故アナタのことを知っているのかが疑問のようですが、大した話ではありません。先日、友人から聞いたのです。私達の能力をすぐに理解できる人がいるということを。それがアナタ。そして今日、この時間にココにいることを私には判る。それだけです」
ん。そうか。
それは……たぶん、使えない予知能力を持った彼のことだろうと……
って、何故にコッチで考えていることが判る?
「ははは。それが私の能力ですから」
テレパシー?
いや? 予知能力か?
どっちにしても役立つはずだが……
「残念ながら違います。そうですね……世の中に確率は2種類あるってコトは御存知ですか?」
確率が2種類?
2択とか5択とか?
「違います。……いや、それに近いですね」
どっちなんだ?
「単純に……『既に解答がある選択』と『その時点では解答がない選択』の2種類があるんです。悲しいことに」
なるほど。
って、別に悲しむほどではないだろう?
「私の能力は『既に解答がある選択』の場合、『解答が判る』能力なんですよ」
ソイツは便利な能力だ。
「つまり、学生時代は無敵です。テストには正解が決まっている。私が答を書く前にね。そういう選択は私にとっては無に等しい。総て正解を選択できます。ああ、別に5択とかでなくてもいいんです。記述形式でも正解が決まっているのは私には結果が明白なんです。考えるより先に答を書くことができる」
単なる自慢だな。努力せずとも全科目トップだ。
「残念ながら」
ソイツは寂しげに笑いながら言葉を続けた。
「国語とか美術とか……つまりは感性が絡む科目、評価は駄目でしたね。音楽の先生には『君の演奏はデジタルだ』とも言われました。良くも悪くも音符通り。抑揚がないらしいんです」
ふぅむ。それでも大した影響はあるまい? 進学とかには関係ない科目だ。
「そうです。それで私も気にしませんでした。大して努力せずにテストでは満点に近い点数をマークできましたから」
んん? 満点ではない?
「ええ。流石にうっかりミスは誰にでもあるんです。私にもね。そして『能力』の限界でもありました。あの頃は気がつきませんでしたが……」
ソイツは水割りを一口飲んで言葉を続けた。
「ところでこの『能力』でどうやったら金儲けができますかね?」
そうだな。答が先に決まっているのは……
……ギャンブルは駄目だな。
「答え」が確定していない。
「そうです。宝くじ、ルーレット、ダイス関係、果てはパチンコ、スロットも駄目です。アレらは『結果』が後から決まる。総て私の『能力』とは無関係です。『カードの順番は決まっているだろう?』とは友人にも言われましたが、私に来るカードは決まっていない。一番単純なブラックジャックでも他にプレーヤーがいれば駄目です。良いカードが別のプレーヤーに取られたりする。1対1のサシの勝負でプレイできるカジノなんてありません。それに、そのブラックジャックですら……」
クスリと笑う。
「カードを配る前に、いや、配る毎にシャッフルされたら終わり。私は私に来るカードが判ります。配られる前にね。それが良いカードとは限りませんし。シャッフルされる事に一喜一憂しなければなりません。すぐに不審がられて叩き出されて終わりです」
つまりはポーカーフェイスができない。ということなんだろう。
「ええ。私は素直な人間なモノで……」
それはどうだろう?
という疑問は置いといて……
……はて? 答が先に決まっていて大儲けが出来そうなモノは……
「案外無いんですよ。学生時代は良かった。どんなテストにも『正解』は先に決まっている。ところが社会に出てみると……」
ソイツはグラスを見つめて言葉を続けた。
「社会には……何一つ『正解』が決まったモノはない。最初は学生時代の成績で研究職に就いたのですが駄目でした。私には研究は素人同然です。結果が決まっていないコトには私の能力は発揮できないのです。単純に数学に限定しても同じです。最先端は『?』の塊です。そして『正解』が判ったとしても説明ができない。私には『正解が判る』のであって、『説明』する能力ではないのですから。それで次は技術職に就きましたが……」
少し時間が流れた。何かを思い出すように……
「……駄目でしたね。その場その場で選択すべき『正解』は決まっていますが……諸般の事情で『正解』を選択できない場合が多いのです。現実というヤツは。そして私に判るのは『正解』であって『最善策』や『次善策』では無いのです。結局、私は技術職では素人同然でした」
『正解』だけが判ると言うことか……
「そうです。決まっているコトは判る。その能力の性格が判った今は……」
ソイツは笑った。悲しげに。そして寂しげに……
「営業です。私が知り得ない状況でも私には『結果』がわかります。利益になるか損失になるか。ぐらいですけどね。兎に角、判る場合があります。ただ、その『幅』が判らないので……煙たがれてますけどね。結果として小さい損失なのに大騒ぎして反対する。儲けが少ないのに強行して押し通す。ま、方向性は間違ってはいないということで、会社に置いてもらってますけどね。大きい仕事は任されない状況です」
少し時間をおいてから言葉を続けた。
「結局、『その時に総てが判明している』仕事というのは儲けが少ないんですよ。『大きい仕事』というのは『その時には総てが判らない』仕事なんです」
ソイツはグラスの底に残った薄い琥珀色の液体を飲み乾して席を立った。
「また何れお遇いすることもあるでしょう。今日はコレで……」
出口でソイツは振り返った。
「永遠に学生のままでしたら……私は世界最強だったんですけどね。では……。あ、そうそう。謝罪するのを忘れてました。『一方的に』お喋りしてすみません。何せ私は結果がわかってしまうモノですから」
ん? 確かに私は喋っていない。
そうか。
コッチが考えていることも『結果』ということだった。
ならば別の使い方があるハズなんだが……
「それは次にお遇いする時までに考えておいて下さい。私には……この能力の使い方が判らないので。では……」
そういってソイツは夜の闇へと消えていった。
そうだな。酔いの余韻の中で考えるとしよう。
読んで下さりありがとうございます。
NiftyのSFフォーラムにてUPしていたモノを改稿しました。
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